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Color blindness  作者: グリコ
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第一章:少年の苦悩

 鮮やかな朝の光が部屋に差し込み、オレは目の前の鏡を覗き込んだ。白藍色の自らの瞳を覗き込んで、次に髪の色を見る。黒。どうしてだろう、どうしてオレだけが漆黒の髪を持って生まれてきたのか。母さんは杏色なのに。そして母さんいわく、父さんも杏色なのに。


すると急に部屋のドアが開いた。慌てて鏡から体を離し、入ってきた人物を見る。母さんが満面の笑みを浮かべてオレを抱きしめた。肺が押しつぶされたように苦しくなる。


「遂に試験の日ね、アル!貴方の力なら必ず受かると母さんは信じてるわ!」


頬に湿った唇を押し付けられて、思わず吐きそうになる。


「いい加減にしてくれよ母さん!オレはもう子供じゃないんだ。もう14歳なんだぜ!」


14歳といえば、もう騎士団に入れるぐらいの年だ。無理やり体を離すと、母親は悲しそうな顔をした。やめてくれよ…その顔は反則だ。


「母さんからしたらいつまでたっても貴方は子供なのよ、アル……」


 捨てられた子犬のように項垂れると、机の上に置いてある砂時計が落ちきり、1回転した。そして砂時計に押された事が合図で、24個あるうちの10個めの騎士がガラス玉の中に出てきた。それはつまり、時刻は10時を回ったということを示す。


「あら、もう10時?さぁ早く、朝ごはんを食べたら、直に町の集会所まで行くんですよ、道順は分かるわね?」


跳ねたように顔を上げ、母親は再びオレに干渉し始めた。苛苛としながら、母親をドアまで押していく。


「道順は本当に分かるの?良かったら私が付いて行っても──」


「うっるさいな、もう!いいから出てってくれよ!今から正装に着替えるから!」


どこまでも過保護な母親を部屋から摘み出し、そしてようやく一息つく。ベットの上に用意してある白い正装を見て、浮き足立つのを感じた。

 今日は騎士団に入るための試験の日だ。そしてオレは試験に受かる絶対の自信を持っている。愛馬のフェイユモルト(オレはフェイと呼んでいる)は駿馬で、オレ自身もこの日のために死ぬほど訓練してきた。同級生との決闘で負けたことはない。自分に騎士の素質があることは、徐々に気づいていた。騎士団に入れば──最初は下っ端だろうけど、きっと上位に上り詰める。そしたら『白の羊』のメンバーとして世界中で名声が得られるし、何より『黒髪』で生まれてきたオレを、ここまで育て上げてくれた母さんに楽な生活をさせてやりたい。


「……よし!」


今一度自分の思いを再認して、白い制服を着込む。今日のために出来るだけ髪は短くした。黒の部分を減らすためだ。心の中に刻み込んだ思いと共に、14年間過ごした部屋を後にした。





第一章〜少年の苦悩〜







 家から出てだいぶ経った。目の前には広い砂利道が延々と続いている。唯一近くにある、白のブロック塀で囲まれた家からレモン色の髪をした小太りの少年が飛び出てきた。大慌てで、口には朝食の残りであろうパンが銜えられている。少年はオレに気づくと、急いでパンを口の中に詰め込んだ。そして一気に飲み込むと、片手を上げて合図した。


「やあアル!いよいよ試験だね!」


 クラム・ヘイコット。奴の両親は広大な敷地面性を利用して小麦を育てている。つまり、ここらじゃかなりの金持ちの息子だ。そのおかげでクラムは中々の駿馬を持ち、オレと並んで馬の扱いが上手いとされている。本当は馬が良いだけなのだが……。そう言うわけで、今年試験を受けるのはこの地域じゃオレとクラムだけなのだ。クラムはカエルの様な口元を微妙に上げて、小走り気味にオレの横についた。馴れ馴れしく肩に手を回してくる。


「なぁ、聞けよアル──昨日夕食のときに父さんにお前の事を話したんだ。"黒い髪の奴が試験を受ける"って。そしたらうちの父さんは激怒してたぜ、"由緒正しいケルディアの騎士団に黒い髪が!なんてことだ!"って」


