第四章:【6】 2
燃え落ちたアジトを見ながら、ゼノスは黙りこくっていた。腕に抱いたセスを見ながら、先ほどの少年の事を思う。
少し前、赤い闘牛によってアジトに火をつけられたゼノスは仲間を逃がすのが精一杯な中で、置いてけぼりにされたセスの存在を忘れていた。皆を裏口から逃がし終え、セスが居ない事にようやく気づく。燃え盛る村の中には、とてもじゃないが進入できない。黒い煙が立ち昇り、むせかえるような熱気がゼノスの喉にこびりつき、思わず一歩下がってしまう。
「くそ…っ!」
諦めたくはない。ゼノスがアジトに足を踏み入れる決意をした瞬間、子供を抱き寄せゼノスの方へ走ってくる人影が見えた。思わず目を見張る。その人物は、先ほど打ちのめしたはずである黒い狼の一味だったのだ。黒い制服は焼け焦げ、少年自体も少々火傷をしているようだったが、確りとした足取りで少年はゼノスへ子供を預けると、穏やかに微笑んだ。それを見たゼノスは、思わずセスを受け取った自らの腕を見ながら、崩れ落ちた。
セスが助かったことによる安心もあるが、それよりも何も、少年の器の大きさに狼狽していたのだ。普通助けないだろう、そう思い、少年を凝視する。
「な、なんで──」
それを聞いた少年は、白藍色に清んだ眼差しをゼノスに向け、煤のついた鼻頭を指で擦りながら言った。
「なんでって言われても……」
カタカタと震える自身の腕を押さえつけながら、ゼノスは少年をにらみつけた。
「何故セスを助けた!お前は黒い狼だぞ──俺たちが昨日お前らにした事を覚えてないのか!?」
信じがたい出来事を打ち消すように、ゼノスは叫んだ。普通、自分を殴った奴らの仲間を身を挺して助けたりするはずがない。それに自分よりも年下のこの少年は、自らが出来なかったことをしでかした、その事をひけらかす訳でもなく、ただ佇んでいる。どうして、どうしてその様な事が出来るんだ──。
ゼノスを言う事をあまり聞いていなかったのか、少年は小走り気味にゼノスの元から離れようとした。
「じゃあ、俺そろそろ戻らないと──」
それを見たゼノスはセスを抱き寄せ、さらにきつく怒鳴った。橙色の髪には煤がつき、凛とした目には雫が溜まっている。
「おい!」
呼び止められた少年は、汗のせいで額に張り付く前髪を指先で払いながら振り返った。
「何ですか」
「……お前、名前は?」
燃え盛るアジトが背景には似合わない会話に、少年は目をぱちくりさせながら答えた。
「アル、アル・ライトです」
それを聞いたゼノスは、アルの名前を噛み締めるように目を閉じ、次に目を開いた時にはいつもの笑みを浮かべ、立ち上がった。その腕には優しい表情で気絶しているセスが確りと抱きとめられている。
「……アル・ライト……セスを助けてくれて、ありがとう」
それを聞いたアルは、満足そうににかりと笑った。
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