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Color blindness  作者: グリコ
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第四章:【4】

 比較的浅い森を抜け、街で駄賃馬を借りた一行は文句一つも漏らすことなくその日の夜には粗雑な馬鹿共のすみかがあると言われるスティープ峠の麓にたどり着いた。あまりにも旅が順調なため、団長であるベルナでさえ拍子抜けしたほどだ。乾燥した赤茶色の地面に所々落ちた木の枝を拾いながら、アルは高く聳え立つスティープ山を見た。尖り、暮れ行く空に突き出した峰は、まるで侵入者を拒むかのような威圧感を放っている。


「……あれを、明日越えるのか…」


木のとんかちでクイを打ち込んでいたユウヤが、チラリとアルを見た。腕一杯に焚き火様の木の枝を抱えたその姿をみて、再びとんかちを動かし始める。どうやら仕事をさぼっていないか確認しただけのようだった。


「アル、すまないがこの容器に水を汲んできてくれないか?」


夕食の準備をしていたヘンリーは、そういって箱状になった金属製の容器をアルに突き出した。


「わかった」


受け取りながら、アルはふと、水などどこにあるのかと思った。辺りを見回しても、明日入る予定の林の入り口があるだけだ。細い木々が、かさかさと風で音をたてた。


「……」







 ぱさついた土を踏みしめながら、アルはひたすら水の気配を探していた。容器はかなり大きい、湧き水などでは足りないかもしれない。林に生えた木々は白っぽくひび割れ、枯れた様だった。暑い時期にも関わらず痩せこけた林中に、アルは不安になった。こんなところで、人が生きていけるのだろうか?


ふと、アルは傾斜のついた、少しくぼ地になり枯葉が溜まっている場所に降りてみた。微かに水が流れる音と、湿った匂いがする。降り積もった枯葉の上を慎重に歩いてみて──不意に足の裏に何か硬い感触を感じた。慌ててその場所を退き、枯葉を手で掻き分けてみる。するとそこには木の板があった。明らかに人工的に丸く削ってある為、アルはすぐに何らかの"フタ"であると感づいた。それを退けてみると……そこには、かなりの透明度を誇る湧き水が溜まっていた。指先をつけてみるも、ひんやりとして気持ちが良い。思わず、アルは水溜りの中に顔を突っ込んだ。日が暮れても暑い気温の中で、すっかり体中が火照ってしまっていたのだ。毛穴の奥まで染みこむ様な鋭い冷たさを感じて、アルは両目を硬く瞑った。しんみりとした、冷涼な空気が顔の表面をなぞり、瞼が心地よさに震えた。


「っぷはぁ!」


手で顔をぬぐいながら、アルはもう一度水溜りを覗き込んだ。そこには相変わらず底の地面まで見える凛とした水面があった。思わず嬉しくなり、頬が緩む。


(誰か知らないけど、感謝するよ)


早速容器を取り出し、水を汲もうとしたその瞬間。枯葉が激しく擦れる音がした。背筋が凍りついたかの様にアルは体中から血の気が引くのを感じた。


「誰だ!?」


子供の声がして、素早くアルが振り返るとそこには頭に布を巻いた子供が立っていた。凄まじい形相でアルを睨み、その手にはナイフが握られている。


「ま、待てよ」


およそ子供には不相応な武器に慌てたアルは、急いで立ち上がりながら制した。子供は暫しアルを最大限に警戒する素振りを見せた後、ようやくナイフの刃先を折り腰に収めると、軽やかに飛び枯葉の絨毯の上に着地した。


「あんた、誰だよ?」


思いがけず話しかけられたので、アルはギクリとしながら答えた。


「世界を旅してるんだ……それで、水がなくなっちゃって──」


粗末なバケツに水を一杯汲み終えると、子供は興味津々とばかりにアルを見た。アルは理知的で、意思の強そうな瞳に見つめられ、ますます背中に嫌な汗が流れるのを感じた。まっすぐに、何のためらいもなく自らを見据えてくる子供に、嘘をついていることが、見透かされそうだ。


「…そうか、ならいいよ。この水飲んでも。困ってる人を助けるのは当たり前の事だって、ゼノスさんが言ってたもんね」


「?」


子供はそういい、最後にアルをしげしげとみて、仏頂面をすると林の奥へと消えていった。空中にゆったりと舞う枯葉を見ながら、アルはしばらく呆然としていたが、はたと気がついた。全く、"黒い狼"だと気がつかれなかった……もしや、先ほどの子供は、粗雑な馬鹿共の一員ではなかったのかもしれない。そう思い、アルは容器を抱え再びベルナ達のキャンプへと戻った。



