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理に適わない、唐突なオルゴの凶行。
世界そのものに干渉する主人公補正なら、実現可能だ。
「アラタ……!」
ロウラが俺を呼ぶ。
目を合わせただけで、彼女は理解した――斬っていいと。
押さえつけていたオルゴを突き飛ばし、即座に剣を抜いてオワリに迫る。
目にも留まらぬ機動力。しかし、速さは意味をなさない。
「【探偵は、決して被害者とならない】」
それは、オワリの所有する二つ目の主人公補正。
「ッ!」
まだ何にも触れていないはずの剣が、敵の首を前に根元から割れた。
即座にロウラは踵を叩きつけて後方へ跳ぶ。
騎士道を重んじるロウラが、剣の手入れを怠るはずもない。僅かな腐食や綻びにも気が付くはずだ。
それなのに剣は折れた。
俺の主人公補正の完全上位互換。
それは、ありとあらゆる障害を拒絶する。
「この世界は――」
オワリがそう言いかけた所で、ロウラが折れた剣を投げつける。
それは敵に掠ることもなく、絵画に突き刺さった。
間髪入れず、ロウラは回し蹴りで脳天を狙う。
だが、それは呆気なく片腕で止められた。
「私には勝てんよ――小娘」
「やってみなくては分からないでしょう!」
ロウラは全身を使って打撃を叩き込む。
それら全てをオワリは捌き切った。奴の足は床に張り付いたように、一切軸がぶれない。
トン、と軽くロウラの甲冑が押された。
風船を指で弾いたのかと思うほど、ふわりとロウラの体が浮いて、壁に叩きつけられる。
「ぐはっ!」
ロウラの肺から、痛みを乗せた息が漏れた。
「”被害者とならない”ということは、どんな敵も返り討ちにできるということだ」
オワリは己の力を誇示するように説明した。
「随分と定義が広いんだな。そんな効果、なかったはずだが?」
俺は腕の中のリドルクをそっと寝かせて、オワリの前に立ち塞がって軽口をたたいた。
敵う相手じゃない。だからこそ、これ以上ロウラが傷つかないように盾になる。
「相変わらず浅いな、アラタ」
「あんたの育て方が悪かったんじゃないか?」
ロウラの師が闇に墜ちたように、俺の師もクソ野郎として帰って来た。
「教えたはずだ。主人公補正は、それを所有する者でなく、主人公のためにあると」
そうか。そういうことか。
ソファに座ったまま退屈そうに欠伸をする男――雨露キュウスイは別の世界の主人公……!
主人公の感情によって、主人公補正は力を増す。
それによって効果の定義が広がり、オワリ自身を強化した――。
「……まさか」
一つの可能性が、俺の脳裏を過った。
「イグル、この世界で何が起きてる」
『魔王の復活に神々の降臨、魔法の暴走に天変地異……世界中で同時多発的に、起こるはずのなかった災厄が発生しています!』
恐らく、俺の予想は的中した。
「”事件”は、殺人だけとは限らない……」
そう呟くと、オワリは大口を開けて嗤った。
キュウスイが主人公補正を強化し、世界を滅亡させるだけの"事件"を実現させた――そういうことだろう。
「探偵として事件を解決できないのは心苦しいが、そろそろ幕引きだ」
キュウスイが立ち上がり、不穏を告げた。
「ふざけるな!」
せめてキュウスイを倒す……!
そう意気込んではみたものの、俺はオワリに胸倉を掴まれ、簡単に背負い投げにされた。
実力の伴わない闘争は、焦燥感だけを募らせる。
「この世界はもう持たん。アラタ、お前は帰れ」
俺を見下ろしながら、オワリは蔑みの言葉を吐いた。
同時に、紫色の光がオワリとキュウスイを包む。
「これは……転移の」
世界を越える境界技研の技術と同じだ。
一体何が……どうなってる?
上体を起こすと、キュウスイの細い視線が刺さった。
そして、彼は薄く口を開く。
「必要なのは、”動機”と”犯人”……そして”手段”だ。君はまだ、何も――」
何も知らない。
俺はにはそう聞こえた。
紫色の光は瞬間燃え上がり、その跡には何も残らない。
「ぶはっ!」
ロウラが勢いよく息を吹いた。
「奴らはどこへ!?」
「この世界にはもういないさ」
急に俺の体も軽くなる。
「面目次第も無い。まるで体を縛り付けられたかのようで、全く動けず……」
「追い打ちを掛けさせない作用だろうな」
それも、オワリの主人公補正が及ぼした効果の一端だろう。
「それより、殿下の容態は!?」
俺は首を横に振った。
「くっ……、ではせめて、私たちがこの国を救いましょう!」
ロウラはそう言って、窓の外へ指を差した。
雲は消え去り、絵具で塗りつぶしたように空は黒く染まっている。
視界の届く端では、世界が灰となって崩れていくのが見える。
揺れ一つなく、静かに崩壊が侵食する。
イグルが言っていた魔王の復活や神々の降臨は、直接は関係ない。
不和によって均衡が崩れ、シナリオから大きく外れた世界は例外なく消滅する。
それが、俺たちの目の前で起こっている現象だ。
「ロウラ……両親はどこだ?」
「街の外れの宿舎です。しかし心配には及びません。母上も父上も、村の皆も逞しいですから!」
「そうか……」
もう間に合わない。最後に会わせてやりたかったが……。
『アラタさん、遅くなってすいません。転移の準備ができました!』
イグルの報告が届く。それを掻き消すように、ロウラが声を上げた。
「さぁ、参りましょう!」
何が起こっているのか知らないロウラは、希望を胸に駆けようとする。
迫る崩壊を剣で斬れるとでも思っているのだろうか?
いや、違う。分かっている。ロウラはただ、真っすぐなだけだ。
敵が何であろうと、無謀に立ち向かう。それが彼女の騎士道だ。
「イグル、二人転移させられるか?」
『は? まさか、ロウラも連れてこようとしてますか?』
崩壊が迫る。
俺たちの居る応接室が、城が、空間が、徐々に崩れていく。
「こ、これは……。アラタ、私はどうすればっ」
ロウラの瞳に、恐怖の色はない。
打開するために、共に戦うために俺へ問う姿は、勇ましく美しい。
「俺の手を握れ」
「はい! 私の感情をアラタに!」
魔王の必殺を耐えた時のことを、ロウラは思い出しているのだろう。
けど、俺の主人公補正では奇跡を起こせない。
『……どうなっても知りませんからね! 始末書じゃ済みませんよ!』
説得するまでも無く、イグルが折れる。
信頼できる同僚のために、今度飯を奢ってやろう。
今だからこそ、日常が過る。
紫色の光に包まれながら、俺は強く、強く、ロウラの手を握り返した。




