ミルクティーと君
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
まあ、会話がないのは当たり前といえば当たり前。
部室にいるのは2人だけで、2人とも本を読んでいるのだから。
この部屋は文芸部の部室。
ただし文芸部といっても名前だけのもので、部費も特にもらっておらず顧問の先生もいない。
活動らしい活動といえば、たまに書く小説をコンクールに送るぐらいのものだった。
さらに部員はたった2人で、1人目はもちろん俺、利根浩樹だ。
そしてもう1人は、机をはさんだ向こうにいる北上麻衣。
何故2人かというと、3年生は受験勉強で引退し、1年は入部希望者なしというありふれた理由だった。
だが、俺はこの境遇をむしろ喜んでいる。
今も本を読みながら……いや、本を読むふりをしながら彼女を見ている。
俺には変った特技があって、対象に目線を当てなくとも視界の端で割とはっきり見ることができる。
彼女の一番の特徴は、くりっとした大きな目だろう。
それが可愛いという印象を抱かせている。
さらに彼女を観察していると、表情がころころと変わるのだ。
はらはらしたり、安堵したり、うるっときたり。
とにかく見ていて飽きないというか、面白い。
「ふぅ」
彼女は読んでいた本を閉じた。
ずっと見ていたことを悟られぬように手に持ってる本に目を移す。
ここ最近は全然読書に集中できない。
また、彼女を観察してしまっていた。
やっぱ普通じゃないよな。下手したらストーカーだぞ。
俺もパタンと本を閉じた。
気分直しに飲み物でも買いに行こうかな。
「北上さん」
「うん?何?」
彼女の声が部屋に心地良く響く。
優しいながらも芯の通ったその声はいつも俺を不思議な気分にしてくれる。
「俺、飲み物を買いに行くけど、北上さんも何か飲む?」
「うーん……。じゃあ、ミルクティーをお願いします」
「了解」
そう言って俺は部室を出た。
学校内に自販機は設置してあるが、少し離れた所にある。
俺はそこに向かいながら3ヶ月前のことを思い出していた。
『2年の利根浩樹君、同じく2年の北上麻衣さん。放課後に職員室の石狩先生まで来てください』
そんなアナウンスが流れて、俺と北上さんは職員室まで足を運んだ。
俺たちの前で椅子に座っている石狩先生は文芸部の顧問の先生だ。
呼ばれた理由に心当たりがある。
3年生が引退して部員が6人から2人になった。
そして正式に部として認められるには5人以上の部員が必要なのだ。
つまり、廃部の知らせだろう。
「さて、お前たちを呼んだのは他でもなく文芸部のことでだ」
やっぱりそうだ。
そして、次の言葉は俺の予想を裏切らなかった。
「申し訳ないんだが……部員が2人になってしまったんでな。部費が出ないから廃部になるんだ」
分かっていた言葉だったが、俺は途方に暮れた。
この時すでに俺は北上さんのことが好きだったのだ。
心地良いあの声も、ころころと変わる表情も、あの部屋が無ければ見られない。
部活という大義名分が無ければ何もできないのだ。
自分から彼女をデートとかに誘うなんて、そんな度胸は無い。
けれど廃部を告げられた俺は何も言えなかった。
「えと、私は続けたいです」
彼女が言った。
俺の口から出なかった言葉を彼女が紡いだ。
それに対し、石狩先生は呆れた顔をして答えた。
「俺の話を聞いてたのか?部費も出せないし、それに既に俺も顧問を降りたんだ」
「部費も顧問も無くて構いません。でも、文芸部の部室は使わせてほしいんです」
「理由は?」
そう言われると彼女は必死で理由を見つけようと考え込む。
ふと、俺は当たり前のことに気づいた。
「あの……俺も文芸部の部室を使わせてほしいです」
「お前もか。だから理由はなんだ?」
「別に部費と顧問はいなくとも、自分たちでコンクールに作品を出すことは出来ますし」
そう言うと先生は腕を組んで考え始めた。
頼む。許可してくれ。
「まあ一理ある……か。わかったわかった。一応、申請しといてやろう」
「「ありがとうございます」」
「ただし、許可が下りるかどうかは保証できんからな。話は以上だ」
一礼して、俺たちは職員室を出た。
放課後の活気の無い廊下を2人で歩く靴音が妙に響く。
その音が逆に静けさを物語っていた。
「……ありがとうございます」
靴音に交じって心地良い音が響く。
「あのまま利根君が何も言ってくれなかったら、きっと私の意見は却下されてました」
彼女は俯きながら喋った。
俺はというと、視線を宙のどこかに当てていた。
なんか照れくさい。
「北上さんが何も言わなかったら、何も言えないまま終わってたよ」
「ごめんなさい。私のわがままに巻き込んじゃって」
「いや、それは違うよ。俺もあの部屋で本を読みたいから。だから……」
君と一緒に居たいから、なんて言えるわけがない。
変なこと言ってこの関係が崩れるのは嫌だ。
それならこのままでも良いと思ってしまう。
「ではこれからも宜しくお願いします、利根君」
「こっちこそ」
そして申請は受け入れられ、今でも部室のように使っている。
っと、回想してたら自動販売機が目の前にあるじゃないですか。
俺は120円を投入して『あったか〜い』と表示のあるミルクティーのボタンを押した。
ガコンッと音をたてて缶が落ちる。
さらにこの一連の動作をもう1度繰り返す。