「あーようやく戻ってきた!」


ヘンリーは焚き火の前で、待ちくたびれたとばかりに叫んだ。


「もちろん、良い水を汲んできたんだろうね?」


無理やり水を確認しようとするヘンリーに容器を押し付け、アルは倒木に腰掛けた。隣には紅い瞳に揺れる火の粉を映し呆けているベルナがいた。


「…団長?」


アルが恐る恐る話しかけると、ベルナは目を瞬かせ、おずおずとアルの方を向いた。


「ん?」


「…考え事をなさっているときにすいません、お話したいことがありまして。……先ほど、林の中に水を汲みに行ったとき、一人の子供に会いました」


それを聞いたベルナは、真剣な顔つきになった。焚き火の周りでは、巨大な鉄鍋に清潔な水を入れその中に様々な具を投入したヘンリーがじっくりとお玉で液体をかき混ぜている最中だった。ユウヤはテントの中で眠っているらしく、カルロスは切り株の上に座り、その肩に紅い鳥を乗っけながらひたすら腹が減ったと喚いている。


「…粗雑な馬鹿共の仲間だな」


ベルナは確りといった。アルは子供の眼差しを思い出した。あの芯の強そうな瞳──あれは、強い悲しみを乗り越えた者でしか持ち得ない。どこかで見た事のある眼だった。


「しかし、黒い狼の存在をしらないとは──あえて教えていないのか?」


「分かりません、かなりの小さな子供でしたから。あえてオレに触れず、仲間に報告しにいったのかもしれません」


それを聞き、ベルナはすっと耳をすました。風の音と、林の葉が擦れる音しかしない。特に慌てる様子もなく、ベルナはあぐらをかくようにして足を組んだ。


「……しかし、何があろうと私達が動くことはありえない。例えその子供が、粗雑な馬鹿共であったとしても、彼らは貴族しか襲わないという掟を決めている。何もしない限り、我々が襲われることはない」


それを聞いて、アルはようやく強張っていた全身の力を抜いた。空を見上げてみると、薄暗く、夜に入ることを示していた。戦争前とは思えないゆったりとした穏やかな時間の流れに、アルは瞼が重くなるのを感じた。項垂れる様にして、少しばかり安心してみる。


周りには、頼れる騎士達が居て。自分は彼らの仲間であって。


その様な環境に、アルの心は先ほどの湧き水の様に澄み切っていくのであった。


 やがて香ばしい匂いに眼を覚ましたアルは、食事を取りながら談笑した。男五人で(むさくるしい)、静寂に包まれた夜の林の中で野宿という状況であるが、本当の仲間の居なかったアルにとって、その何の変哲もないひと時はこの上なく新鮮であった。小麦粉を小さく米粒状にしたもののうえに、皮袋に入れていた獣の肉、野菜、スパイス、林でとった山菜などをふんだんに盛り込んだ料理は、ヘンリーいわくアルベルトのふるさとの味"カリー"というものらしい。


「うめぇー!」


よほど腹が空いていたのだろう、涙目になりながら、カルロスはガツガツとカリーを胃の中へかきこんでいた。それを怪訝そうに横目でみながら、ユウヤも食欲をそそる辛そうな匂いを放つカリーを口に運んでいる。ベルナがカリーに入っている得体の知れない山菜をしげしげと眺めながら言った。


「これはなんだ?」


ヘンリーは自慢の料理が好評である事に機嫌をよくしながら答えた。


「食べれる山菜です。気にしないでください」


「どわー!」


急に大声をあげたカルロスにユウヤが遂に切れた。


「うるさい!なんだってんだ!」


凄んだユウヤに、さすがのカルロスも少し怯えたような表情をしながら、持っているスプーンを見せた。ユウヤは細めた眼でスプーンの先に乗っている物体に目をこらした。


「……」


それは、足らしきものと、ひげらしきものと。土の中に住んでいる、甲殻類の一種だった。


「……!」


固まったユウヤに、カルロスはわざとスプーンを近づけた。次の瞬間、ユウヤは剣を抜いた。


「て、てめぇ…!二度と、その気持ち悪いの、俺に絶対近づけるなよ…!」


腕を切り付けられもがくカルロスに、完全に切れたユウヤが囁いた。ヘンリーはいつの間に、と呟きながらスプーンの上の物体を地面に捨てた。その騒動を見ながら、ベルナはやれやれとばかりにスプーンを二人の方へ向けた。


「君達、明日は大事な交渉があるんだから、余計な体力を使うんじゃない」


ベルナに注意され、ユウヤは渋々カルロスの上から退いたが、その後夕食中隣のカルロスを睨み続けていた。カルロスはそんなユウヤの視線を知ってか知らずか、カリーを一口食べては能天気な笑い声をあげ続けた。



そんな騒がしい夜をすごしながら──アルは満たされていく胃と心に自然と笑みがこぼれていた。




ユウヤは昆虫が苦手みたいですねー笑"男五人はなかなか書きにくかったですけど、こんな風に馬鹿騒ぎしてるような気がしたので書いてみました^^;

五人は仲がいいみたいです。

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