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1-6

 ロウラは手刀で師の首と脇と腰を、素早く打ち付ける。

 声を上げる間すらなく、ビルピンは地に伏せた。


「無刀で失礼――」


 無様な師に向けて、ロウラは騎士として剣を使わなかったことの謝罪を述べた。


「ずっと起きてたのか?」

「はい。酔った姿はもちろん演技。騎士は泥酔などしません」

「だったらもっと早く助けてくれよ……」


 せめて、ビルピンが得体の知れない呪文を唱え始めた時点で、今みたいにボコボコにしてほしかった。


「どういうわけか、思うように体が動かず……仕方なく寝たふりをしておりました」

「やっぱり酔ってんじゃねーか」

「いえ、あれは何らかの魔法の影響でしょう。騎士は泥酔などしませんから。ひっく」


 いいや、間違いなく酔ってたね。

 しかし、今はそんな問答をしている場合ではない。


「この国は変わらない……我々兵士は、使い捨てにされ続ける……だけだ……」


 ビルピンは意識まで失っていなかった。

 小さく言い捨てるように呪いの言葉を吐く。


 王も王子も、国を救うために必死だっただろう。

 たとえ犠牲を出したとしても、王国を存続させるために血の涙を流したはずだ。

 それに、俺は知っている。


「変わると思うぞ。少なくともリドルクは変わった」


 ビルピンも、いずれ理解する日がくるだろう。

 彼は目を瞑り、観念したように肺に空気を流し込んだ。


「これは……一体何があった!?」


 予想よりも遅れて、憲兵たちが集まる。

 俺は事の経緯を話した。ビルピンは連行され、弓兵たちの捜索も始まった。

 砕けたガラスの散らばった部屋には、静寂と俺たちだけが残った。


「随分あっさりしてたな。恩師なんだろ?」


 情熱の権化とも言えるロウラが、大した言葉も涙の一粒も残さなかった。

 俺はその違和感を払拭せずにはいられず、本人に直接聞いてしまった。


「騎士道を外れた者に情はありません。そうでなければ……私もいずれ、先生の影を追うことになるやもしれませんから」


 ロウラは無表情のまま、ベッドに沈み込んだ。

 冷たく突き放すことが、師へ向けた感謝の表れなのだろう。


『お疲れ様です。均衡値が800を切りました。ミッションクリアです』


 喜ばしいはずの報告が、虚しさを伴って耳に残る。


「明日帰るよ」


 俺はイグルに話しかけた。だがそれは、ロウラに向けた言葉でもある。

 

『へ? どうしてですか?』


 イグルが不思議そうに聞く。


「こっちで朝を迎えたい気分なんだ」


 今までは、主人公を助けたら即帰還の仕事ばかり。

 今回みたいにスパイの真似事をするのは初めてだ。

 その所為で、いつもより深く異世界を知ってしまった。

 まるでゲームや小説のように思っていた世界で、懸命に生きる人間がいることを……今更ながらに実感した。

 少しだけ、世界を救った余韻に浸りたい。ただ、それだけだった。


 ***


 リドルクの計らいで、俺とロウラは城で一夜を過ごした。

 もちろん、別々の部屋だ。


 朝になってから応接室で合流したロウラは、騎士らしい甲冑に身を包んでいた。

 ドレス姿が名残惜しい。でも、この方がロウラには似合っているか。


「おはようございます。アラタ」

「おはよう。ロウラ」


 短く挨拶を交わして、沈黙に浸かる。

 きっと、俺が姿を消すことは察しているだろう。

 ロウラは何かを言いたそうに唇を何度も噛む。それに気付いてないフリをして、俺は視線を窓の外へ向けた。

 暫くすると、ガチャリと応接室の扉が開く。


「諸君、昨晩は苦労をかけたな」


 宰相と共に現れたリドルクが、俺たちに労いの言葉をかける。


「まさか裏切り者がいたとはな。だが、それも身から出た錆か……」


 そう言って、リドルクは寂しそうに下を向いた。


「奴の行いに気付いていて、動いてくれたのだな」


 ロウラから聞いたのか、それともリドルク自身でそう察したのか。

 俺の目的の一分はバレているようだ。


「本音を言えば、真っ先に私へ報告して欲しかったがな」

「……申し訳ありません」

 

 今思えばその通りだ。リドルクも容疑者の一人でさえなければ、それが解決への一番の近道だったに違いない。


「謝罪は不要だ。その代わり、私の下で働く気はないか?」


 リドルクは手を差し出した。

 俺の能力を買ったとか、きっとそういう話じゃない。


好敵手(ライバル)は近くに置いておきたい質でね」


 ロウラにも聞こえる声で、リドルクはハッキリとそう言った。

 あぁ、そうだと思ったよ。でも――。


「リドルク殿下。私にはまだやることがあります。今は……そのお気持ちしか受け取ることができません」

「ふっ、私は断られてばかりだな」


 少年のような無邪気な笑顔。それを見て、俺はリドルクの手を握った。


「いずれ、また会おう」

「えぇ、またいつか」


 平和となったこの世界に、俺が再び訪れることはない。

 それでも、いつか。


 ――俺の顏に――温かい赤が散る。


「ごっ……ふ」


 リドルクの胸を貫いた短剣が、俺を嘲笑うように鈍く光った。


「は、ははは、はははは!」


 宰相オルゴの高笑いが、俺の意識を現実に引き戻す。

 それはロウラも同じだった。彼女は即座にオルゴの腕を捻り、抑え込む。


「何故っ! 何故こんなことを……答えろオルゴ! 貴様、それでも人の心があるのかああ!」


 ロウラは真実を求め、オルゴを糾弾した。


「リドルク殿下! しっかりしてください!」


 俺はリドルクを抱えて、声を掛け続ける。


「がっ……も」


 何もなかった。何も言い残せず、何も託せず、あっけなくリドルクの目は光を失った。


「イグル! なんだこれは……何がどうなってる!?」

『わ、分かりません。均衡値は10000……これは測定できる限界値です……急に……突然こうなって……』

「……原因は後回しだ。均衡値が10000だとどうなる!?」

『異世界の崩壊が始まって……それで……』

「どうやったら阻止できる!?」


 俺は矢継ぎ早に問う。

 イグルでも予測できなかった事態。それでもイグルに頼るしかない。


『無理です。阻止……できません。不可能なんです……』


 何で? どうして?

 オルゴが真の裏ボスだったとして、何故世界が消滅するんだ。

 主人公はまだ生きている。理屈が通らない。世界の法則に則ってない!


「オルゴ・ブ・ランティスゴーは第二王子の信奉者。ビルピン・シュレターの暴挙に感化され、第一王子の殺害を決意した」


 淡々と真相を語る何者かの声が、世界の空気を支配する。


「第二王子の伏線はなかったか? ならば、それは君が探偵ではないからだ」


 顎を摘まんだ男が、いつの間にか応接室のソファに座っている。

 その容姿は、日本人のよう。現代ではまず身に着けることのない、インバネスコートを羽織っている。

 明らかにこの世界の人間ではない。


「彼は雨露(うろ)キュウスイ。探偵だ」


 もう一人、キュウスイと呼ばれた男の背後に、スーツ姿の男が立っている。

 そいつのことは、よく知っている。


常広(ときひろ)……オワリ……!」


 境界技研、異世界保全課、元第一班。

 2年前に失踪した男――。


「【探偵の行く所、必ず事件在り】」


 オワリは、静かに主人公補正(イミュニティ)を宣言した。

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