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Color blindness  作者: グリコ
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第三章:戦争

 扉がノックされ、同時に部屋の内部に居た少女が返事をした。


「はい」


「ベルナです。入ってもよろしいでしょうか?」


「かまいません。どうぞ」


「は」


ベルナ・ユウヤ・エレス・クリフ・アルの五人はそうっと部屋の中へ入り、四人は自らの主人に跪いた。アルはまだ騎士ではないのだが、跪いたほうがいい気がして自分も同じ姿勢になる。


「……作戦は、まとまりになったでしょうか」


ベルナが、慎重に探るように聞いた。しかしティアベルは一向に口を開こうとはせず、ひたすらテラスより灰色の空を仰いでいた。


「……」


アルは重々しい空気に息が詰まりそうだった。何のことなのか、さっぱり分からない。作戦とは、何なのだろうか。斜め前に居るエレスが、自分の方を横目で見た気がした。ティアベルはようやくこちらを向いて、しかし微塵の不安も感じさせない雰囲気で言葉を紡いだ。


「…強大な"白の羊"に対抗できるほど、今の"黒い狼"は強くありません。個々の能力も、絶対的な数も、一つも足りていません」


"白の羊"。久方ぶりにその響きを聞いたアルは、肺に溜まっていた汚い空気を少しだけ吐いた。そして──自分の中で、少し変化が起きているのにも気がついた。


前は、"白の羊"と"黒い狼"を対に出されると、どうしても黒を嫌悪してしまっていたのだが、今はそれほどでもない……というか、むしろ黒の方が親しみを感じる事もある。街も、人も、全てが白より黒の方が良いという事実を、自らの目で確かめたのだから。


「お言葉を返すようですが」


ベルナが少し強い語感で言うものだから、その場の全員の顔が強張る。


「…確かに数では負けます。能力も、足りてない部分はあるでしょう。しかし、主人に対する忠誠心では何一つ負けていないつもりです。にも関わらず、主人がそのような弱気では、私どもの士気も下がるというものです」


夕陽が燃えているようなサンセット色の両の目が、鋭くティアベルを捉えた。大の男に睨まれたにも関わらず、少女は依然として表情一つ変えない。


「……続きが、あります。主人の先を行かないように」


怒ってはいない、しかし並の相手なら思わず縮こまってしまいそうな威圧感で、ティアベルはベルナを見下ろした。


「……申し訳ありません」


ベルナは、心底反省したように答えた。アルは尊敬するベルナの謝る姿を見て、ティアベルという少女がますます遠い存在だと本能的に察知した。どうやっても、触れるどころか、話しかける事さえ叶わない。


それが──騎士と主人の関係。そう感じて、アルは足が震えるのを感じた。


可憐な少女に、出会った瞬間に心を奪われそうになっていたが、それを寸でのところで思い留まる。そして、ようやくベルナやティアベルが戦争について会話しているのに勘付いた。心臓が、かつて無いほどバクバクと脈打つ。目を見開いて、アルの思考は真っ白になっていった。



「分かれば、いいのです。続きを言います。…私達が、"白の羊"に対抗し得る力が無いのは今に限ってです。一ヶ月もあれば……もし、様々な国と提携を結ぶ事が出来れば、この戦争には勝てます」


そこまで言って、部屋の空気はこれでもかというほど重くなった。鉛が一心に、跪く五人にのしかかっているかのようだ。しとしとと、降り始めた雨が部屋の内部をより一層暗くさせる。


「……我々に、他の国が協力すると?」


ベルナが、遂にその言葉を言った。誰一人として、顔を上げる者は居ない。アルはあまりの衝撃にひたすら床を見つめていた。


「……ええ」


ティアベルは初めてその宝石のような瞳を揺らした。それを見たベルナはますます唇を噛み締めた。


「……無理です」


燃えるように紅い長髪は、湿気のせいで心なしか艶がなくなっている。


「我々は、どの国にも信用されていません。ケルディアが嘘の情報を流し続けているせいで、本来関係のないはずのアゼルやアルベルトの奴らも、我々に関わらないように腹を決めています」


ティアベルはぐっと、心の平静を保つかのように拳を握った。小さい島国が、巨大な大陸国に勝てるのは他の国の協力なしには考えられない。その可能性が0になったのならば、もはや万策尽くしたようなものだ。


「──しかし」


一点の希望を灯すように、ベルナは力強く唸った。端整なその顔は、いつになく自信に満ちていた。


「アゼル大陸の南西に位置する山間の村に、"粗雑な馬鹿共(Crude fools)"と呼ばれている連中が居ます」


それを聞いたティアベルはあからさまに眉間に皺を寄せた。エレスも全く同じ反応を見せる。


「聞いた事はあります。"アゼル大陸一の厄介者"──たびたび正当な理由もなしにアゼル正式軍隊"赤い闘牛"の本部に乗り込み、その度に軍隊と衝突を起こす馬鹿な連中」


それを聞いて、ベルナはにやりと笑った。


「私はアゼルの出身ですから、彼らの存在を誰よりも知っています。彼らは国内では"愛すべき馬鹿"と言われています。国家の権力に抵抗したがる、血気盛んな若者の集団だと」


それを聞いて、ティアベルは唖然とした。まさに"粗雑な馬鹿共"という名がふさわしい集団だ。


「彼らは、国の事には一切興味がありません。あるのは"体制の権力"に歯向かうことのみ。彼らに事情を話せば……必ずや協力してくれるはずです」


ティアベルは何度も、目の前の団長を確認した。正気で言っているのだろうか。その様な連中が何の役に立つのか──。しかし彼女は否定の言葉を口には出来なかった。それしか策が残されていないのだ。それに、行動しなければ刻々と時間は過ぎていってしまう。それにベルナは最も頼りがいのある男だ。覚悟を決めると、ティアベルは早速騎士4人に命じた。


「ただちにベルナ団長を含む幹部2人、従士3人、計5人の使いをアゼル大陸へ送ります。一刻でさえ無駄にしてはなりません」


確りとしたその言葉に、絶望しかけていたその場の3人が再び顔を上げた。アルは未だ床を見つめたままだった……。

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