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Color blindness  作者: グリコ
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第五章:【3】

 手摺に手をやり、エレスは眼下を覗き込んだ。船体にまとわりつくように吹き出る白い泡を見ながら、ふと背後に感じた気配に眉を寄せる。


「──クリフ」


いつもどおりに微笑むクリフは、そっとエレスの隣に立った。それを見たエレスは、まるで自身の縄張りに入り込んだ犬を見る猫のように、きつい目つきでクリフを睨んだ。今にも唸りだしそうな勢いで自らを流し見る姉に、クリフは困ったという様子で視線を宙にさまよわせた。


「……何だ?用がないなら、あまり私に近寄るな」


仲間であるクリフにさえ、吐き捨てる様にそう言ったエレスを見ながら、クリフは軽くため息をついた。ピリピリとした空気を発しているエレスを諭すように、ゆっくりと噛み締めるように忠告する。


「……そんなに、張り詰めては──だめですよ」


それを聞いたエレスは、弾ける様に横のクリフを見た。


「でも!」


エレスの視線の先には、真面目に彼女を見つめる弟の姿があった。薄い青の、透き通るような瞳にじっと見つめられ、エレスは少々たじろいだ。自分に似た顔だとはいえ、やはりクリフはかなりの美形なのだ。そんな顔に見つめられては、さすがに動揺する。


「……張り詰めすぎた風船は、破裂します」


静かに、大きくもなく小さくもない声量でクリフは言った。それを聞いたエレスは、ぐっと、何かに耐えるような表情をしたが、すぐにクリフから視線を外した。そして少々雲の量が増えてきた灰色の空を見上げながら、強張っていた肩から力を抜いた。手摺を堅く握っていた彼女の指が、少し震える。


「……ごめん。ありがとう」


赤くなった手の平を見つめながら、エレスは深い青色に変わった双瞳を不安げに揺らした。髪を上にまとめているため、剥き出しになっている彼女の白い項を見ながら、クリフは真面目な表情で呟いた。


「……姉さんは僕が守ります」


手の平を握ったり開いたりしながら、エレスは再び険しい表情をクリフに向けた。


「──いい。自分のことは自分でする」


強風で、二人のブロンド髪が揺れる。腰の位置に感じる堅い感覚に、クリフは面倒臭そうに手摺に手をやり振り向いた。そして姉と同じように灰色になってきた空を仰ぎながら、微笑む。


「……全く、強情ですね。姉さんも」


そうして、クリフは凛とした姉の横顔を盗み見た。長い睫毛は、いつも微かに震えている。すっきりとした顎のラインに見惚れ、次に自身の方を向いたエレスの双瞳に吸い寄せられる。


「クリフ程じゃない」


驚いた様にクリフが目を見開くと、それを見たエレスは笑った。零れる白い歯、愉快そうに歪められる表情。それらを見ながら、クリフは内心ほっとしていた。


 これからミリへ行くという事に、事の他姉は敏感に反応した。あのままの精神状態でいたら、彼女はミリへ着く前に衰弱してしまうだろう。


(…そんなに、張り詰めないでください)


そう願い、クリフの中で姉は自分が守るという決意がより一層堅くなる。空はますます雲に覆われ、不意にクリフは頬に冷たい感触を感じた。思わず頬に指をやると、水滴がある。


「……雨…?」


ぽつ、ぽつと降ってきた雨に、クリフは呆けた様に頭上を見上げた。船に乗っている全員が慌てだす。天候に恵まれないとは、ついていない。


(この様子では、ミリへの到着は遅れるな……)


「……さいあく」


憂鬱そうな表情でそう呟いたエレスを見ながら、クリフは背筋に何か冷たいものを感じた。物理的なものではない、何か感覚的なものだ。ぎゅっと手摺を握り、辺りの様子を確認しようとクリフが身を乗り出したその瞬間、激しい衝撃が船を貫いた。思わず甲板上に居た数名が体勢を崩し、転がっていく。


「──!」


 絶句し、瞬時にクリフは隣に居たはずのエレスを見た。彼女は必死で手摺に掴まり、打ち付ける波飛沫に耐えていた。歯を食い縛りながら、足元の海水の勢いに混乱する。


「どうなって──」


 水滴が飛び散り、二人の顔に降りかかる。思わず反射的に目を閉じた二人は、次の瞬間には完全に船から放り出されていた。


「うわ…っ!」


「な──っ!」


第二の大波がきたのだ。深い青色は悪意を持って二人を呑み込もうと迫る。白い水飛沫と共に、海に叩きつけられ、全身に走った痛みにクリフは呻いた。


 ぐるぐると、渦巻きの様に回転する流れに巻き込まれながら、クリフは必死で姉の姿を探した。視界が歪み、必死で唇を引き絞るも、唇の端から漏れ出した空気が気泡となり出て行く。


(──姉さん…!)


轟々と耳鳴りがし、必死で海面に浮上しようとするも、上から船体が落ちてくるのを回避するので精一杯だ。何が起きたのか、状況を把握しようとする暇もなく、クリフは息苦しさに喉を押さえた。


(……っ)


がば、と口を大きく開き、酸素が一気に流れ出す。必死で足を動かすも、辺りは深い青へと変わっていく。暗い影が迫ってくる。


(……姉さん…)


霞んでいく視界と共に、クリフは意識を手放した。





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