1-5
『右から二番目の扉から出て、回りこんでください』
「了解」
俺はイグルの指示通り、人目を避けながら会場から抜け出した。
「やぁ、どうも」
ロウラを抱えたメイドたちの前に立ち塞がり、俺は優しく声を掛けた。
メイドたちは困惑し、何度も瞬きを繰り返す。
「いけません。寝所へのご同行は……」
「あぁ、分かってる。決まりなんだろ? でも大丈夫。リドルク殿下には話を通してある」
せわしなく動き続ける給仕と違い、会場のメイドたちは周囲の観察するように立っていた。
今回のように、不測の事態に対応するためだろう。
彼女たちなら、俺が王子と二人で会話している様子を見ていたはずだ。
だとすれば、俺の嘘は真実味を増す。
「……承知いたしました。ではこちらへ」
俺はメイドの後をついて、月明りだけが照らす廊下を進んだ。
分厚く、光沢のある木製の扉。そこは十分な広さの寝室。
手前にはゴテゴテとした無駄に装飾のこった机と椅子。奥にはキングサイズのベッドがドシンと構えている。
『心拍、血圧、呼吸数……ロウラの状態はモニターできています。今のところ異常なし』
イグルが見えざる神の手で、世界に干渉する。
観測程度であれば、均衡値に影響はほとんどない。
「ありがとう。あとは俺一人で大丈夫だ」
メイドたちは小さく頭を下げてから部屋を後にした。
「さて、と。とりあえずクローゼットの中にでも隠れるか」
俺は敢えて窓の鍵を全て開錠してから、ベッドの隣のクローゼットを開ける。
特に衣服は入っていない。俺が入っても窮屈を感じない程に広い。
『オルゴの監視もバッチリです。多分、アラタさんがいなくなったことにも気付いてないですよ』
「そうか。まぁ、すぐには動き出さないだろう。気長に待つさ」
多少酒は飲んだが、瞼は軽い。良いコンディションだ。
朝までだって付き合ってやる。そう、覚悟はしていた。
しかし1時間もすると、退屈が俺の眠気を優しく撫でる。
『流石に寝ないでくださいよ?』
あぁ、分かってるさ。
物音を立てないように、大きく欠伸する。
その時、ガチャリと扉の開く音がした。
『……オルゴはまだ会場です』
メイドが様子を見に来たのか?
もしくはリドルク王子?
それともお目当ての犯人か?
「よく、眠っているな。まさか、お前が魔王を打ち倒すとは思ってもいなかったぞ」
低い男の声。聞き覚えはない。誰だ?
「そのまま……この国の諸悪も斬り伏せるといい」
男は何かを唱えはじめた。
日本語に翻訳不可能な未知の言葉。だからこそ、それが呪文であると想像がつく。
俺は勢いよく、クローゼットの扉を蹴った。
「っ!? 誰だ?」
「それはこっちのセリフだ。お前が魔王に情報を流してやがったクソ野郎だな」
髭を生やした甲冑の男が、魔導書と思しきものを開いている。
『ビルピン・シュレター……ロウラの師匠みたいです。魔王討伐に参加してます』
俺はてっきり宰相のオルゴが犯人だとばかり……。
いや、共犯の線は残ってるか?
「動くな。私が一人だとでも思ったか? 外には無数の部下たちがこちらを狙っている」
ビルピンは思いのほか冷静だった。
窓の外に目をやると、確かに木々に隠れて兵が弓を引いて構えている。
「お前たちの目的はなんだ?」
「ふん、教えてやる義理はない。だが、この国が変わる様を見届けさせてやる」
ビルピンは魔導書に手を当てて、再び呪文を唱え始めた。
俺はそれを邪魔するように、口を開く。
「じゃあ言い当ててやるよ。お前は兵を使い捨てにする王国のやり方が気に食わなくて、魔王に与して全てを壊そうとしたんだろ?」
これは宰相が犯人だと思い込んでいた時に考察した動機。
「トップが挿げ替わる混乱に乗じて、裏で手を回す準備があったか? でも魔王が倒されて失敗した」
ベタな推理だが、当たっていようと外れていようと、どっちだっていい。
「……黙れ! 貴様のような田舎者が語るな!」
そう、こんな風に相手の頭に血を上らせるのが目的だから。
「で、次の作戦はロウラを魔法で操って王子を殺害する、ってところか? 分かりやすいなぁ」
この世界では、魔法を扱える人間は極僅か。
恐らくあの魔導書も、魔王から仕入れたものだろう。
「何者だ、貴様……」
「あれ? 図星だったか?」
さぁ、部下に指示しろ。矢を放て。
「忠告する。もう一度呪文を口にしたら、痛い目をみるぞ」
追い打ちをかけるように、俺は好戦的な言葉を口にした。
「……ならば、串刺しになれ!」
ビルピンは指を立てて合図した。
挑発に乗った時点で、こいつの計画は瓦解している。
矢はあくまで、脅しのカードでなければならない。魔法を完遂する前にそれを切ってしまっては、騒ぎが先行してしまう。
対して俺のカードは、ビルピンの知り得ない切り札。
「【主人公には、決して弾は当たらない】」
主人公補正は、間接的に人を傷つけることがない。
俺に当たるはずだった弾がそれて、別の誰かに当たるなんてことは起きえない。
だから、俺はロウラが眠るベッドを飛び越える。
広く長い窓が、全て割れる。目の前のビルピンを避ける形で、様々な角度から矢が放たれた。
その全てが、幼い子供が折った紙飛行機のようにあらぬ方向へ飛んでいく。
ビルピンは素早く剣を抜き、俺の首を狙う。
確信があった。右の腰に差された剣を見て、左手で引き抜いた剣をそのまま振り抜くと……そう思っていた。
俺は左手のギプスを構えて、剣の刃を止めた。
アラミド繊維を使った、給料3か月分の特注ギプスだ。
「いっ……てぇな! クソ野郎!」
単純な衝撃で腕が酷く痛む。
目に涙を浮かべながら、ビルピンの胴鎧の端を掴み、後ろに倒れるようにして蹴り上げた。
「がはっ……!」
俺とビルピンの位置が入れ替わる。
窓に背を向ける形になった俺へめがけ、弓兵たちは容赦なく追撃した。
「な、何故……何故当たらない?」
矢は部屋を滅茶苦茶にするだけで、血を流すことはなかった。
「お前の負けだ。もうすぐ騒ぎを聞きつけて人がくる」
「くっ……ならばせめて、ロウラの命だけでもっ!」
師ともあろう者が、ロウラを利用しようと画策し、あまつさえ殺すのか?
何故殺す? もはや意味は無いはずだ。魔王を討伐し、自身の計画を台無しにした張本人だから?
なんて傲慢で、なんて醜悪な意志……。
ビルピンが振り抜いた剣に、俺の手は届かない。
だが、その必要はなかった。
「全て聞いておりました。先生……」
ロウラが起き上がり、剣を中指と親指で掴み取った。
「畏れ多く、ずっと言い出せませんでしたが――私は先生の千倍強い……!」
それがロウラの、師へ向けた手向けの言葉だった。




