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Color blindness  作者: グリコ
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第二章:【4】

 ようやく街まで下ってきたアルは、まず街の人に騎士団の本部位置を教えてもらう事にした。目ぼしい人を探していると、ちょうど人のよさそうな雰囲気の二人組みの男女が噴水の脇の長椅子に座っていた。


「すいません…騎士団の本部が、どこにあるかご存知ですか?」


 それを聞いた男女は、少し目線を見合わせた後、にこやかな笑顔でアルに答えた。


「騎士団の本部は、確か街を北口から出てすぐの所にありますよ」


男の方が女の肩に手を回している様子から、アルは二人が恋仲であると気がついた。邪魔をしたにも関わらず爽やかなので、アルはリノの街人は本当に人が良いのだなと思った。


「あ、ハイ。ありがとうございました」


一礼をすると、アルはその場から逃げるようにすぐに走り去った。






「まいったな……」


 アルは北口に向かって走りながら、すぐにでも雨が降ってきそうな灰色の空を見上げた。、今雨が降ると濡れてしまう。倒れた事もあり、体調不良になるのはなるべく避けたかった。

 ひたすら露店の連なる道を通り抜けながら、赤茶色の煉瓦を蹴り進む。リノの街には、いたるところで笑顔が溢れている。大人も、子供も、皆笑い声をあげている。ケルディアとは大違いだ…そう思いながら、アルはようやく北口までたどり着いた。リノの街から一歩出ると、そこは緑滴る森が現れた。しかし道しるべなのだろう、四角形の木の板が何枚も重なった案内板があった。


「騎士団の本部…はこっちか!」


走り出そうと、アルが足に力を込めた瞬間、荒い馬の鼻息と金属同士が擦れる音が聞こえた。


「!?」


アルが振り向くと、そこには黒く大きな怪物が目をぎらつかせ今にもアルに圧しかかりそうになっていた。腰が抜けその場に尻餅をつきそうな勢いであったが、アルはそれがただの巨大な黒馬であることにようやく気がついた。


「──っと、危ない危ない……もう少しで少年をひき殺すところだった」


「あ…貴方は…」


馬の背には漆黒の鎧を纏った騎士が乗っていた。頭部さえも鎧が覆っているため、騎士の表情は読み取れない。しかし片手で暴れる馬を制御する姿から見て、アルはすぐに騎士が相当の乗り手だという事が分かった。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫です…」


ぐいぐいと、ハミ(馬の口に銜えさせる金属の事)を噛み締める馬は前足を振り上げながら早く前に行かせろと喚いているようだった。馬の口には泡のような涎が溜まっている。


「そうか、私は急いでいる。すまないが、道を開けてくれるかな?」


アルは自分が道の真ん中を歩いていた事に気がつき、慌てて脇に反れた。それを見た騎士はほぼ立ち上がりながら前に進む黒馬を御しながらアルに礼を告げた。


「ありがとう。じゃあ、失礼するよ」


騎士が少し手綱をゆるめてやると、黒馬は猛り狂ったかのように道を走っていった。


「……凄い…」


アルはただただその後姿を見ていた。あれほどの荒くれ馬、自分では到底制御できないだろう。"黒い狼"には、あんなに凄い馬乗りも居るのか……。


ますます、"黒い狼"に対する信頼を抱いたアルは、先程の騎士を追いかけるようにして走っていった。







騎士団本部で情報を整理していたエレスはふと外が騒がしい事に気がついた。彼女は本部の二階に居るので、窓の傍に立ち外の様子を伺う。するとエレスはすぐに諸悪の根源を見つけた。


「すぐに幹部を私の部屋に集めろ!」


騎士団本部を取り囲むようにはりめぐらされた塀の唯一の出入り口である城門が開き、高身長の黒い騎士が闊歩しながら本部に向かって歩いてきていた。頭部の鎧を鬱陶しそうに外すと、その下には燃える様な真紅の長髪が現れた。


「緊急だ。一刻の猶予もない、早くするんだ」


細いが、しっかりと切れ長の目を細めながら、黒い騎士はすぐに本部に入った。


 それを見届けたエレスはすぐに部屋を出て、同じ階にある"黒い狼"団長の部屋に向かった。そこにはすでにクリフ、ユウヤが立っていた。質素な茶色系の色で(まと)められた回廊に、美形青年が二人も揃いも揃って立っている光景は、それはそれは煌びやかである。


「姉さん、これは何事でしょうかね?」


腕組みをしているクリフの顔にはいつものように笑っていた。犬の様な笑みを浮かべながら、まだかまだかと諸悪の根源の姿を探す。


「知らない…全く、団長はようやく放浪の旅から帰ってきたかと思えばこれだもんなぁ…」


エレスもようやく回廊に立つと、今しがたまで訓練を積んでいたのであろうユウヤが、騎士姿のままで億劫そうに呟いた。


「全くだ。いくら実力があったって、あの放浪癖はどうにかしないと──」


「放浪癖が何だって?」


いきなり現れた張本人に、三人は一気に体を強張らせた。紅い肩までの髪を揺らしながら、団長と呼ばれた男は三人を睨みつつ自室の部屋の鍵を開けた。その後ろについていた何人かの付き人に下がれと合図をし、無駄話をしていた三人に入れと合図をする。


