第五章:新たな展開
三日かけてアル達はようやくリノの島へ戻ってきた。騎士団の全員が港に集まり、アル達を迎え入れたが、ベルナの表情が堅いので団員は交渉が上手くいかなかった事を理解した。誰もが気まずそうに俯き、五人が馬車に乗り込みブラック・ホーリング城へ行く姿をただただ見つめていた。
「ただいま戻りました」
ベルナは緊張した面持ちでティアベルの部屋をノックした。その後ろに続く他の四人も、自分達の主君の反応が恐ろしくて顔が強張っている。アルはティアベルからどのような返答が帰ってくるのか、そしてこれから一体何をすればいいのか等と様々な事が脳を駆け巡っていた。
(…このままで後一ヶ月もない戦争に向けて、何もしないですごせるわけがない)
アルはぐっと唇を引き締めて、事の収束を待つ事にした。
「…お入りなさい」
言われ、五人はしずしずとティアベルの部屋へ入った。彼女が佇んでいるテラスから見える空は薄暗く、浮かぶ月は三日月から半月になっていた。
「──粗雑な馬鹿共を、仲間にはできませんでした」
跪いたベルナが、喉から引き絞るような、震えた低い声で言った。それを聞いたティアベルの肩が少し跳ね上がり、そのほっそりとした背中からははっきりと戸惑いが見て取れた。
「……」
何も返答がないことに、その場の全員が呼吸をするのも忘れ、息を呑んでいる。後ろからじっと様子を見ているアルは、部屋の空気がかつてないほどに冷たくなるのを感じた。
「そう、ですか」
ゆっくりとこちらを振り向いたティアベルを見て、アルは思わず背筋が震えた。薄暗い夜が背景で、普段ならば輝くオッドアイの両目が、絶望の色に染まっていたのだ。ベルナは主君の表情を見ると、そのまま気まずそうに俯いた。恐らく彼はこのような失敗をしたことが今までないのだろう。紅い闘牛の副団長だったらしいが、ゼノスがベルナは少々傲慢であることを呟いていた。アルは今まで自分を支えてくれていた団長の、悲しみに満ちた背中を見据え、この事態が改めて最悪であることを胸に刻み込む。
「……謝って、許されることではないのは分かっています」
ポツリ、とそう呟いたベルナを、主君であるティアベルはあくまで──無言で見下ろした。ベルナは顔をあげ、ティアベルの表情を確認し、紅い瞳に狂気の念を灯した。
「ですから、私は貴方様に再び誓います」
何をするのか、周りの四人が思わずベルナを凝視する中、ベルナは腰につけた短剣を引き抜いた。そして鞘から鋭利な刃先を出すと、そのまま裾をまくり自らの右腕をむき出しにする。
「……戦場では、私の命に代えても、必ずやお守り致します」
刃先を腕に押し付け、そのまま引く。ベルナのうめき声に、思わずアルは目を細めた。鮮血が床に滴り落ち、小さなぽたり、ぽたりと染みを作る。
「な──」
今まで無表情でベルナを見ていたティアベルは、ようやくそのオッドアイを見開き、口を何度か開閉させた。慌てたように自身のドレスの裾を摘み、ベルナの元へ駆け寄る。
「何をするのです!大事な腕を傷つけてはなりません!」
何度もナイフで傷つけられた肌からは涙のように血が流れ出し、ベルナの右腕はほぼ真っ赤になってしまった。痛みに顔をゆがめるベルナの肩を抱き、ティアベルは御付の者に布を取りにいかせた。
「…交渉一つできぬ腕ならば、貴方様への誓いで傷つけてしまったほうがいい…」
そう呟きながら、薄っすらと微笑むベルナを見て、ティアベルは双瞳を微かに細めた。美しい瞳が濡れた様に光り、優しい手つきでベルナの頬を撫でる。
目の前の光景を見ながら、アルは二人の間にある騎士と主人という信頼関係以外の"何か"を感じた。
そう、何か──狂おしいまでの、愛情。
「……いいのです。仕方がないことです…」
ティアベルは自らのドレスに血がつくのも気にしないで、ベルナの体をそっと抱きしめた。テラスから差し込む、清らかな月光が二人の上に降り積もった。純粋に、ベルナの行為を哀れむと共に、嬉しさを感じているのかティアベルは微笑みながら泣いていた。静かに、ベルナは震える指先をティアベルの頬へ添えた。
「……ティアベル様、私をお許しください」
それに反応するかのように、ティアベルは吐息を漏らした。長い睫毛が震え、ベルナを一心に見つめるオッドアイが細められる。
アルは思わず息を呑み、目を反らした。見てはいけないものを見てしまった気がして、心臓が妙に脈打つ。ゆったりとした、二人の甘い雰囲気を読まずに、御付の者が大袈裟に部屋へ入ってきた。それのおかげで、ようやくアルもティアベルとベルナに視線を戻す事が出来た。
「これでよろしいでしょうか!」
相当走り回ったのだろう、肩で息をしながら、御付の者は大き目の布を差し出した。
「……ええ、ありがとう。下がっていいわ」
それを受け取ったティアベルは、何事もなかったかのように、いつもの凛とした表情に戻り、確りと布をベルナの腕に巻き止血した。ベルナが苦しそうに歯を食い縛り、低く呻く。その様子を見ながら、ティアベルはようやくドレスが血まみれになっている事を気にする素振りをみせ、立ち上がった。
「……結果を示してくださらない限りは、この失敗は許す事はできません」
それを聞いたベルナは、苦痛に満ちた表情を一瞬だけ緩ませ、紅く染まってきた布を押さえながら返答した。
「…分かりました」
その場に居たユウヤ・カルロス・ヘンリーは二人の様子をを特別視はしていないようで、それぞれ険しい表情をし、無言のまま宿舎に戻っていった。次の命令があれば、それぞれすぐにでも名乗り出るだろう。
アルは暫し呆然とし、頭が真っ白になっていた。少しでも好意を抱いていた主君と、尊敬していた団長が、色恋の関係だったとは──。
(……)
また複雑な思考がアルの頭に割り込み、落ち着いてきていたアルの心を乱した。
うふふ^^。今までちょっとずつ小出しにしていたつもりでしたが、今回は何故か爆発してしまいました。。ベルナは設定では30歳、ティアベルは16歳。今の日本ではロリコンー!と非難を浴びせられそうですが、この時代は16歳といえど大人びています。普通に子供も生めますし。それにティアベルは黒い狼の主君なので、よりいっそう精神年齢は高くなります。しかし二人は分別があるため、人前ではあまりそういう雰囲気になることはありません。
それにしてもなかなか展開が進まない…(−−;)
気長に待ってもらえると幸いです。ではでは