ねっとりと、嫌味たっぷりに耳元で囁くクラムを、別に追い払ったりしなかった。そういうことはもう、慣れっこなのだ。それにこいつはまだましな方で、中にはいきなり掴みかかってくるやつだっている。"黒の連中の仲間"だ、ってね。


「そうか。別にいいさ、親父さんには"気にしないでくれ。髪が黒いだけで黒い服を着るわけじゃない"と弁解しておいてくれるかなクラム?」


「ああいいよ、それであの父さんが納得するとは思えないけどね!はは!」


笑い飛ばすように、豪快に笑うと、途端にクラムは勢いを失った牛の様に黙り込んだ。これだから気分の浮き沈みが激しい奴とはあまり付き合いたくない。


「……」


むっすりとした表情で、クラムは何か考え事をしているようだった。放っておくのが一番だと、話しかけないことにしていたのだが、しかしなんとなく、クラムが物欲しそうな目つきで幾度となくこちらを見るので、仕方がなく聞いた。


「どうしたんだ?」


足の裏に、尖った石の感触を感じながら、尋ねる。


「ああ……君は緊張しないの?試験」


何だ…そんな事か。思わず気が抜けて、歩を進める先にある小石を蹴る。今更そんな事を言う男の顔など、見る気も失せる。


「そりゃ…少しくらいは緊張するさ。でも、もう引くに引けないだろ?」


それを聞いて、隣から空気が抜けるような音がした。クラムが盛大にため息をついたようだ。少し先で転がるのを辞めた石をまた蹴る。


「そうだけど……ほら、試験の案内状には、愛馬も連れてくるなって書いてあっただろ?騎士団の試験なのに、馬なしで何をするんだろうとか、思わないの?」


痛いところを突かれて、思わず小石ばかり追っていた目をクラムに向ける。クラムはかまわないで話を続けた。


「僕の愛馬、知ってるだろ?ほら。栗毛の」


「ああ、名前は何だっけ?」


「ジェシカ」


脂ぎった、小太りの男が乗る馬にしてはとても可憐な名前だったから、思わず吹いた。それを見たクラムは怒りを顕にして、オレの首根っこを掴んだ。


「何だよ!何がおかしいんだ!」


「い、いや──ほ、ほら!思い出し笑いってやつだよ!」


機転を利かせるように、一指し指を立てると、クラムは納得したのか手を離した。そして「人の話を聞くときに思い出し笑いなんかするかよ」と呟いた。


妙に塩らしいクラムはとても気持ちが悪かったが、そのまま会話を続ける。


「──で?その"ジェシカ"が何だって?」


爽やかな風が吹き抜けて、クラムの家の麦畑の穂を一斉に揺らした。金色の穂は、もうすぐそれが収穫の時期だというのを知らせた。


「ジェシカじゃないと、僕馬が怖くって」


「……」


思わず、足を止め何度も瞬きする。そしてその言葉が本当かどうか、もう一度確かめる。


「な、何だって?」


「だから、僕はジェシカ以外の馬が怖いんだよ!」


苛苛と、こちらを睨むクラムを見て、唖然とした。馬が怖いのに何故騎士団に入ろうと思ったのだろう。真性の馬鹿だろうか。つやつやして健康そうな顔は、肥え過ぎたせいで目が小さくなっている。痩せたらクラムはなかなかの顔立ちだと思うのだが……。そんな事を考えながら、また歩を進める。隣のクラムはまだ何かブツブツ言っている。


「…なら何で騎士団に入ろうなんて思ったんだよ?」


少しばかりの、皮肉をこめて言ってやる。クラムは馬鹿なものを見るような目つきで誇らしげに言った。


「何でって君…そりゃ騎士団に入る事はなんとも格好がいいだろ!」


オレは確信した。隣の男は真性の馬鹿だ。重症。冷え切った目で見られているとも知らず、クラムは目を爛々と輝かせながら言った。


「しかも運良く『白の羊』のメンバーに選ばれたりなんかしてみろ!そしたら──一生皆から拝まれるんだ!しかも父さんは僕なら大丈夫だと言ってる。あの父さんが言うんだ、違いないだろ?」


