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竜清の後悔

 竜清は今すぐ決断をしなければならなかった。

 ようやくプリミティとリーズが戦っている所へとやって来たが、央利は未だに目を覚まさない。

 パパとママの仇を討てよ、と何度も言って、心を覗いてみたが、現実を拒否するばかりである。

 自分で動けない者を守りながらでは戦えない。

 これが最後の言葉だと竜清は怒鳴った。

「央利! お前はなんて腰抜けなんだ。リーズが憎いと思ってるくせに、おれが仇を討てばいいと、そう思っている! ママとパパが死んだって知ってるくせに、お前はそうやって心の中で思い出に閉じこもっているんだ。死んじゃったって知ってるなら戦えってんだよ!」

 竜清に優しいママの思い出が蘇る。優しく撫でてくれた。膝枕でお昼寝をさせてくれた。おいしいご飯も食べさせてくれた。一瞬の出来事だったが、永遠のものだ。

「ちくしょーっ! だから出て行こうって言ったんだ! こうなるの分かってたんだよ! 一日で出て行くってそう言う話だったじゃないか! なんとか言えよーっ!」

 竜清は涙を必死でこらえるが、あふれ出すのをついに止められなかった。

 これ以上言うと涙声になって、カッコがつかないので竜清はくるっとそっぽを向いて、涙を拭いた。

「……もういい。ここにいろ。お前のためじゃない。おれはリーズの連中を皆殺しにして、罪を償わせるんだ。おれ、本気でおまえんちの子になりたかったんだぞ……」

 ガタンッと物音がした。ちょうど車椅子が倒れるような音だ。

 振りかえると、央利が目を覚ましていた。

「竜清……、ぼくも行く……」

 竜清はこんなにも絶望を浮かべた人間の顔を初めて見た。

「ママとパパがね……、もう行きなさいって……」

 コピーしたママとパパの人格がそう言ったのか、それとも央利が自ら思ったのかは分からない。

「行こうぜ。瀬良太が待ってる」

 竜清は央利の手を握って、引っ張った。

 痛かったが我慢した。

 そして、央利は今まで自分の世界に閉じこもった時のパパとママは本物ではないと思った。

 今、竜清が手を握ってくれているが、自分の中の世界じゃ、いくら抱きしめてくれようが、頭を撫でてくれようが、肉体の感覚がしなかったからである。

 現実に限りなく近い夢。だけど夢だった。

 央利の家からここまで来るのに大変だったのだろう。

 竜清からは汗の匂いがした。だけど、自分の世界では、ママがいつも付けてる香水の匂いも、ご馳走の匂いもしなかった。

 央利はまた涙をこぼした。

「央利、大丈夫か」

 竜清が肩を抱いて言ってやる。

「やっぱり……、竜清の言うとおり出て行けば良かった」

 正気に戻れば襲ってくるのは後悔だ。

「言うなよ。おれな、お前を無理矢理引っ張って、あの家を出て行く事だって出来たんだぜ。だけど……」

 あの家にいたかったのは、竜清も同じなのだ。

 出て行こうと言い続けるのが最後の良心で、あそこで瀬良太の事なんて忘れてしまって暮らそうと本気で思っていたのが、昨日までの竜清だ。

「後悔なんかしないで、復讐するんだよ。それで全てが……!」

 上手く収まる……、訳がない。

「くそっ……、もう行くぞ」

 竜清は涙をぽろりとこぼした。乱暴にごしごしと拭う。

 痛いはずなのに。央利は竜清の肩にそっと手を触れた。

「ごめんね。竜清にパパとママを作ってあげられなくて」

 竜清は央利に襲いかかるように飛びついた。

「違う! 違うよ!」

 急にわめき散らす。央利は驚いて目を丸くした。

「おれ、守れると思ってた。だって、銃弾の軌道を変えるくらい訳ないんだ。だけど、だけど……」

 竜清にずっと取り憑いている罪の意識があった。

「怖かったんだ。痛いのが。腕を強く握られただけでも痛いのに。銃で撃たれたら、かすめたら……」

 竜清の顔色がみるみる悪くなっていく。

「だから、おれは一人で突撃することを考えた。だけどそれは……、間違いだった……」

「竜清。しょうがないよ。しょうがないって……」

 央利はどうして竜清が飛びだしたのだろうと考えていた。念動力のバリアを張れば銃弾を全て無効化出来ると言っても過言ではないのに。

 サイムズは持ってない部隊だったのに。

 だけど、央利は怯えていただけだったので、強くは言えない。

「しょうがないもんか……! 央利を引っ張って連れて行けば、パパとママは難を逃れたかも知れないんだぞ! どうして思いつけなかったんだ。甘ったれてたんだよ!」

 竜清はついにおいおいと泣いてしまった。

「結局おれも、パパとママに甘えていたんだ。こう言う事があっても言い訳が効くように、形だけは出て行こうって言ってた……。言ってたんだよ……。何が情けないかって……、想像してたんだ。予測してたんだよ……」

