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ラスト・バトル

 別部隊のココロメが孤立したリンネと瀬良太を見つけ、竜清に大砲を使って援護するように指示した。

「こんな大砲撃てってさぁ!」

 念動力に弾道を補正するのは簡単だ。竜清は急いで大砲を撃った。

 瀬良太の近くだが、効果的な位置に着弾! サイムズ持ちも含め、多くの敵を撃破した。

「やった! すごいぞ!」

 予想以上の効果にココロメは大いに喝采した。

 大砲の位置に気付き、四方から敵が押し寄せる。

「君はリンネと瀬良太君を援護する事だけを考えるんだ」

 ココロメはそう言うと、銃を取り敵を迎撃しにいく。

「元からそのつもりだ。悪いけど、こうも命が消し飛ぶんじゃな!」

 やたらと命中率のいい竜清の大砲を狙って、兵がこぞって押し寄せる。

「やたらと大砲が熱いぞ! これって焼き付いてるんじゃないのか!」

 大砲の扱いに不慣れな竜清が叫ぶが、誰もそれどころではない。

「撃ち続けるんだ!」

 ココロメはそれだけ叫ぶのがやっとだ。

「竜清! 戦車砲がこっちを狙ってくるよ!」

 央利が半狂乱で叫んだ。今まで黙っていたのは、遠くまで精神感応を走らせ、敵の作戦を掴もうとしていたのだろう。

「なにぃ……!?」

 銃弾なら逸らせる事が出来たが、戦車砲となると分からない。

 戦車砲の音がした。もうダメかも分からない。

「くそぉ!」

 だが待て。この大砲の弾を念動力で補正して、敵に当てることが出来るじゃないか。大丈夫だ、出来る!

 目には見えない戦車の弾が、不自然に弾道を変え、遠くに着弾した。

「お前ら消えろーっ!」

 竜清がわめきながら、戦車に向けて大砲を発射した。

 当然ながら見事に命中。戦車は大破。

「どんどん戦車を狙え!」

 後ろから指示が飛んでくる。

「言われなくたって」

「竜清待って! 右から狙撃される! 防御して!」

 央利が叫ぶ。竜清は右から飛んでくるものに集中する。

 針が飛んでくる。極限にまで高められた集中力が感覚で分からせたのだ。

 それを真っ直ぐ。来た場所へと跳ね返す……!

 成功したかどうかは分からないが、弾はこっちに来てはいない。

 また央利が教えてくれるだろう。竜清は戦車を狙う。

 竜清の大砲と、瀬良太の白兵。

 破竹の快進撃で、プリミティはリーズを追い詰めた。

 だが、まだ究極のサイムズが出てきてはいない。

 この快進撃が量より質と言うのを表しているなら、究極のサイムズと言うのが恐ろしいのだ。

 何かが出てきた。

 ゆらりと、その余裕のあるシルエット。

 触れずしてプリミティの兵士を吹き飛ばす。念動力だ。

 右、左と、大砲の弾を的確に避ける。遠くからの考えにくいが精神感応のようだ。

 そして、猛ダッシュ。早い。人間業ではない。自己強化だ。

「ふふふ。プリミティの諸君。遠征ご苦労様」

 言いながら大砲同士を念動力で衝突させる。

「央利!」

 竜清は央利をかばいながら、大砲から離脱した。

 飛んでくる残骸は念動力で防ぐ。

「な、なんだよありゃあ……」

 央利は素早く心を覗く。

 間違いなくあれが、究極のサイムズと呼ばれているものだ。

 邪悪な意思に逃げ出したくなるが、央利は負けるわけにはいかなかった。

「あれが究極のサイムズだよ。本当にサイボーグにしてる。体の中にサイムズが詰まってる。戦闘で使いやすい念動力、精神感応、自己強化の三つのパワーを詰めている。弱点は装甲が弱い事だけど、外付けのプロテクターと念動力のバリアでカバーするんだって……」