時として、親の過保護は子供を不幸にする。それの被害者が今隣にいるかと思うと、可哀想でならなかった。「そうだ、そうに違いない!」と自分で自分を納得させるクラムに、痛むこめかみを押さえて助言する。


「クラム、仮にお前が騎士団に入れたとして、"白の羊"になれる可能性は、そんなに──高くないと思うぜ」


何か恨めしそうにこちらを睨み、クラムはカエル口をへの字に曲げた。そして少しして、何を悟ったように優越感に浸った眼差しでこちらを見下ろした。


「はは〜ん。さてはアル、君嫉妬してるんだな?僕の才能に」


腰に手をやってポーズまで決めるクラムにオレは言葉を亡くした。いいや、もう今度こそ放っておこう。するとクラムが嬉しそうに指を突き出した。


「あ、あれだよ!集会所!」


指差された先には、白い小さな小屋があった。しかしその前に一台の馬車が止まっていた。台車も二頭の馬も全て真っ白で、日差しを反射しているものだから、思わず目が眩んだ。


「何で、馬車がいるんだ?」


オレ達以外に、馬車を待っている人影はない。それどころか、見渡す限り、どこにも人影はない。まぁ一面が麦畑だから、当たり前といえば当たり前なのだが。すると隣のクラムの鼻息が急に荒くなった。


「見て、見ろよアル!あの馬車の荷台──白だから見えにくいけど、"子羊使い(A lamb errand)"って書いてある!」


そういわれて、目を凝らすと、本当に書いてあった。小さな目でよくそこまで探り当てたと、隣の男を少し見直していると、小屋のドアが勢いよく開き、中から白い制服を着た人が出てきた。その人は颯爽と歩き、馬車へ乗った。俺は瞬時にその人が、馬車の操り主だと分かった。だって、白い服を着ていたから。オレ達は全速力で馬車に駆け寄った。


回り込んで馬車の斜め前に立つと、白い制服に身を包んだ操り主が少し驚いた様子でこちらを見下ろした。女性だった。凛と背筋が伸びた姿は、とても綺麗だった。


「……」


女性は一言も喋らないので、こちらから話しかける。


「き、騎士団の方ですよね?」


クラムが頬を染めて答えた。恐らく女性に惚れたのだろう。操り主は一回頷いただけで、親指を後ろに示して"乗れ"という仕草をした。


ガタガタと乗り込みながら、オレも内心興奮していた。この様な待遇を受けたことは、生まれてこの方体験したことがないからだ。クラムのでかい尻を押し込みながら、二人座る。それを確認した操り主は、静かに鞭を馬に当てた。軽快なリズムで、馬車が走り始めた。


隣で今更どうにもならない癖毛を整えるクラムを差し引いて、オレは身を乗り出して前方の女性に尋ねた。


「あ、あの、これからどこへ?」


すると女性は首すら動かさずに淡々と答えた。


「首都」


片言の言葉で返され、渋々席に座りなおす。軽い上下の振動が心地よい。かなり上質な馬車のようだ。しかし先程クラムが見つけた文字の質問をしようと、また身を乗り出した。隣のクラムが責めるように服を引っ張ってくる。


「あの、この車の後ろに書いてあった"子羊使い"とはどういう意味なんです?」


すると女性は首だけ動かしてこちらを向いた。長い睫毛が瞬いて、ずっと表情を変えないまま口だけ動かす。まるで人形のようだと思った。


「……"子羊使い"、そのままの意味だよ。騎士団の中でも精鋭部隊の事を"白の羊"と呼ぶことぐらい、少年達も知ってるだろう?」


「ハイ」


「子羊とは少年、つまり君達の事。そして子羊を使うもの──つまり子羊を送迎するもののことを、"子羊使い(A lamb errand)"という」


なるほど、と呟いて、オレはまた席に腰を降ろした。ようやく納得行く前髪になったのだろう、クラムがでかい尻を強引に持ち上げて身を乗り出した。


「それにしても、随分上質な馬車ですね!」


質問とほぼ同じ時に、女性は馬の尻を一叩きした。上下の揺れが激しくなり、景色が流れていくのが早くなる。クラムは少し怯えたように屈んだ。どうやら馬が怖いという理由は、その駆ける速度に関連するのだろう。