パタンと、ドアが閉まる頃にはすでに四人はソファに座っていた。


「急にどうしたんですか、ベルナ団長。またアルベルト大陸からの土産ものですか?」


エレスがため息をつくように聞くと、ベルナ団長と呼ばれた紅の髪と瞳を持つ男は大義そうに言った。


「……エレス、今から話すことはそんなくだらん話ではない。確かにアルベルトの土産もあるが──それよりももっと、恐ろしい土産だ」


顔の前で指を組み、ベルナは切れ長の目をさらに細めて続けた。


「先日、ケルディアを旅していたときのことだ」


大股を広げて、面倒くさそうに聞いていたユウヤだったが、ケルディアと聞いてその表情は真剣そのものになった。猫毛のためふわふわの茶髪は、前髪だけが長く深緑の瞳に入りそうな程伸びきっている。


「"白の羊"の使者に会った」


その場の空気が一気に重くなる。エレスもユウヤも、クリフでさえも、瞬きもせずベルナの顔を穴が開くほど見つめている。


「次の満月の夜、"白の羊"がリノの島を攻める。奴らはそう言っていた」


「──」


ユウヤは息を呑み、目を見開いた。何の音も、開いた唇から出る事はなく、彼の代わりにエレスが微かに震える声でベルナに言った。


「昨夜が満月の夜だったという事は……次の満月の夜は、ほぼ1ヶ月後ということですか」


「そう言うことになるな」


言葉を発する手段を失っていたユウヤは、ようやく膝の上で握り締めていた拳を机に叩きつける事で言葉を発した。


「何を……っ!!何を考えているんだ奴らは!!馬鹿にも程があるっ!!」


端整な顔を真っ赤にして、ユウヤは眉をきつく寄せさらに唸った。


「あと一ヶ月で何が出来るというのです!!我々の戦力は未だ不足しています……何も対処しないのならば、"黒い狼"が殲滅(せんめつ)されるのは目に見えている!」


「落ち着けユウヤ。誰が何も対処をしないと言った。リノ島の島民は一人も殺されはしない」


ベルナは落ち着き払った様子で口元に拳を当てた。それを聞いたユウヤは大人げもなく、ますます声を荒げた。


「──ふざけるな、どこにそのような保証がある!!」


もはや団長相手でさえも敬語でなくなっている副団長の荒れ具合を、幹部であるエレスやクリフはただただ見つめるしかなかった。否、彼ら自身も、突然のことに動揺しているのかもしれない。落ち着いているのは、実質ベルナただ一人だろう。


「ユウヤ、少し黙るんだ。おい!エレス」


ベルナはうざったいとばかりにエレスに目配せし、荒れ狂うユウヤを押さえ込むように指示した。それを受け取ったエレスは隣で喚くユウヤを押さえ込み、クリフに預けると自らも尋ねた。


「しかし団長、ユウヤの言う事も一理あります。後一ヶ月で、どうするのです?」


それを聞いたベルナは黙り込んだ。その様子に、エレスとクリフ、ユウヤは愕然とした。まさか、まさか策はないのだろうか。一定時間、沈黙は保たれた。その間に、ようやく頭の中を冷却したユウヤは野獣のように血気盛んな眼差しで考えに耽っていた。


同時に、エレスはソファの背にもたれ掛りながら、少し怯えている自分に気がついた。


(…何をこんなときに……)


急に、一ヵ月後に戦争が迫っていると聞かされたのだ。死への恐怖が沸いて当然だろう。しかしエレスは恐怖をコントロールすることに慣れていた。何度も体験してきたのだ、それに彼女の精神力は尋常ではなかった。必死に、頭の中の情報をかき集める。


「ティア嬢には、もうお話したのですか?」


それを聞いたベルナは心ここにあらずの状態で適当に答えた。


「ああ、もちろんだよ。一番にご報告した」


エレスはさらに続けた。


「じゃあ、ティア嬢の決断が全てを決める。私達はここでひたすら、命令を待つ事しかできない」


「…そうですね」


納得したように頷くと、クリフは組んでいた腕を解き立ち上がった。その表情には笑顔が戻っていた。それを見た他のベルナとエレスは唖然とした。ユウヤは苛立つようにクリフに怒鳴った。


「クリフ!お前こんなときに笑うなんて──何考えてやがる……!!」


それを聞いたクリフは不思議そうな顔をして言った。


「おや、私はもうとっくの昔に覚悟が出来ていますよ。父を彼らに殺されたときから、戦争などいくらでも出来ます」


それを聞いたユウヤは押し黙り、ベルナは野太い笑い声を上げた。


「はっは!それはそうだ。確かに、クリフの言うとおり、私たちは主人の命令を待つのみ、果報は寝て待てって奴だ」


エレスは焦燥する胸の鼓動を押さえながら、心底自分の主人が良い作戦を練ってくれることを祈っていた。







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