 央利はなんて恐ろしいのが来たのだろうと震えた。

 究極のサイムズのテスト中のイメージを央利を見るが、どの能力も竜清、央利、瀬良太のどれよりも強いのだ。

「制御コアってどこなんだよ!」

 話ではこれさえ壊せば究極のサイムズは無力化する。

「制御コアは五つあって、内三つを壊さないと行けない。場所は両肩と胸に二つとお腹……」

「これじゃ、頭をぶっ飛ばした方が早いじゃないか……」

 プリミティの同志達が、究極のサイムズめがけて突撃をする。

 アサルトライフルを一斉射撃! だが、当たる直前で空中に弾が浮いたままの状態になる。念動力で制御しているのだ。おびただしい量の弾丸を。

 竜清はケタ違いだと思った。

 さっさとはじき返してしまうか、逸らしてしまうかであれば使う力も少ないが、ずっと浮かせたままの状態が一番力を消耗するのだ。

 さしずめ究極のサイムズのパフォーマンスと言った所なのだろうか。

「おい、央利。あいつは一体誰なんだ」

 人間性に弱点がないかと考えて竜清は言った。

「あの人は、江崎徹。リーズの隊長……」

 江崎の精神は高揚に高揚を重ねていた。

 幼い頃から超能力のような超自然の力に憧れていて、いつか人の手で超能力を操るのが夢だった。

 超能力研究所で働きたかったが、特別なコネがなければ入ることが出来ないので、とうとう超能力研究所で働くことが出来なかった。

 超能力研究所襲撃は、江崎の個人的な恨みや妬みも多分にあったらしい。

 究極のサイムズは、リーズセイバーと言い、江崎が極秘裏に開発を進め、取って代わられる事を恐れたため正真正銘、あれが一機だけだ。

 他のサイムズと同じでデータ等は破棄している。

 なかなか竜清の問いに答えない央利はどうしたのだろうと、竜清は央利の心を覗きに行く。

 プリミティの同志達は、次々に撃破されていく。

 圧倒的な力の差に同志達も、リンネまでもが呆然と立ちつくしていた。

「か、勝てる未来が……、変わってしまったとでも言うのか……?」

 もう戦力らしい戦力は、リンネと瀬良太しかいない。

 央利と竜清が戦列に加わったと報告を聞いたが、現在位置が不明だ。

 援護をしてくれていたので、近くにいるとは分かるが敵に背を向けて探しに行く訳にもいかない。

 瀬良太を正気に戻さねばとリンネは動いた。

「瀬良太! 頼むからヒーローごっこはおしまいにしてくれ!」

 言っても聞かない。ならば、とリンネは頬を張った。

「いでっ」

 瀬良太らしい声が出た。

「瀬良太!」

 体を強く揺さぶると、瀬良太は嫌がってリンネを押しのけた。

「もー! やめてよ」

「瀬良太。あいつをいっしょに倒すぞ」

 瀬良太は少しだけ考えると、思い切って切り出した。

「ねぇ、オイラが死ぬとこの戦い、勝てるんでしょ。オイラはどう死ねばいいの?」

 ショックを受けた。

「知っていたのか……?」

 自己強化能力者である瀬良太がなぜ知り得たのか、死ぬと分かって付いてきたのか、疑問はつきまとったが、リンネはまず目の前の事と、追い払う。

「分からない。だが、結果として勝利となるとサトリは言っていた。未来は些細な事で変わってしまう。もう変わってしまったのかも知れない。サトリが予知をしてから、究極のサイムズの情報が入ってきたのだ」

 江崎がリンネと瀬良太に近づいてきた。

 戦いの構えはない。

「サトリ? もしかして、その者の名前は小原裕作と言わないかね?」

「なぜそれを……、精神感応か……?」

 江崎は愉快そうに大笑いをする。

「精神感応! 確かに! だけど、違う! サトリは我々の仲間なんだよ。勝ち目のない戦いをさせるためにね! ゲリラ戦を長期に渡ってやられては困るからね! 背中を後押しさせたと言う訳だ。総力戦を挑めば簡単に勝てる、そう言っても疑わしいだろう。だから、可愛がってる部下が死ぬが勝てると言えと……、そう指示した!」

 リンネは力なく倒れてしまった。

「そんな……」

「お前らみたいな超能力者のなり損ないが徒党を組んだ所で、最新鋭の武器を持った軍隊に勝てる訳がないと、予知能力に頼らなければ分かっただろうなぁ!」

 リンネは悔しかった。

 サトリを一番信用していたからだ。予知能力で未来を読み、行動する。リーズにはない確かなアドバンテージだった。

 予知能力でいくつも行動を成功させてきた。

 恐らくサトリはプリミティである事には間違いはないのだろう。

 今、この場にいないのも、もう引き上げてしまったからか。

 究極のサイムズについての情報の予知もなかった。

 武力に物を言わせる軍隊には、超自然の力がどうしても必要だと思った。

 それは間違ってはいなかったのだ。

 サトリ以外に遠い未来を予知出来る能力者がいれば。サトリしかいなかったから失敗したのだ。

 だが、この江崎の言うとおり予知能力に頼りすぎたのも失敗だ。

 自分が死ぬのはいい。同志達を負け戦に巻き込んでしまったのが残念でならない。

「だが、ここまでやるとは正直思っていなかった。サイムズは全て破壊され、リーズも壊滅状態だ」

 しかし、江崎は余裕の態度を崩さない。

「私は決めたよ。もう一度サイムズを作り直し、このリーズセイバーも強化する。凄まじいよ。信頼のおける少数の兵士で編成しなおし、この戦いで得たデータを使い、リーズはまた蘇る」