「フン…恐らく……"白の羊"の事だから、"聖なる子羊に危険な体験はさせてはならないのです"、大方そういう見聞だろ。だからここまでの馬車を出す」


「……そうですか」


クラムが降参したように両手を挙げ、静かに席に座った。どうやら女性を口説こうと思っていたらしいが、諦めたらしい。この女性はどうやら、相当棘があるらしい。自分の上司であるはずの"白の羊"を、あまり心地よさそうに語らないからだ。


時期に景色はクラムの家の小麦畑を過ぎ、見渡す限りの草原地帯に入った。村だけで育ったオレは、ここまで来たことなど数える程しかない。記憶の限り母親と共に首都へ野菜を売りに行った時のみだ。それも村の民皆で一度に集まり、村に一台しかないクラムの家の大型車で売りにいく。外の光景を、こんなに雄大に見たのは始めてだ。


「……すっげぇなぁ…」


「ああ、君は初めてだったけ。僕は何回もある、十本の指ではとても足りないほどね。父さんはよく小麦を売りに首都へ行くからね。それに家族で遠出したこともある──あれは去年の話だ……」


これから先にも、クラムは延々と喋っていたが、オレの耳にはほとんど入らなかった。空を見上げると、透き通るような水色を、全面にムラなく塗りたくったような、雲ひとつない快晴だった。まるでこれからの道程を祝福してくれているように、鳥達が頭上で輪を作った。


「──ところで」


その光景を遮断するように、女性の声がした。今まで自分からは何も喋らなかった"子羊使い"がいきなり喋りかけてきたのものだから、思わず女性の後頭部を凝視する。それはクラムも同じで、自慢話を中断した。


「黒い髪の、少年は」


ここでクラムは自分のことではないと知らされ、拗ねたように腕を組みながら景色に目を向けた。


「本当に"子羊"なのか……?」


その言葉は、一瞬意味が分からなかった。さして慌てることもなく、首を傾げる。


「それはどういう意味です?」


するとこちらを向きもしない女性は少し慌てたように鞭を動かした。


「いいや、戯言だ……少し急ぐ」


何度も鞭を当てられた白馬は(いなな)き、ほぼ駆け足のようになった。上下振動が凄まじくなり、クラムが椅子の縁を必死に掴んだ。


「ひぃ…!」


「──!?」


思わず自らも椅子の縁を掴み、何か様子が違うことに気づいた。涙目で震えるクラムに、極小さな声で耳打ちする。


『……おいクラム。この馬車、本当に首都に向かっているのか?』


『……ちょ、ちょっと待てよ…』


そうしてクラムは必死に体を起こし回りを見回した。すると石にでもあたったのか、馬車が大きく跳ねた。その振動でクラムが弾き飛ばされた。馬車からクラムが消え、思わず声を荒げる。


「クラム!」


「うわぁ!!」


小太りの男はそのまま馬車から振り落とされ、道へ落ちた。太っていたのが幸いしたのだろう、そのまま怪我をすることもなく、道の真ん中で何か起こったのかわからないという様子で転がっていた。


「クラム…!あ、あの!馬車を止めてください!」


すでにはるか後方で転がっているクラムを見ながら、女性の肩を掴む。すると女性はさらに鞭をいれ、馬車の速度を上げた。


「──!?」


ここでオレは気がついた。女性は白の服を着ていなかった。いや着ていたのだが、それは黒の服の上に、白の服を着ていた。それを見て、全身から血の気が引いていくのが分かった。


「…あ、貴方は…」


肩を掴んでいた手を、おそるおそる離す。指が震え始めた。女性は静かにこちらを向いて、冷やかな微笑を浮かべた。


「気づいたのか少年。…お察しの通り、私は"子羊使い"ではない…」


ニヤリと、微笑み。女性はことごとく嬉しそうに叫んだ。色は見た目で誤魔化せる。表面は本質ではないのだ。


「私は痛い気な子羊を襲う──"黒い狼"だよ」


もう一度後ろを振り返るも、クラムはすでに点よりも小さくなっていた。遠い記憶が、一気に蘇ってくる。



"──黒の連中には気をつけるのよ"




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