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Color blindness  作者: グリコ
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第四章:【5】

 翌朝、まだ朝もやがかかっている林の中を、アル達は進んでいた。いつ粗雑な馬鹿共が現れるとも分からない状況下で、アルはグッと拳を握り締めた。


(……いつ出てこようとかまわない。時間の問題だ)


ようやく一番高いスティープ峠を昇りきり、後は下り坂になった。林の中はまるで人の気配がなく、逆にあらゆる生物が気配を隠しているようだった。かさついた木々や岩肌、崖、海が近いせいかほんのりと潮の匂いが漂う。アルはふと、昨日の子供を思い出していた。


おそらく、あの子供は。


 皮製の靴を見ながら、自分も随分身分が上がったものだと自嘲する。ほんの少し前まで、差別を受けていた身分だというのに、今は大事な交渉にも携わっている。黒い狼は自分を信用してくれているが、未だに、どこかでそれを疑う自分が居た。


 「……」


子供の、険しい目つき。他人を疑い、親族以外は全く信用しない鋭い眼光。どこかで見たことがあると思ったあの目は、昔の……自分だった。


母親しか、自分を愛する者はいなかった。自分はそれだけで十分だったが、あの子供は。


歩きながら、目を閉じてみる。もしかしたら、あの子供と闘わなくてはいけなくなるかもしれない。粗雑な馬鹿共の仲間だとしたら。ベルナは何もしなければ向かってくる事はないと言った。しかし自分達は"交渉"をするではないか、"何か"をするには十分な理由だ。


「止まれ」


気がつくと、一行の頭上には弓を構える男が居た。服装からして恐らく盗賊だろう。そして、この山を統治する盗賊は──。男は頭に布を巻いていた。そして布に刺繍された花の模様を見て、アルは目を見開いた。昨日の子供と同じ花の刺繍だ。


「何の用だ?許可もなしにこれより先に進む事は出来ない!」


男は弓をぎりぎりと絞りながら、アル達に尋ねた。前日の盗賊共と同じなのか、そう思ったアルは失望しながら剣に手をかけた。しかしベルナはアルを制し、遥か頭上の男を見上げながら、丁重に礼をした。


「突然の訪問、失礼する。我々は"黒い狼"からの使いのものだ。機密事項より、今は事情を話す事が出来ない──大変、無礼である事は承知の上だ。貴方方の頭に会わせて貰えないだろうか?」


それを聞いた男は、顔を歪ませ弦につがえた矢を引くのをやめた。そして素早く木の上から飛び降りると、ベルナの前に立ち塞がった。


「……分かった。ついてこい」


ふっと、自信たっぷりの笑みを浮かべたベルナは、細身の男の後を確りとした足取りでついていった。








 切り立った崖の上、背後は深い谷底という下手をしたら袋小路の状況になる危険な場所に、粗雑な馬鹿共のアジトはあった。煉瓦で出来た家々が連なり、小さな集団、ちょっとした村を作っている。それもそうだろう、彼らはここで暮らし、家族の様に深い絆で結ばれている連中だ。高台の淵で少しばかり転寝をしていた子供が、慌てて体を起こした。林の中から、仲間と五人の黒い男が現れたのだ。頭首に事を知らせようと、素足のまま駆け出すが、すぐに立ち止まった。なぜなら、すでに頭首が表に出てきていたからだ。


「ゼノスさん……」


ゼノスと呼ばれた男は、子供の目線まで自分の目線を下ろし、にっこりと微笑んだ。


「セス、お前家の中に入ってろよ」


促されるように、セスと呼ばれた子供は頭をくしゃりと撫でられた後その場を去った。それを見届けたゼノスは、立ち上がり、高台から丸見えの五人を眺めた。硬い髪質なのか、艶のある橙色の髪は逆立っている。男らしい荒削りな茶色の眉に、確りとした輪郭。その顔には小さな傷を含め無数の切り傷がある。その目は純粋な輝きを失わずに、ひたすら自身の正義を貫くゼノスの心を端的に表していた。