「作り直す事など……、出来ないはずだっ!」

 リンネは叫んだ。データは全て捨てたと聞いた。誰も二度と作れないようにと、超能力研究所まで潰したはずだ。

 データを破棄したと言うのまで踊らされるための嘘だと思うと、リンネは身の凍る思いがした。

「フフ。データなら私の頭の中にあるよ。私自身のサイムズを解析すれば十分だ。それに、生きたデータがそこにいるじゃないか」

 江崎は瀬良太を指さした。

「はじめ、超能力研究所から逃げ出したと聞いて、不都合で頭が痛かったが。この展開のために今まで生きていてくれたのだとしたら、正に神は私に味方しているよ。考えられるか? この都合の良さが! 特に使いやすい自己強化能力、念動力、精神感応。超能力研究所でもトップクラスの力を持った超能力者が、今この場に五体満足でいるんだよ!」

 狂気を感じさせる迫力であったが、リンネはひるまなかった。一つの確信がそうさせたのだ。

「お前を殺せば、サイムズも、リーズも全てなくなると言う訳だな」

「なくなるさ。浦尾靖はサイムズを元々嫌っていたからな。お前達には私が悪に見えるのだろう。悪の親玉を倒せば全てが終わる。お前達の目的を考えれば確かに私を殺しさえすればキレイさっぱりに戦いは終わる」

 どこまでも流暢に喋ってみせる。絶対的な自信が江崎にはあるのだ。

「だが! そんな『もしも』などはない! 強化超能力者三人を味方に付けた所でお前達は四人だ! たった四人で私が倒せるか! 究極のサイムズに! 弱点はない! 数で押し切るのがせいぜいだが……! 今のお前達にはそれすらも出来ない! 呼んでみせるか、援軍を!」

 リンネはぐうの音も出なかった。

 もうどの隊からも報告が入ってこないのだ。

 こうなっている事は半ば予想が付いていた。

 なんとしてでも江崎を。強いとは言えたった一人の人間じゃないかと、自己強化能力を最大限まで高めた。

 だが、瀬良太にすら及ばない。所詮はプリミティの力なのだ。

「にーちゃん。オイラがいるじゃないか」

 瀬良太はリンネに触れると、江崎に向かって見得を切る。

「天に太陽、夜に月! 空には雲が、地には土! 人には心、正義の心! 超能力を自分のためだけに使う。悪の心を持った者、オイラは絶対許さない!」

 ヒーローの前口上。これをやる事により、瀬良太の自己強化能力は一層強まるのだ。

「さすが生まれついての超能力者。どうすれば力が出るのかを知っている。私はそう言うデータも欲しいのだよ」

 すると、竜清と央利が瀬良太の脇に躍り出る。

「お前は不幸の源だ! お前がいなきゃ、誰も何も失わずに済んだんだ!」

 竜清が吠える。考えている事はもちろん央利のママとパパの事だ。瀬良太は研究所にいた皆を家族だと思っているが、竜清はそうは思ってはいない。

 あんな優しいものがこの世に存在していた事自体が驚きだったのだ。

「言いがかりだな。弱い者は死んでいく。それが自然の摂理と言うものだ」

「不自然な事をして言う台詞かよ! そんなガラクタ体に付けて、超能力者を気取りやがって!」

 言葉の一字一句に竜清の殺意が込められている。だが、言葉には何の殺傷能力もない事が叫んでみて分かった。

 次は央利が叫ぶ。竜清が終わるまでずっと機会をうかがっていた。

「超能力者なんていいものなんかじゃないのに! 超能力の力を手に入れて、のぼせて、遊んで。世界が自分の意のままに動くと思ってる。超能力にはそこまでの力はないよ。超能力研究所にいた人達は、最後まで『ウグイス江崎』の事なんて気にしちゃいなかったんだ!」

『ウグイス江崎』その言葉を聞いた瞬間、江崎の頭に血が上った。

 超能力研究所に入りたくて、コネを必死で探していた事があった。

 コネになるならと、誰彼構わず、なりふり構わず取り入ろうとした事があった。

 それをウグイスの谷渡りのようだと陰口を叩かれた事がある。

 すでにコネを持っている者からの蔑みの眼差し。今でも夢に見て自分を見失う程の強いコンプレックスだ。

 それを人の心に土足で入り、辱めたのだ。怒りの感情が江崎を支配した。

「ええい! 精神感応のデータなどなくてもいい!」

 冷静さを失った江崎は央利に向かって猛突進!