つまり俺もミルクティーにした。
まあ、実は結構好きで、よく自販機で買っては部室で飲んでいる。
喫茶店のよりは味は劣るものの、あの缶のミルクティーの甘ったるさは妙に癖になる味なのだ。
ささっと缶を取り出して部屋に戻る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
夫婦みたいな会話にちょっとドキドキしたりする。
「はい、どうぞ」
「うん」
彼女はミルクティーを受け取ってプルタブを引いた。
俺も彼女に倣うように缶を開ける。
こくこくと飲む。
「利根くん」
「ごぽっ!?」
突然声を掛けられたせいで気管支に入ってしまった。
「ご、ごめんなさい。……大丈夫ですか?」
「けほっ……ごほっ……」
口からミルクティーが零れる。
最悪だ。よりにもよって彼女にこんなみっともない姿をさらすとは。
「すみません。私のせいで」
そう言ってハンカチで俺の口元を拭ってくれた。
何の抵抗も無く。
やがて咳きも治まり、まともに話のできる状態になった。
「ごめん」
「いえ、利根くんは全然悪くないです!ちゃんと飲み終わってから話しかけるべきでした」
「ハンカチも汚しちゃったし」
「別に汚くなんかないですよ」
「優しいね。北川さんって」
「……利根くんのほうが優しいですよ」
「ん?」
「覚えてますか?去年の冬にあったこと」
「去年の冬?」
「ほら、自動販売機の前で」
「ああ」
俺は1つの出来事を思い出した。
「う〜。さぶいなぁ」
それは冬の寒い日だった。
体の芯から冷えてきたので、温かいミルクティーを飲もうと思って自販機に買いに来たのだ。
「120円を入れてっと。ミルクティーは……あった!」
ボタンを押すとガコンと音を立てて出てきたので拾い上げる。
教室に帰ろうと振り向いたとき、後ろに見知った顔があった。
「あ、こんにちは北上さん」
「こんにちは、利根くん」
この頃はまだ同じ文芸部の人という認識しかなかった。
くりっとした愛らしい目が印象的な女の子。
「あ、それミルクティーですね。私も大好きなんですよ」
「ホント?俺、結構好きだから共感してもらえて嬉しいな」
「私も今ミルクティーを買いに来たところなんです。……あ」
「どうしたの?」
「売り切れになっちゃいましたね」
「え?」
さっき俺が押したボタンを見ると、確かに『売り切れ』の文字が赤く光っていた。
せっかく買いに来た彼女になんだか申し訳ないな。
その時、『つめた〜い』ほうのミルクティーが残っているのに気付いた。
この学校は冬でも冷たい缶ジュースは置いてある。
「ちょうど良かった。実は冷たいのを買うつもりだったのに暖かいの買っちゃってさ。よかったらこれどうぞ」
「え?でもこんな寒いのに……」
「いやぁ。暖かい部屋で冷たいミルクティーを飲むのが好きなんだよね」
「は、はい?」
「分からないかな?ほら、コタツに足を入れながらアイスを食べるみたいな」
「ああ!」
俺の例えに納得してくれたのか、くすっと笑ってくれた。
なんかちょっと可愛い。
「でも、流石にいただくわけには……」
「あ、もちろんタダじゃないよ?ちゃんとお金は払ってね」
そこまで言うと彼女は折れてくれた。
「ありがとうございます。はい、120円です」
「こっちこそサンキュ」
さっそく受け取ったお金を入れて『つめた〜い』ほうのミルクティーを押した。
文字通りの冷たさを我慢してそれを拾い上げた。
「じゃーね」
「はい、さようなら」
俺たちの教室は離れていているので帰る先は別々だ。
しばらく彼女の後姿を眺めて俺も自分の教室に向かった。
北上麻衣……か。
俺は缶のプルタブを開けて、ゴクッと一口飲んだ。
「うへぇ……。冷たっ」
首の後ろのほうがキーンときて悶絶した。
何と言いますか、温まったのは俺の心だけですな。
……なんて寒いことを思った。
「絶対あのとき利根くん無理してましたよね」
「あ、ばれてた?」
「結局、利根くんに甘えてしまったんですけどね」
そういって彼女は微笑んだ。
「……そんな利根くんと一緒だから」
「え?」
「そんな利根くんと一緒だから、続けたかったんです。この文芸部を」
「北川さん……」
「なので、これからも宜しくお願いします」
「こっちこそ」
それは一緒に部活を続けようと2人で先生に申し出たあの日と同じ言葉だった。
独りよがりじゃないんだ。
そう思うと、少し胸が熱くなる。
「あ、そういえばさ」
「はい?」
「さっき何で俺を呼んだの?俺が咳き込んだせいで有耶無耶になったけど」
「ああ、そうでした。コンクールのことです」
「そういえばそんなものがあったな」
自作の小説を応募するコンクールの締め切りが残り数週間なのだ。
「どれくらい進みましたか?」
「もう書き終わったよ」
「ええっ!?」
「そんな驚くことじゃないだろう」
「凄いですね。私なんてプロットを作るだけでかなり時間取られました」
「まあ、そんな大掛かりな小説じゃないから」
「良かったら見せてもらえませんか?」
「ああ、良いよ。コンクールが終わってからいくらでも」
「もぉー!」
言えるわけがない。
君を想い描いた小説だなんて。
でも、結果が出たらちゃんと見せようと思ってる。
俺の気持ちと一緒に。
タイトルは『ミルクティーと君』
これ書いているうちにB'zの恋心を思い出した。
「彼女はいつもミルクティーyeah!」