 竜清はぐったりとうなだれる。

 央利がパパとママを失った悲しみを打ち明けたいのを我慢していたのに対し、竜清はついに我慢できずに言ってしまった。

 今まで央利を守りながら一人ここまでやって来た。

 一段落した今、竜清の心がふと緩んだのだ。

 しかし、たまらないのは央利だ。

 これでは央利の方が竜清を慰めなくてはならなくなる。

 色々言葉を探した。起きてしまったことは仕方ない。竜清だってよくやった。がんばった。

 意識しなくてはならないのが両親の死で、やっと貼り合わせたガラスのような央利の心がひび割れていく。

 心が砕けるのを覚悟で央利は言った。

「パパとママ、きっとこうなるの分かってたんだ。パパとママね、お金のためとは言え、ぼくを超能力研究所に売り渡すような事をしたの、ずっと後悔してたみたいなんだ。明日って日曜日じゃない。パパ、お仕事お休みだから、みんなで遊園地に行こうって、ママとナイショでお話してるの、ぼく聞いちゃったんだ。だから……、家を出て行って欲しくはなかったんだ、パパとママ……」

 竜清は言葉もなかった。

 どうして見ず知らずの、央利の友達と言うだけでこんなにも愛してくれたのだろうと。

 間違ってるのは分かってる。反省する部分も違うと言うのも。

「やつらを皆殺しにして、サイムズを全部ぶっ壊してやる。究極のサイムズと言うのもおれが壊す!」

 自分の至らなさへの憎しみを全て、リーズへの憎しみに転化した。

 浅はかなんだと自覚はある。

 だけど、そうでもしない限り、幻になってしまった家族でお出かけと言う黄金にも勝る宝を逃してしまった事を竜清は我慢できなかった。

 何やら騒がしいのを聞きつけて、プリミティの隊員がやってきた。

「君達……、ここは危険だ。早く帰りなさい」

「竜清。この人プリミティの人だ」

 央利は瞬時に心を覗くと、竜清は頷いた。

「リンネと言う男に伝言があるんだ」

「伝言……? 代わりに俺が聞こう」

 竜清はさっさと伝言を言ってしまって、瀬良太探しに集中できるのは望ましい事だと思った。

 手短に、だけど雑にならないように、究極のサイムズと話とひかるフーズにいた人が全滅した事を話した。

 話を聞いた瞬間、プリミティの隊員は言葉を失っていた。

「……、そうか。ありがとう。伝えておくよ」

 伝えてしまうと、竜清達はそのまま歩いて行こうとする。

「こ、こら。そっちは危ないんだぞ」

 面倒だなぁ、と竜清が眉をひそめると、代わりに央利が言った。

「ここで友達が戦ってるんです。瀬良太と言って、対サイムズ部隊にいて。ぼく達瀬良太を助けに……、手伝いに来たんです」

 隊員は驚いた顔を見せた。

「では、君達が超能力研究所から逃げ出した強化超能力者か。こちらも探していたんだ」

 少し待って欲しいと隊員は言った。

「報告してくる。君の友達が今どこにいるのかも聞いてくる」

 戻ってきたのは、さっきの隊員ではなかった。

「君達が、瀬良太の友達の竜清君に央利君だね。私はココロメと言う。付いてきたまえ。君達には手伝って欲しいことがある」

「なんだよ。瀬良太の所に行かせてくれないってのか」

 竜清の言葉を受けて、央利がココロメと言う男の意図を読む。

 ココロメと言う男は、透視能力者だ。

 戦闘向きの能力ではないが、その指揮能力を買われ対サイムズ部隊を援護する部隊を任されている。

 央利と竜清を対サイムズ部隊を援護するために使いたいようだ。

 援護と言っても、瀬良太とは一緒に戦えないようだ。遠く離れた所で戦う事になる。

 竜清の念動力を期待していて、念動力で大砲を確実に命中させる役割をさせたいようだ。

 黙っている央利はきっと心を読みに行ったのだな、と竜清は央利の心を読み、ココロメの意図を知るとすぐに言った。

「おれは大砲のナビゲートじゃないってんだよ!」

「ほう。すごいな。強化超能力者の精神感応は。だが、子供を銃弾の飛び交う場所に行かせる訳にはいかん」

「じゃあ、瀬良太は何なんだよ!」

「手厳しいな。だが、それはリーダーであるリンネの采配だ。私は君達を安全に、効果的に使いたい」

 央利は竜清に耳打ちした。

「悪い人じゃないみたいだよ。ぼく達の事を心配してる」

 だが、竜清は気に入らなかった。

「君達は戦争を知らない。私達もろくに経験がない。だからこそ、最前線に飛び込むのは愚かだと言うのだ。サイムズさえ破壊してしまえば、我々の方にアドバンテージがある。この作戦で最も重要なのが対サイムズ部隊をいかに上手く機能させる事だ」

 その言葉を受けて央利は言った。

「指示に従います。それが妥当だと思ったからです。でも、全部の命令には従う訳じゃありません。瀬良太が危険になったらすぐに助けに行きます」

「おい! 勝手に決めるなよ」

「この作戦さえ上手く行けば、瀬良太も無事に戻ってくるよ。そりゃ、瀬良太には会いたいけどさ。でも、瀬良太、ぼく達の顔を見たら遊び始めるよ。それってまずい事じゃない?」

 竜清は黙ることで納得の意思を見せた。

「決まったようだな。では急ごう!」

 ココロメが駆け足で行くと、央利と竜清も慌てて付いていった。

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