「口は災いの元と知れ!」

 江崎が央利を蹴り飛ばそうと足を振り上げた瞬間、江崎の体が一瞬止まる。

 竜清の念動力が働いたのだ。完全に拘束するまでには作用しなかったが、この一瞬で、瀬良太が江崎に足払い!

 江崎が大きく体勢を崩す。リンネも首をへし折ろうと飛び込んだ。

 リンネの殺意が一番強かったので、江崎は念動力を使ってリンネを吹き飛ばす。

 その隙を突き、瀬良太が江崎の頭を蹴った。

 凄まじい威力だったが、強化ヘルメットが身を守ってくれる。

 竜清が念動力でリーズの戦車を江崎にぶつける。

「なんと! そんな事まで出来るのか!」

 感嘆の叫びを江崎は上げる。重い戦車はスピードが出ず、江崎はいともたやすく避ける。竜清は進路を変えようとしたが、江崎が懐に飛び込んできたので戦車は諦め、念動力のバリアを働かせる。

 キックが来るか、パンチが来るか。竜清は精神感応も使う。

 来たのはキック。体の小さな子供なので、パンチは当てづらいのだ。

 キックが竜清に当たる直前に、念動力を強く江崎の足に作用させ、一瞬止めてさっさと逃げた。

 央利は情報収集だ。江崎の精神を徹底的に探り、弱点を探す。

 なんと本気ではない。全て精神感応を使って見抜いていたのだ。

 瀬良太が頭を蹴る事も、竜清が念動力でキックを止める事も。

 分かって対策を取らなかった。力が見たいからだ。

 精神感応については扱い方がよく分かってはいない。

 力自体は央利のそれより上回っているはずなのに、瀬良太のように意識の表層しか読むことが出来ない。

 精神感応は相手の心と同調して、心をシンクロさせる必要がある。

 強大な力を手に入れ、相手を見下すことしか知らない江崎には使いこなせない力なのだ。

 江崎は央利に心を読まれまいと、頭の中を騒がしくする。

 めちゃくちゃな思考をして、子供には刺激の強い残虐な映像を映し出す。

 だが、央利には通用しない。

 必要な情報だけを抜き取る、余計なものは見ない。央利は幼い頃からそんな訓練ばかりをさせられてきた。

 フルパワー状態を十分続けると、オーバーヒートを起こしてしまうらしい。いい情報を抜き出して、央利は今すぐ叫んで伝えたかった。

 しかし、効果的ではないかも知れない。

 江崎が一番気をつけているだろう。

 そもそもオーバーヒートを起こさせるのが勝てる唯一の道ではないのだ。

 制御コアの場所はさっき読んだ。胸に二つと両肩と腹。構造上一番脆いのは右肩、胸の二つだ。

 だが、制御コアが思ったより小さい。狙撃でもしない限りは壊すのは難しい。

 念動力が通じないように加工もしてある。

 正に究極のサイムズと言う名前にふさわしく、簡単に突ける弱点がない。

 武器には弱点はない。だが、江崎本人ならどうだろう。

 超能力に慣れてはいない。央利達が年の数だけ超能力の扱いを熟練させているが、江崎は違う。超能力者になり立てで、精神感応を使いこなせてはいない。

 条件を満たしてさえいれば、扱いの容易な自己強化能力に頼っている。

 瀬良太なら江崎の自己強化能力をどう思うだろうか。

「うりゃあーっ!」

 瀬良太の豪快な飛び蹴り! しかし、逆に足を掴まれ、地面に叩き付けられる。

「うぎゃっ!」

「このーっ!」

 竜清は瓦礫の一部を念動力で飛ばすが、弾道を逸らされてしまう。

 リンネはどう出ていっていいものか、全く分からずにいたが、手榴弾を携帯している。いざと言う時は自爆する気でいる。

 が、死ぬ覚悟で突撃したとしても効果はないのは目に見えている。チャンスが欲しいと願った。

 瀬良太が思いきり蹴り上げられる。

「瀬良太!」

 竜清が瀬良太を注視した瞬間、瓦礫が脇腹に飛んできた。

「う……、がぁっ……!」

 体中に走る激痛。脂汗が吹き出し、その場にうずくまる。

 もう敵である江崎も見えない。

「脆いものだ。強化超能力者と言えど、このように目に見えた弱点があるのではな」

 勝ち誇ったのは江崎だ。

 瀬良太の体術は子供のケンカレベルであるし、竜清は極度の痛がりと言う弱点がある。リンネの能力は弱い。央利には攻撃力がない。

 央利は瀬良太に駆け寄った。

「瀬良太。自己強化能力を抑えるにはどうしたらいいの?」

 小声での相談を聞いた瞬間、リンネは飛びだした。考える時間を与えたかったのだ。

「貴様さえ死ねば!」

 リンネは手榴弾を取りだし、ピンを抜いた。

「僕の命など安いものだ! 一緒に死んでもらうぞ!