「…ベルナ・オルゲン……」


いかにも、ゲリラ戦や都市での闘いに慣れていそうな、鋼でありながらもしなやかな肉体を跳躍させ、ゼノスは高台からそのまま五人の前に降り立った。思わず、ユウヤやカルロスが武器に手を伸ばすも、ベルナは止めろと目で合図をし、あくまで淡々とゼノスを見据えた。


「久しぶりだな。ゼノス・バイファル」


 無礼なベルナへと即座に盗賊の男が弓矢を向けたのをゼノスは止めた。お互い、まだ武力行使をする気は毛頭ないらしい。アルはどこか、ゼノスとベルナは出で立ちが似ていると思った。真に実力のある者でしか出せない、落ち着いた振る舞い。渇いた空気が吹き抜け、二人の髪を揺らした。


「ああ、5年ぶり、くらいか?……それで、どうだ?わざわざ紅い闘牛の副団長という地位を捨ててまで入った黒い狼は」


挑発する素振りではなく、ただ単に現実を告げる口調でそう言ったゼノスに、ベルナは薄ら笑いを浮かべた。それを聞いたアルは驚いた。二人は知り合い──そして、ベルナは紅い闘牛の副団長だった男。同時に二つの情報を得て、アルはますます二人の動向を固唾を呑んで見守る。


「はは、わざわざ聞かなくても分かるだろう。居心地が悪かったら即座にアゼルへ戻ってきているさ。黒い狼の団員は皆自分の行動に信念を持っている連中ばかりだ」


リーダー同士の会話を、ただじっと見つめるしかない部下達は互いに牽制しあっていた。アルは粗雑な馬鹿共のアジトの入り口で剣や弓を掲げこちらを静止している男達を見た。どれも皆、腑抜けた表情をしている者はいない、皆生死をかけた戦いを生き抜いてきた(つわもの)ばかりだ。それを聞いたゼノスが拳を握り締め、上腕筋が隆起した。


「そうか、なら良かった。それで、何の様だ。率直に言ってもらおうか、回りくどいのは嫌いなんだ」


いきなり口調が冷たくなったのと、他人行儀になった事に、アルは思わずベルナの背中を見た。それを聞いたベルナは、なんら変わった様子はなく、静かに丸まった羊紙皮を取り出し、閉じていた紐を解いてその中身を読み上げた。


今日(こんにち)、我々"黒い狼"はアゼル大陸一の夜盗集団、"粗雑な馬鹿共"に正式な軍事援助を請求する。目的はケルディア王国直属部隊"白い羊"への対抗、及び軍事的対立だ」


そして羊紙皮をくるくると紐で結び、ゼノスの手の平へ受け渡すと、ベルナは一歩下がった。アルはその場の雰囲気がとても早い速度で緊張していくのを感じた。


「回りくどいのは嫌いなんだろう?ならば簡潔に必要な要件のみを告げさせて頂いた」


その様子を見ながら、ゼノスは口をへの字に曲げてベルナを見た。


「……本気で、言っているのか?」


遠くで聞いていた粗雑な馬鹿共も、何の事かさっぱり分からないと言った風に開いた口を塞げていない。


「もちろん、本気だ」


ベルナは口角を上げ、しかし真摯な態度でゼノスを見た。その態度を見たゼノスは、口元を歪め、その目に薄ら笑いを浮かべるベルナを映した後、静かに俯いた。


「……最悪だぜ」


小さな声で呟かれたそれを、聞き逃さなかったベルナは、眉を潜めた。次にゼノスが顔を上げた瞬間、ベルナは息を呑んだ。ゼノスの目が、微かに光っていたからだ。


「──実はというと俺、今の瞬間まであんたを尊敬してたんだぜ。国家という組織から離脱しわざわざ悪に染まった男だとな。反逆者だと汚名を着せられてまで、操り人形を止め、自分の意思で動く"人間"になった。ずっと前から、何度も俺たちを取り締まりにきた軍隊の連中の中で、あんただけはまともだったからな。俺は、俺の理想は!あんただったんだ……!なのに」


そのままくるりとベルナ達に背を向けると、ゼノスはギラリと背後のベルナを睨んだ。


「なのに、あんたはこのざまだ。結局、国家同士の権力争いの戦いに巻き込まれて、操られてるだけじゃねぇか……話にならない。昔のあんたならいざしらず、今のあんたには何を頼まれても、無理だな」


