私の家の小さな住人
身長とほとんど変わらないコンパスを、小人はうまく使いこなしていた。
「そろそろ休んだら?」
「ん、もうちょっと」
手のひらにのってしまうほど小さな身体なのに、彼女の心はとても大きい。
その上、意志が固い。
小人って皆こうなのかな―私は小さくため息をついた。
針や鋏を使っているのを見ていると、どうしても幼いころに読んだ靴屋の絵本が出てきてしまう。
靴屋さんが朝起きると、型を作っておいた靴が完成しているのだ。
夜中に小人が(妖精だったかな?)がやってきて、靴屋さんの代わりに、素晴らしい靴を作るのだ。
「まあ、これは着物だけど」
「ん?何か言ったか?」
「休まないと明日に響くよ、と言ったの」
「もうちょっと」
ちくちくと刺繍が仕上がっていく。
見ていて本当にほれぼれするほどの腕前だ。
彼女の作っているのは、人間サイズの振袖。
黒と白の染絣に、紅の蝶が舞う。
人間界に修行に出てきた彼女は、小人の国では仕立て屋の娘。
性格も穏やかだが、
「そんなに欲しいの?あの本」
呆れたように呟くと、ようやく彼女が手を止めた。
けれど休憩のためでないことは、振り向いた顔つきでわかる。
解るようになってしまった。
少し怒ったような顔。
これは、本について語り出すとき。
「欲しいに決まってる!!」
「でも、あんな古い」
反射的に紡いでから、しまったと思ってももう遅い。
「古いのは当然だ!何世紀前の本だと思っている!どうして欲しがらずにいられ、むぐっ」
なおも語り続けようとする彼女の口に、私は好物のプチトマトを押し込んだ。
これ以上語られては、明日は睡眠不足で遅刻してしまう。
「解った。解ったよ。早く仕上げて本と変えてもらえるといいね」
嬉しそうにプチトマトを頬張って、彼女はこくんと頷いた。
「紺はな、これを主にやるのだそうだ」
本の持ち主は、近所の家に居候している少年小人。
そう言えば、その家の娘さんは今年成人式のはずだ。
「なるほど。それは喜んでもらえそうだね」
「うむ。私もうれしいぞ。あの本が手に入ったら」
「まったく。本の虫だね、君は」
紅が来てから、あふれそうな本棚を眺めて、私は呆れたように呟く。
楽しそうに刺繍を仕上げる小人の仕事を眺めながら、欠伸が一つ、部屋に毀れた。
【三題噺】着物、コンパス、本の虫