 これには江崎も驚いて、念動力でリンネごとはじき返そうとする。

「にーちゃん!」

 瀬良太がリンネを助けに行こうとしたのを央利は止めた。

「バカ! あの人が作戦を作るチャンスを作ってくれてるんじゃないか!」

 瀬良太はハッと冷静になった。少し考えてこう言った。

「自信をなくしたらダメなんだ。オイラはいつも念じてる。オイラは無敵のヒーローだって」

 自信を奪う。これだけの優勢に立っているのだから、容易なことではない。

「心を乱したら? 嫌な事を思い出させたりとか」

「効くと思う。だけど、怒らせちゃダメだ。パワーアップをさせてしまうかも」

 央利は江崎の意識の深層にまで潜りこむ。

 もう周りの景色は見えちゃいない。無防備な姿で集中している。

 瀬良太はそんな央利を守ってやらねばならないと思った。恋人として。

 瀬良太は、央利と離ればなれになった時の、央利と竜清の情事を知らない。

 リンネは手榴弾ごと飛び込んだが、念動力によってはじき返される。

 念動力による外的な力を感じた瞬間、リンネは精神波を全身にまとまわり付かせ念動力に対するバリアを張る。

「竜清君! 僕をあいつにぶつけてくれ!」

 だが、竜清はうずくまったまま、動かない。

 脇腹に瓦礫が飛んできただけだが、竜清に取っては脇腹を槍で貫かれたに等しい激痛なのだ。

 リンネは手榴弾を諦め、被害のない所へ投擲。手榴弾は無駄になった。

 その爆発音でも、央利は何の反応も示さなかった。

 もはや意識は央利の体にはなかった。

「やはり、貴様は厄介だな」

 江崎は言うとリンネに素早く接近した。

 リンネも応戦! 素早い格闘術が交差する。

 強化した能力の差をリンネは熟練した格闘術で埋める。そして、何よりも防御を優先した。

 時間稼ぎである。人の深層意識まで読み取ることが出来る央利なら、必ず江崎の弱点を見つけてくれるとリンネは考えたのだ。

 瀬良太に聞いた話によると、本人が無意識的に思っている自覚のない心まで読めると言うではないか。

 江崎も知らない弱点。そんなものがあるかどうかは別にして、そこまで読めるのだ。突破口は開ける。

 その確信、自信がリンネに強い力を発揮させる。

「時間稼ぎのつもりか!」

「その程度しか読めていないとはな!」

 リンネの言葉が気になった江崎が精神感応の力を強め、自己強化能力が緩んだ一瞬の隙を突いて、リンネは江崎に渾身の右ストレートを放った。

 防御しかしないと読んでいたのも油断の元だった。

 弱いと言え、常人の何倍の力もある力だ。江崎の歯を何本かへし折ることが出来た。

「きさまぁ!」

 憎々しげに折れた歯を吹きだし、江崎はリンネに向かって飛びだした。

 怒りが自己強化能力を倍増させた。リンネは何の反応も出来ないまま、ボディブローを浴びて、大きく吹き飛んだ。

「うっ……、ぐはっ……」

 元々疲労状態であったリンネはそのまま立ち上がる事が出来ず、気を失った。

 瞬間的に自己強化能力を腹に集中したのが致命傷を避けたのだ。

 央利はカッと目を見開いた。

「瀬良太、竜清は動ける?」

 瀬良太は竜清に駆け寄ると、声をかける。

「大丈夫?」

 竜清は黙っていたが、大きく頷いた。回復してきたようだ。

 その様子を見ていた央利は、もう少し時間稼ぎが必要だと考えて、口を開いた。

「その昔、超能力者を気取ってみたかった少年がいた。超能力ブームの時だ。スプーンを曲げ、透視し、物を浮かせて。それは手品に似ていたけど、憧れがそれを超能力と呼ばせた」

