最後のアンコール
「……みんなー! 今日は本当に、本当にありがとうーーっ!!」
耳を刺すような歓声と、地鳴りのような手拍子が鳴り響く。
巨大なアリーナの天井を焦がすような熱気の中で、赤・黄・水色・紫・白のペンライトの光が揺れていた。
ステージの真ん中では、涙を拭いながら満面の笑みで手を振る5人の少女たち。
それを取り囲む、数万人のファンたちの熱狂。
——勝った。
舞台裏、照明の光も届かない上手の袖で、私、真木 渚は、腕を組んだまま溜め息を吐き出した。
(……長かった。本当に、長かった……!)
結成当初は、秋葉原の雑居ビルの地下。客席には片手で数えられるほどのファンしかいなかった、超・弱小地下アイドルグループ。
泥水をすするようなドブ板営業。SNSの炎上対策。徹夜の衣装縫製に、狂気的なスケジュール調整。
「売れるわけがない」とバカにして去っていった関係者たちの顔を、私は一人ずつ脳内のデスノートに目を血走らせ、殴り書きをし、私の推しが1番だと呪いながら、今日まで走り続けてきたのだ。
「渚さん! 終演後の特典会の誘導、準備完了しました! メディアの取材陣も控室で待機してます!」
「よし、スタッフに指示。列の最後尾には必ずプラカードを持たせて。怪我人を出したら今までの苦労が水の泡よ。……あと、今日のリアルタイムトレンドは?」
「は、はい! あ、Xの日本のトレンド、1位から3位まで独占です!」
後輩スタッフから渡されたタブレットの画面を見て、私はフッと口元を緩めた。
画面には、ファンたちが投稿した熱量あふれる言葉が並んでいる。
『演出が神がかってた』『推しが尊すぎて無理』『衣装が天才』。
(当たり前でしょ。私がどれだけの睡眠時間と命を削って、あの子たちの魅力を120%引き出すブランディングを計算したと思ってるの)
演者と運営の恋愛は即解雇。
ファンには等しく夢を見せる。
そして、自分は決して表舞台に立たず、あの子たちを一番輝く場所に押し上げる——。
それが、プロデューサーとしての私の、絶対にして唯一のプライドだった。
「……あ」
不意に、視界がぐにゃりと歪んだ。
胃のあたりから込み上げてくる強烈な目眩。心臓が、まるで狂った時計のように不規則なリズムを刻み始める。
そういえば、この単独ライブが決まってからの半年間、まともに寝た記憶がない。
ここ三日間に至っては、栄養ドリンクとカフェインの錠剤だけで動いていた気がする。
「渚さん……? 顔色が……」
と心配の声をかけてくれる後輩。
「大丈夫、ちょっと……足元が、ね……」
強がってみせたものの、膝からガクガクと力が抜けていく。
倒れ込むように視界が傾き、私は搬入口へと続く暗い階段のフチへと転がり落ちた。
「あっ、。」
重力が消え、体が宙を舞う。
視界の端で、驚きの表情をして、必死に手をのばす後輩の姿が見えた。
(あーあ……プロデューサーが、現場で倒れるなんて……失格ね……)
だけど、意識が途切れる最後の瞬間、私は胸の中で確かに満足感に満ちた笑みを浮かべていた。
(でも……最高の、ライブだった……。私の、推し……たち……)
最期に頭を駆け巡ったのは、一番の推しであるともに走ってきたアイドルたちだった。
——カツン。
冷たいコンクリートの感触も、救急車のサイレンの音も、聞こえなかった。
私の意識はそのまま、深い、深い闇の底へと落ちていった。
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