尊敬するベルナを貶され、頭に血が昇ったアルが叫ぼうとするも、それよりも先にベルナが口を開いた。


「……私は昔も今も変わっていない。自分が正しいと思う事を実行するのみだ。それで──えぇ、ゼノス・バイファル。本当の理由を言え。君は……怖いだけだろう?」


それを聞いたゼノスは、ピタリと歩みを止めた。そして歯を食い縛りながら徐々にベルナへとと首を回す。その手に握られた羊紙皮がぐしゃりと潰れた。


「なんだと…」


怒りにその薄茶色の目が染まるのを確認したベルナは、予定道理に事が運ぶ事に薄ら笑いを止められていない。


「そうだろう?君はケルディアという国家が怖いんだ」


ゼノスは振り返り、続きを言わせないとばかりにベルナに向かって吼えた。


「何を勝手な事を!俺たちに何の利益もない同盟など──……!」


そこまで言って、ゼノスはハッとした。ベルナは目を見開くゼノスを見て、ほくそえんだ。


「それが君の本心だ。"利益"や"金"で物事を判断する。自らに有利な事でないと行動しない。それと…国家と何が違うというのだ?」


ゼノスは足の指全体を広げ地面をねじり潰すかのように足首に力を入れた。くしゃくしゃになった羊紙皮をその場で投げ捨て、指をこきりと鳴らす。


「貴様…俺を挑発しているのか?」


一触即発の険悪な雰囲気に、それぞれの部下も全員戦闘体制に入る。アルも愛剣の柄を目一杯に握りながら、どうしてベルナはゼノスが怒るような事をわざわざ言うのか理解できないでいた。


「挑発ではない、事実だ。粗雑な馬鹿共は善悪で物事を判断する連中だと聞いていたのだがな。それに私の今の主人は悪ではない、列記とした善だ!」


ベルナはぐんと力強く叫んだ。鼓膜を叩かれる様に、まるで自分の考えを根底から覆す様なベルナの揺さぶりに、ゼノスはぐっと堪えた。


「……黒い狼が、善だと?そんなこと」


剣の柄に指を絡ませながら、ベルナは打ち震えるゼノスを睨んだ。


「どうしてだ?君が真実を知っているわけではないだろう。どうして、自分の見たもの以外を信じられる?所詮君も、国家に操られるだけに過ぎない。他の大多数の貴族とも変わらない」


「違う!」


ゼノスはぶんと横に手を振り、鋭い百獣の王の様な、獲物を仕留めるその目でベルナを睨みつけた。さすがにアゼル一の夜盗の頭首だ、少々のゆさぶりでは崩れない。


「俺たちは、正義だ!ぬくぬくと、温室育ちの貴族の奴らと一緒にするな!」


そしてゼノスは一歩踏み出し、勢いよくベルナの首根っこを掴んだ。思わず、その場の全員が臨戦態勢へ入ろうとするが、二人の様子がおかしい事に気がつく。


「なぁ……俺たちが──貴族の連中と違うのは、あんたが一番知ってるはずだろう!?ベルナ!」


ゼノスは目を見開き、何度もベルナを揺さぶりながら、腹の底から声を出した。ベルナは目を細めると、自らの襟元を掴むゼノスの手の甲に自分の手の平を乗せた。


「……知っているとも。だからこそ」


そのまま手を握り締め、下ろすと、怒り狂うゼノスを諭すかのようにベルナは静かに告げた。


「貴族共の卑劣さを知っている君達だからこそ、我々に協力してもらいたいのだ。……そして我らと共に真実を知れ。そして何が善悪なのかを知れ」


 ベルナの言葉に、その場が静まり返った。粗雑な馬鹿共のアジトの前で様子を見ていた夜盗の一人が、ずんずんと巨体を揺らしながら近づいてきた。その肩には巨大な斧が抱えられている。


「ベルナさん──そこまでにしとけよなぁ?」


樽のような体をしたひげ男は、身長の高いベルナと同じぐらいの目線で睨みあった。鼻と鼻がぶつかりそうな程の距離でお互いにらみ合っているにも関わらず、ベルナは涼しそうに双方の目を細めた。