 嫌な記憶が江崎に蘇る。央利が語ったのは江崎の少年時代だった。

「手品と言えばいいのに、超能力と言うものだから、しまいには変人扱いされてしまった。ブームが過ぎてもなお、少年は超能力にこだわり続けた」

 江崎の顔色が変わってくる。

「少年はある日、尊敬している先生から言われた『君のそれは超能力などではない。手品だ。だけど、先生はすごいと思うな。将来はマジシャンになれる』そう言われた。嘘つき扱いされて友達の少なかった少年を見かねての事だ」

「やめろ!」

 江崎はついに叫んだ。

 どうがんばろうと、憧れ続けた超能力は偽物でしかなかったのだ。

 その事が悔しくて、本物の超能力者になりたくてとった行動が、江崎に何度も恥をかかせた。

 目の前にいる三人の少年。瀬良太、竜清、央利。紛れもない本物の超能力者だ。

 体に何も機械を付けてはいないのに。生まれた時から超能力者。

 究極のサイムズを取り付けてもなお、江崎は本物の超能力者にはなれてはいないと、無意識的にそう思っていた。

 目の前にいる本物の超能力者。憧れ、嫉妬、全てが入り交じり、コンプレックスを刺激した。

「だからなんだと言うのだ。もはや、私は超能力などにこだわってはいない! 力だ! 純粋な力! 本物の超能力者だと言うなら、贋作を蹴散らしてみせろ!」

 江崎は央利に飛び込んだ! 瀬良太がかばって央利の前に立ちふさがる。

「邪魔だ!」

 江崎が瀬良太を蹴りでなぎ払おうとするが、瀬良太は江崎の蹴りをガードした。

 江崎は焦りを覚えた。自己強化能力が落ちているのだ。

 サイムズの出力が低下しているのかと不安を覚えた。

 携帯型のサイムズは、機械が力を決めるが、江崎のサイムズは脳神経と連動しているため、本物の超能力者のように力が決まる。

 江崎は『超能力者』として自信を持っていたのだから、途中で『力を持った人間』と言うように変えてはいけなかった。

 抽象的になってしまった分、力が分散してしまったのだ。

 瀬良太の反撃! 似たようなキックを何度も江崎は受け流したが、今度は反応出来ない。瀬良太がまるで弾丸のように見える。

 反射神経も鈍っている。

「バ、バカな……!」

 一度蹴られ、二度蹴られ。

「ハイパーキック!」

 急にポーズを取り出すので、今度こそ流そうと構えるが、腹に一撃! 江崎はうずくまってしまった。

「ぐっ……」

 江崎は急に瀬良太が恐ろしく見えた。

 その心から傲慢さが消え、超能力者に対する恐れと憧れがわき出た瞬間、江崎の精神感応の力が著しく上がった。

 瀬良太は高くジャンプして頭を蹴飛ばそうと読めた。

 江崎は低くかがんで回避!

 ここで仕留めねばと集中する。念動力の力が増したのを感じた。

 瓦礫を念動力で飛ばす。凄まじい速度! 瀬良太の腹に直撃!

「うげっ!」

 瀬良太の腹が異物で大きくめり込み、瞬間吐血。

 生け捕りのつもりが殺してしまったのかも知れないと思った。

 何故、急に自己強化能力が落ちて、精神感応と念動力の力が増したのかが、江崎は理解できなかった。

 だが、それは央利が教えてくれた。

(人を見下す心が消えたんだ。好きだと言う気持ちで人に接したって事……?)

 急に央利の心の声が聞こえてきた。

 竜清の方に意識を集中すると、同じように心の声が聞こえてくる。

(あの念動力。自分を守ろうと極限まで集中したんだ。おれ以上に力がある……!)

 念動力は集中力。なら、自己強化能力はどう使う!

