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離したくないもの

「央利。なぁ、央利」

 竜清がいくら呼んでも、体を揺さぶっても、央利は一点を見つめたままで反応しない。

「やっぱりダメか」

 竜清が精神感応で央利で心を覗いてみると、親子三人の幻想を見続けているのが見えるのだ。

 両親が死んでしまうのを悟った央利は、両親の精神の一部に強く感応し、切り取り、自分の中にコピーを作ったのだ。

 不完全ではあるが、内にこもり、現実逃避をするには十分であり、央利は親子三人食事中である。

 現実の央利の口ももぐもぐとしている。

「なんてこったい。ちくしょう、悲しいのはおれだって同じなんだぞ」

 竜清はかっぱらってきた車椅子に央利を乗せる。

 ママが死ぬ前にプリミティの所へ行けと言うメッセージを央利に残したのを竜清は央利から読み取ったのだ。

「央利。お前がいつまでもそうしてるのをおれは許さないぞ。お前の発作だ。恋人をいくら鞍替えしたっていい。瀬良太を嫉妬させたり、おれを振ったっていい。だけどな、両親を殺されたってのに、立ち上がらずに逃げ続けるのは男じゃないってんだよ……!」

 竜清は絶えず央利をこちらの世界に戻そうと話かけ続ける。

 央利の心も読んでみるが、央利はやはり自分の中に閉じこもり続ける。

 両親の一部のコピーが優秀すぎるようで、閉じこもり続ければ、両親と一緒に過ごすことが出来てしまうのだ。

 一度現実に戻ってしまえば、両親の一部のコピーも消えて孤独感を再び感じる事になる。それを央利は拒絶しているようなのだ。

「見ろ。央利。おれはあの重装備を付けていないぞ。逃げちゃないんだ」

 竜清は、ママが央利に伝えたプリミティの仲間の所への行き方を央利から読み取り、忠実に進んでいく。

 なぜか行き方が竜清にも読める意識の中層に置いてあり、央利が現実世界を気にしているのも読めた。

 そこまでしておきながら、現実に戻ってこないのは両親の死を認めたくないからである。

 自分のお金をもっていない竜清は、央利のために使うからと堅く心に誓ってママの財布をもらってきた。

 驚く程のお金が入っていた。

 電車賃さえあれば良かったのに、これじゃあ、かえって落ち着かない。

「お前んちって金持ちなんだな」

 竜清が言ってみて、央利の心の出方を探る。

 音や声は聞こえているみたいで、家がお金持ちだと言う事を意識し始める。

 ママは専業主婦、パパはふつうのサラリーマン。お金持ちにはならない家のはずなのに、と央利は思った。

 するとママからコピーした記憶が、自分の記憶のように知りたいことを引き出す。

 央利のママとパパは駆け落ちしたと言う。

 プリミティ同士の結婚は、力の強い個体を作ってしまうので禁じられているからだ。

 体一つで飛びだしたため、お金も住居もなく行った先が超能力研究所。被験者となる事で先立つものを得ようとしたのだ。

 だが、プリミティの二人では超能力研究所を満足させるような成果は出せなかった。

 しかし、プリミティ同士の間に産まれる子供に遺伝子強化を施したらどうなるかの実験を持ちかけられた。

 その成果が央利。母体に遺伝子強化と言う変化を促す投薬を行い、経緯を見守ると言うものだ。

 産まれたばかりの央利はその力をまるで発揮しなかった。

 その力を央利が初めて行使したのは幼稚園に入ってからだった。

 好きな子が出来た。だから心の中が読んでみたい、だった。

 脳の発達が未熟な幼稚園児が精神感応の力を使ったと言うのは、大変な騒ぎだった。

 央利は超能力研究所を行ったり来たりだったと言う。

 年々その力が強まり、プリミティの間から産まれてきた子だと言うのに、改造遺伝子を強化して、超能力の英才教育を受けてきたような瀬良太や竜清のような強化超能力者に匹敵する力を央利は持った。

 超能力研究所に住むようになったのは二年程前で、家に帰れるのは月に一度。夏休みやお正月休みと称した大型連休もある。

 ここからは央利の記憶を使った方が確実だが、央利はママとパパの自分への愛情にいつまでもしがみついていたかったので、ママのパパの記憶を洗いざらい見て回った。

 まだ央利はまるで目を開けたまま眠ったように一点を見つめるだけだ。

 時折涙がこぼれ落ちる。それを竜清は指で拭ってやる。

 かける言葉も見つからず、竜清は黙々と目的地へと向かう。

 お金はたくさんあるのだから、タクシーを捕まえる事も考えた。

 だが、余計な詮索をされる事を嫌って、やはり電車と徒歩で行くことに決め直した。

「なぁ、央利。まだ戻って来れないのか。おれだって辛いんだぞ」

 すがるように言ってはみるが、央利はなんの反応も示さない。

 竜清には想像も出来なかった。目の前に両親が自分をかばって死んだことなど。

 ようやく目的地に到着した。

「ひかるフーズ。間違いないここだ」

 プリミティが活動している場所だと言う以外は何も知らない竜清だが、ひかるフーズとは社員全員がプリミティと言う会社の体をしたプリミティの家なのである。

 だが様子がおかしい。人の気配を感じない。

 竜清は中の様子を外から覗く。

「なんてこった……」

 竜清は央利を外に置くと、中に急いで入っていく。人が倒れているのを見たからだ。

 リーズに襲われたのかも知れないとすぐに予想がついた。

 あのリーズの隊長もプリミティが盾突いたなどと言っていたからだ。

 やはり倒れているのは寝ているからではなかった。体に銃弾を受けてぐったりとしている。息はまだある。

 竜清は痛いのを我慢して抱き起こしてやる。

「しっかりしろ。大丈夫か」

 瞬間、男は目を開き竜清の手を痛い程掴んだ。

「いでぇぇーーっ!」

 竜清は絶叫した。男はとても驚いたが、構わず言った。

「リ、リンネに……」

 リンネなどと、部外者に分からない事を言う。

「精神感応者だ。読んでやるから、心の声を出せ」

 竜清の洞窟に漏れた大きな光。これだろうと竜清はその光を覗いた。

 伝えたいことと合ってるかどうか不安なので、竜清は読んだ声を読み上げる。

「最初に生産されたサイムズの他に、もう一つだけ作られたサイムズがある。それは究極のサイムズと称されている。体の中に直接組み込むタイプの言わばサイボーグだ。恐らく交戦する事になるだろう。健闘を祈る。弱点は制御コアだが、場所はとうとう突き止めることが出来なかった。超能力を持たない者は、結局超能力者になりたかったのだろうか。ならば、もっと平和的な方法があったはずだ。……違うな、強い力が欲しいだけか。すごいな。伝えたかった事が全て読み上げられている。強化超能力者か。研究所から運良く逃げ出せた。なら、行ってやるといい。お前の仲間の一人がリンネの所で対サイムズ部隊として編成されている」

 リンネと言う男の所へ行くための道が、イメージとして表示される。

 目的地へと着いた瞬間、プツンと切断された。死んでしまったのだ。

 仲間の一人が対サイムズ部隊。これは間違いなく瀬良太の事だろう。

「急がなきゃいけない」

 竜清は央利を回収すると、急いでリンネと言う男の元へと向かった。

 ここからはそう遠くない。瀬良太がサイムズ部隊と戦うなら、一緒に戦ってやりたいとそう思ったのだ。

「央利、お前もいい加減に起きろ。お前が一番長い間恋人やってたやつがお前のママとパパと仇を討ってくれようとしてるんだぞ!」

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