「久方ぶりだな、グリム。子供は生まれたか?」


まるで親しいものとの会話のようなベルナの言葉に、グリムはカッと顔を赤くした。担いでいた巨大な斧を振り下ろそうと太い腕に力を入れるも、それはゼノスによって止められた。


「よせ。俺たちは夜盗だ。昼間の間は、戦わない」


力強くつかまれた二の腕を見ながら、グリムは丸っこい鼻を鳴らし、ベルナを睨みつつ下がった。ずんずんと前屈みのままアジトに戻っていく姿は、勇ましいゴリラという言葉が相応しい。


部下が定位置に戻ったのを見届け、改めてゼノスは憎悪と軽蔑の混じった眼差しをベルナに向けた。


「──へっ。人を上手く言いくるめるのは昔から得意だよな、あんた」


ゼノスは準備運動とばかりに腕を回した。それを見て、ベルナは一瞬押される様に足を後方へずらした。ピンと張り詰めた糸が軋むように、その場の空気も張り詰める。


「善悪なんてものはなぁ……そう簡単に語れるもんじゃねぇ」


最後に首を鳴らし、ゼノスはくっと笑った。リーダー同士の話し合いが決裂した場合、勝敗を決めるのは部下の戦いだ。アルはぐっと奥歯を噛み締めた。


「何が"悪"で、何が"善"かなんて事は、個人の問題だ。能書きで決められることじゃない!」


それが合図かのように、粗雑な馬鹿共の男達が人の波のように一気にアル達の方へなだれ込んできた。交渉が決裂したのを悟ったベルナは自らも剣を抜いた。瞬間的に、数十人の夜盗に取り囲まれ、五人の騎士は互いに背を押し付けるようにして一箇所に固まった。


「く……っ!」


今まで自分を見下していたベルナが、必死に脳を回転させどう形勢を逆転しようか考えている。その様子を心底面白そうに見ながら、ゼノスは五人に近づいた。


「ふん……紅い闘牛の時の癖が抜けてないのか?誰もが自分に従いついてくる、そう思ってたんだろう?だからたった五人で、わざわざアジトへ乗り込んできた。例え相手が自分達を殺そうとしても、何のメリットもないから大丈夫……」


そこまで言って、ゼノスは胸糞悪いとばかりに地面に唾を吐いた。乾燥した大地に、ねばついた透明な液体が付着する。


「残念だったな……お前らをひっとらえて起きるメリットならいくらでもあるぜ。このまま軍隊に差し出しても報奨金が貰えるはずだ。なにせ、軍部の連中は"白の羊"と密接にくっついてるって話だ。白の羊が毛嫌いしているお前らを紅い闘牛に差し出し、連中はお前らをケルディアに差し出す。無駄な血は流れず、事は万事終了って訳だ」


それを聞いたカルロスは、いきり立った猛牛の様に槍を地面に突き刺した。思わず、全員が息を詰まらせる。モヒカン男から流れ出る殺意は凄まじいものがあった。


「黙れよ──俺たちが捕まったら、リノの島民はどうなる!?ティア様は!無駄な血が流れないだと……ふざけんじゃねぇ!ケルディアのやる事だ、皆、虐殺に決まってんだろうが!」


それを聞いたゼノスは目の下を引き攣らせながら笑った。


「何を…そんな事するかよ。あの白の羊のことだ、せいぜい捕虜──」


「てめぇ!」


現状が分かっていないゼノスに、カルロスは猛り狂った。


「よせ、カルロス」


カルロスはわなわなと拳を震えさせながら、ベルナを睨んだ。目は充血し、歯はかみ合っていない。


「どうやら、仲間にはなってもらえないらしいな……こうなった以上、我々がすることは一つだ」


ベルナは剣を掲げ、真上の太陽を見上げた。


「誇り高き黒の魂、恥じる事なき名誉の死、たぎる血脈は途絶えることなく」


それを聞いた黒の騎士全員がハッとした様に表情を強張らせた。アルはふつふつと湧き出る熱い闘志に身震いしていた。合言葉というという事は──。五つの黒い塊が、あっという間に大勢の人の波に飲み込まれた。

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