 江崎は瀬良太の意識を覗く。

 大ダメージを受けて、テーマ曲とともに立ち上がって逆転するヒーロー番組のワンシーンをいくつも思い出している。

 そして、自分とヒーローを重ね合わせ、無敵の力を得られると自己暗示している。

 超能力者としての自信が消えた。それがダメだったのだと江崎は学習した。

 したが、自己強化能力をうまく使いこなせる自信がなかった。 

 今更超能力者としての自分など見いだす事は出来なかったからだ。

 瀬良太はむくっと立ち上がる。いつの間にやらベルトを外している。

「世界がひっくり返ったら、子供は大人で、大人は子供!」

 また何か前口上があるのかと江崎は思った。が、油断は出来ない。信じられないことにこの演出で力を付けるのだ。

「世界の全てをひっくり返す、悪の野望もひっくり返す。リバーサー瀬良太! ただいま解決!」

 ベルトを巻いてポーズを取る。

「ハイパー変身!」

 何も変わらないが、自己強化能力が最大限に発揮される。

 弾丸のように瀬良太が江崎に向かって飛んでいく。

「二連ハイパーキック!」

 言葉の通り、まずは足払い! 江崎の体勢を崩すと同時に空へと舞い上がる。

「うりゃあーっ!」

 本命のキックが江崎の腹に炸裂。前にもダメージを与えた場所だ。

 倒しきる自信はある! が、瀬良太は手応えが妙な事に気付く。

「ふふふ。瀬良太君、そこは私の体で最も丈夫な場所なのだよ。精神感応をして弱点を探るべきだったね」

 一番機械化されている部分で、制御コアがあり特に丈夫になっている場所だ。

 だが、ダメージがなかった訳ではない。

 制御コアは壊れなかったが、周りのパーツはへしゃげてしまって思うように動けなくなってしまった。

 瀬良太は崩れ落ちた。もう全ての力を使い果たしてしまったのだ。

「うぅ……、ごめん……。もう……、ダメだぁ」

「全くダメージがない訳ないだろ!」

 竜清は落ちてる瓦礫を手当たり次第江崎に飛ばす。ここ一番の集中力。一人で何十丁のもマシンガンを撃っているようだった。

「今の私が一番上手く使えるのが念動力だ!」

 瓦礫の弾道を逸らせて、かすりもさせない。今素早く動くことは出来ないが、これで十分身を守れると確信した。

「なぁ、一番逸らせにくいのってどんなコースか知ってるか。ストレートか、変化球か」

 竜清は勝利の確信を込めて言った。

「上から落ちてくるものだ!」

 江崎に当て損なった瓦礫は江崎の上へ位置していた。それを竜清は渾身の力を込めて落とす。

「なんだと……!」

 瀬良太に受けたダメージが原因で素早く脱出することが出来ない。

 急所だけには当たらないように念動力を作用させる。

 確かに動かせない。上から落ちてくるものは。

「ぐおおっ!」

 肩に、足に、加速のついた瓦礫を降り注ぐ。

 頭だけには当たらぬように必死で念動力を作用させる。

「ぐっ……!」

 歯噛みしたのは竜清だ。

 これで頭を潰してしまうはずだった。

 もう一度攻撃すれば勝てる。と、思うのだが、竜清も瀬良太と同じく、力を使い果たしてしまい、倒れてしまう。

「くそぉ、バカスカ大砲撃つんじゃなかったぜ……」

 大事な時にガス欠と来たもんで、竜清は悔し涙を浮かべた。

 勝った……! 江崎は勝利を確信した。

 強力な瀬良太、竜清共にエネルギー切れでダウン。央利には攻撃能力はないし、攻撃する意思もない。

 リンネは気を失っている……、が、ピクリと動いた。

 江崎は焦りを感じながら、リンネの心を読む。

 だが、リンネにも戦う力は残されてはいないようだ。

 ずっと指揮を執っていて、睡眠もままならない状態での総力戦。

 もう限界のようで、戦いを子供達に任せてしまった自分を不甲斐なく思っている。

「ど、どうなったんだ……?」

 竜清の落とした瓦礫によって腕や足をへしゃげさせた江崎が座ったままの状態でいる。

 絶好のチャンスなのに、瀬良太は央利に抱かれて、竜清はうずくまってる。

「引き分けているのか……?」

 なら、自分が行かねばならない。リンネは最後の力を振り絞って立ち上がろうとした。だが、立てない。

 眠気と格闘するので精一杯だ。プリミティの力の限界。

 強化超能力者やサイムズと張り合うだけの力など最初からないのだ。

「どうやらもう終わりのようだ。君達が本格的な戦闘訓練を受けていたら私は倒されていただろうなぁ」

 勝利の美酒に酔うかのごとく江崎は饒舌に喋り始める。

「今から連絡していくらか人を来させる。そうすれば強化超能力者を回収、プリミティのリーダーを生け捕り。私の勝ちとなる」

 リンネはなんとか強化超能力者の三人だけでも逃がせないかと考えた。

 しかし、言い手だては見つからず、この場で江崎を倒しきれない事を歯がゆく思うばかりである。

