第四章:【7】
アル達が出発してからすぐ、エレス達は船旅に出航した。ミリ大陸は未だに位置をはっきりとは把握できていない大陸のため、食料や飲み物をこれでもかというほど船に積み込み、途中に点々とある島にも何度か寄らなければならない。危険なたびになることは、誰の目から見ても明らかだった。それでもエレスとクリフは、黒い狼の幹部である誇りと自らに対する自信のせいか、何のためらいもなく旅に出発した。黒い狼のシンボルである、牙の刺繍が施された帆が風にはためき、ぐんぐんと加速していく──勇気のある気高いその行為を、遠巻きに見る一隻の帆船があった。見たところ、どこにでも居る運び屋のようだが、何やら動きが不穏だった。青い帽子を被った乗組員の一人が、双眼鏡を覗き込みながら隣の男に話しかけた。
「黒い狼の帆船が出発しました。追いますか?」
「もちろんだ。国王からも直々に命を受けている。奴らが妙な動きをしたならば即座に追い、始末するようにと」
機械的な声で返した男は、銀色に輝く前髪が海風に揺らされるのを嫌うように目を細めた。薄い唇は血色が悪く、薄紫色になっている。肌は男性であるに関わらず真っ白で、傷一つない。何の表情もない、まるで仮面をつけているかのように無表情な男を見て、仲間であるはずの乗組員でさえおっかなさを感じる。
「分かりました、リゼル様」
リゼル・ブランク。白の羊の幹部である彼は、黒い狼の船に金髪の美女が乗っているのを確認した時点で既に追うことを決めていた。エレス・ウィアに何度も苦汁を舐めさせられている彼は、なんとしても自らの手でエレスの息の根を止めてやろうと切に思っていた。
黒い狼の帆船と一定の距離を保ちつつ、見た目は普通の帆船である白の羊の帆船も動き始めた。
紅い闘牛のおかげでなんとか粗雑な馬鹿共の元から逃げ出したアル達は、約束の時刻に再びバトス港に戻ってきていた。人気のない廃港に佇む船を見て、少し腫れの引いた、元の綺麗な顔に戻りつつあったヘンリーは安堵のため息をついた。未だ一人で歩けないカルロスを支えながら乗船し、ベルナはひどく落ち込んだ様子でアゼル大陸のほうを見た。結局、粗雑な馬鹿共とは同盟を結ぶ事も出来ず、逆に返って嫌われた可能性もある。アルが連中の仲間を助けたらしいが、それをどうこう思う連中には思えなかった。
「…ふぅ」
珍しく団長がため息をついたのを見てアルは頭の上にクエスチョンマークを出した。
「どうしたんですか?」
呑気にそんな質問をするアルに、その場の全員がげんなりとした表情をする。
「普通分かるだろ?」
ユウヤは相変わらず馬鹿そうな従士に嫌気がさしたのか、少々憤怒した様子で言った。その様子を見たアルは、切れやすいユウヤの性格にむっとし、その場の甲板に座り込んでしまった。足早にベトス港を出発したいのであろう、帆船はすでに動き始めていて、燃える様な夕陽が地平線に沈みかけている。
それを見ていたヘンリーは、困ったようにこめかみを掻きながら呟いた。
「全く……仲がいいんだか悪いんだか分からないな、副団長とアルは」
それを聞いたアルは勢いよく抗議した。
「悪いに決まってるだろ!」
それを聞いたユウヤはわなわなと肩を震わしながらアルに近づいた。
「な、何ぃ──!?この野郎、従者の分際で…っ!」
それを見たアルは、縮こまるわけでもなく、半ば白けたようにソッポを向いて言った。
「別に、好きで"副団長"の従者になったわけじゃありません」
気が強い者同士が言い争いを始めると、どうにも収集がつかなくなる。日々の言い争いでそれを知っていたヘンリーが止めに入るも、完全にぷっちりと切れてしまったユウヤは、船上であるにも関わらず剣を引き抜いた。
「ぐっ…!!生意気すぎる!!そんなにつんけんすんだったら、勝負しろ!また叩きのめしてやる!」
それを聞いたアルは素早く立ち上がり、自らも愛剣を引き抜きながら言った。
「──いいですよ、次はオレが勝ちますから」
嫌な思い出を思い出さされたことに、アル自身もキテしまったようだ。ブリッジやらマストに待機している乗組員達が目を丸くする中で、ベルナは騒々しい部下達を見て頭痛がするのを感じた。
「ここは甲板ですよ!?万が一誰かが海に落ちでもしたら……」
ヘンリーが必死に二人の間に入り体を張って阻止しようと頑張るも、二人の男(しかもかなり力の強い)に同時に押され細い腕は軋んだ。
「上等だ──そん時は濡れネズミになったアル・ライトを船の上から優雅に見下ろして、せせら笑いしてやる!せいぜい命乞いでもしろよな」
大人気なくアルを挑発するユウヤを見て、ヘンリーも堪忍袋の尾が切れたのか歯を食い縛りながら怒鳴った。
「冗談じゃない、そんな事になったらどうやって──」
船の上の騒動はベルナの拳骨によって制裁された。喧嘩両成敗の方式で、アルとユウヤどちらにも落ちた拳骨は、二人の頭に見事なたんこぶを作った。
「ぐぁ…」
「う…」
全身が痺れるような一撃に、二人ともその場で崩れ落ちた。甲板の上で転げまわりながら悶絶するアルとユウヤを見ながら、ベルナは哀愁漂う目つきで暮れ行く夕陽を眺めた。
(アゼルで全くの成果をあげられなかったこと、ティア様になんと報告すればよいのだろうか……)
そんなベルナの様子を、心配そうに見つめるのはヘンリーのみだった。
なんか段々ユウヤとアルのキャラが崩壊していくんですが…笑"まぁ、書いてて楽しいからいいですよね^^;まだまだ続きます〜♪