「だ、だめだったね……」

 瀬良太は朦朧と言った。央利は瀬良太の頭を撫でた。

「しょうがないよ。だってぼく達、ただの子供だもん」

 央利はある決意をした。

 持てる範囲で一番大きな石を持ち上げ、江崎に向かって走っていく。

「なんの力も残されてないと思っているのか!」

 江崎は念動力で央利を吹き飛ばす。大事なサンプルなので、本当に突き飛ばすだけだ。

 央利は何度でも立ち上がり、この石で江崎の頭をたたき割ってやろうと突進を続ける。

「ぼ、ぼく……。ぼくだって何か攻撃できる超能力を持っていたら良かったのに……!」

 何度も何度も央利は立ち上がり、江崎を倒そうとする。

「いい加減しつこいぞ!」

 江崎は央利の足に瓦礫をぶつけ、央利の足にダメージを与える。

「うわあぁ!」

 疲れもあって、央利は簡単に倒れてしまう。

「うぅ……、痛いよぉ……」

 央利は涙をにじませながら、足を押さえる。

「茶番は終わりだ。援軍を呼ばねばな」

 ふと、江崎は人影に気付く。

 プリミティかと構えたが、同じプリミティでもよく知った人物だった。

「サトリ……」

 声を発したのはリンネだ。裏切りの事実を聞かされた時、本気の殺意を覚えたが、もうとっくにいなくなったものだと思っていた。

「予知能力です。こうなると予知して参りました」

 江崎に向かって片膝を付き、頭を垂れる。

「ご苦労。予知能力か。サイムズにも組み込めばもっと楽になったかも知れぬな」

「サトリ……! 本当に江崎の配下なのか? お前の言ったことは全てでたらめだったとでも言うのか? 僕は君を信頼していた!」

 すがるようにリンネは言った。

 サトリはリンネに向かって発砲!

 脅かしなので当てはしないが、リンネを黙らせることが出来た。

「もう終わるんだ。黙って見ていろ」

 サトリは静かにそう言った。

「貴様……!」

 江崎が緊張した声を上げる。江崎がなんの気なしに覗いたサトリの心には江崎への殺意で満ちあふれていたのだ。

 一発、二発、三発。

 乾いた音が鳴り響くと、江崎の体が衝撃に踊る。

 弾丸を逸らせるだけの集中力などもうありはしなかった。

 倒れた江崎の頭に銃を直接突きつけ、サトリはなおも発砲をした。

 なんとあっけない幕切れかと、瀬良太、竜清、央利はぽかんとした。

 リンネはサトリは裏切った訳ではなかったのかと、感極まった涙を浮かべた。悲願を達成できた事もある。

「サトリ! 君は……!」

「嘘を付いてすまない。俺の予知でのこの場面。俺はここにはいなかったが、江崎と君達が引き分ける。この場面は何度も見たのだ。それから先は予知出来なかった。だが、それだけで十分だった。弱った江崎にとどめを刺す事さえ出来れば」

「一つ分からない事がある」

 切り出したのはリンネだ。

「やつは君を信用していた。どうやって信用を得たんだ?」

「信じてもらえるかどうかは賭けだった。俺が死ねば未来は少しは変わったろうな。参謀を失なえばリンネ、お前は慎重に行動しただろう。もっと戦力が整ってから。サイムズは増える事はないと考えていた。だから、俺が死んでも悪い方向には行かないだろう。そう思った。それに大きく出たのも良かった」

「大きく出た?」

「プリミティを壊滅へと導く代わりにリーズのリーダーをさせろと言ったんだ」

「それは江崎に取って変わろうとしたって事か? よく通ったな」

「計略の臭いを消したかったんだ。それなりの地位を約束すると言ってくれたよ。用済みになれば殺すつもりだったかも知れないが。とにかく信用を得ようとプリミティの情報を流したよ。大小関わらずね」

「よくがんばってくれた」

 リンネはサトリの手を取る。が、サトリは振り払った。

「俺にはそんな資格などない。江崎を一人倒すためにプリミティの殆どを生け贄にした男だ」

「だが、江崎を倒し、サイムズを破壊するのはプリミティの悲願だった。それが達成された事には間違いない。犠牲は大きかったが、これこそ僕達の使命だったのだ」

「大人って暗くてやだねー」

 瀬良太は央利に耳打ちする。

「大事な友達をみんな失ってしまったんだよ。正義って難しいんだって。本当に良かったのか。二人とも悩んでるみたい……」

 心を読んだ央利もよく分からない話に思う。

「とにかく、これでおれ達は、誰にも狙われないし、誰とも戦う必要はなくなったって訳だ。おれはそれだけで十分だけどな」

 竜清がそう言うと、瀬良太も央利も頷いた。

「大人の話が終わるまで待ってよっか」

 瀬良太は土に絵を描きだすと、竜清も央利も一緒にやり始める。

 しばらくやってると、リンネとサトリがやってきた。

「待たせたね。さあ、帰ろうか」


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