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1-4

 確かに泥酔したロウラであれば、暗殺も容易い。

 犯人を誘い出すだけなら最適な方法だろう。


「だからって本当に飲む奴があるか!」


 俺はワインを一気飲みしたロウラの手を掴んで凄んだ。


「甘い。甘いですよ、アラタ。顔の赤らみや呂律、匂いや視線。そういったものは偽れません」


 ロウラの言う通りだ。だが酔ってしまっては、緊急の事態に対応できない。


「心配いりません。先ほど"泥酔"と言ったのは、犯人に対してのアピールです。適量は心得ています」

「そ、そうか? それならまぁ……」


 ちゃんと考えていることに少し驚いた。

 てっきり勢いだけで突き進んでいるとばかり……。

 いや、あの"告白"の件を思えば、短慮を案じてしまうのは仕方がないだろう。


「ささ、アラタも飲んでください。私の同行者がシラフでは、犯人も手が出しにくいでしょう」

「あ、あぁ。そうだな」


 ロウラの言う通り、何杯か飲む姿を晒しておこう。

 しかし、ワインは苦手だ。日本酒……は無理でも、せめてビールがいい。

 キョロキョロと辺りを見回すも、高そうな酒しか置いてない。


「落ち着きがないな。見苦しい所作は、淑女の熱を冷ます。気を付け給え」

「うわっ、王子っ」


 突然声を掛けられて、つい無礼が口をついた。


「……礼儀がなってないな。だが、田舎者の無知蒙昧と思い、今宵だけは許してやる」

「も、申し訳ありません」


 丁度良かった。これなら酔いたくたって酔えない。


「おれ……私は邪魔ですよね。さ、ロウラ。後は二人で楽しく――」


 振り返ると、そこにロウラはいなかった。


「おおぉ、これは絶品! 給仕の方、こちらは持ち帰れたりなどは……」


 少し離れた所で料理に舌鼓をうつロウラの声が聞こえてくる。

 前言を撤回したい。彼女はやはり短慮であると。


「アラタ、だったかね? 私は君と話がしたかったのだ」

「え、私とですか?」


 王子はグラスを回しながら、視線を合わせずに静かに言った。


「私がロウラに恋慕の情を抱いたのは、その功績を欲したわけでも、麗しい容姿に魅了されたわけでもない」


 俺は相槌を打つこともできず、生唾を飲み込んで聞き入るしかなかった。


「使者を介して聞いたのだ。叙勲式に故郷の者たちを全員参列させたい。そう、彼女が望んでいると」


 とんでもない話だ。王都に連れて来るのはまだしも、式にまで参加させるとは。


「恥ずかしながら、その無邪気な望みを聞くまで忘れていた。守るべきは国ではなく、民であるということを」


 魔王討伐に際して、どれほどの苦慮があったかは分からない。

 でも、僅かに声を震わせる王子が、何故顔を背けたまま話すのかは理解できた。


「ロウラと共にあれば、何も失わない王国を成せるかもしれない。そう思ったのだ」


 王子の言葉からは、散って行った兵士たちの志を背負う覚悟を感じた。


「ごほんっ。つまり、アラタは私の好敵手(ライバル)ということだ! ただ、それだけを伝えておきたかった」


 そう言って、王子は何度か俺の肩を強く叩く。

 やっぱり諦めてなかったのか。俺はロウラの好意を受け入れるつもりなんてないが、それを説明するのは野暮だろう。

 俺は王子と硬く握手した。仕事が終われば元の世界に帰るんだ。つかの間、こんな関係を築くのも悪くない。


好敵手(ライバル)として、後れを取らぬよう精進してまいります。殿下」

「うむ、その意気だ!」


 王子はそう言って、去っていく。

 その背中は、俺が知るどの"脇役"よりも大きく見えた。


「イグル。王子の名前、教えてくれ」

『リドルク・ジェン・フォルクスタンです。珍しいですね。アラタさんが主人公以外の名前聞くの』


 もしかしたら、その名を呼ぶ機会を期待しているのかもしれない。

 俺自身、この気持ちに説明がつかない。


「どーん!」


 陽気な声が伝える通りの衝撃が、背中に走った。


「ちゃんとのんれますか、アララ!」


 顔を真っ赤にして、舌の先を出しながらへらへらと笑うロウラがそこに居た。

 目を離してからそれほど時間も経っていない。

 これは演技か? 演技だと言ってくれ。


「アララのご両親とー顔合わせはいつにしまふか? わらひはいつでもかまひません!」

「おい、しっかりしろ。酒に弱いなら最初から言っとけ」

「むむ、誰が酒に弱いといいまふか? わらしは強い!」


 何を言っているのか全く分からない。


「これはこれは、随分朦朧とされていますね」


 足元のおぼつかないロウラを抱えていると、一人の男が現れた。

 糸のように細められた目が、値踏みするようにロウラを見下ろしている。

 爬虫類を思わせる湿った声色が、俺の警戒心を逆撫でした。


『この男は宰相です。名前はオルゴ・ブ・ランティスゴーです』


 リドルクの一件があったからか、イグルが即座に情報を落とす。


「後ほど祝辞でもお願いしようかと思っていたのですが……少しお休みなった方がよさそうだ」

「そうですね。横になれる場所はないですか?」

「用意があります。さぁ、主賓を寝所へお連れして」


 ロウラは二人のメイドに抱えられ、運ばれていく。

 ついて行こうと一歩踏み出すと、オルガが手を挟んだ。


「アラタ様は、まだ正式な配偶者ではないのですよね?」

「何か問題が?」

「寝所に男女を通すわけにはいきません。メイドにお任せください」

「……そうですね。あとはお願します」


 そう言うと、オルゴは会釈してから背を向けた。

 ここで無理を言っても、騒ぎになって都合が悪い。


『おぉ、よく我慢しましたね。アラタさんはロウラから離れないと思ってました』

「イグルがいなかったら一人にしねぇよ。ロウラの追跡と、オルゴの動向を監視してくれ」

『オルゴに怪しいところが?』

「宰相だろ? 魔王と内通してそうじゃないか」

『どういう偏見ですかそれ』


 政治の在り方を変えるため、全てを壊してやり直す……かなりベタだが、魔王を利用しようなんて人間はそれぐらいぶっ飛んでいてもおかしくない。

 それに、ロウラを別の場所に運ぶこと自体、犯人が事を成すのには絶好の機会となる。

 最初にそれを提案したオルゴを怪しむのは自然なことだ。


 少なくとも人前でロウラに手は出せない。そこの扉を越えた瞬間からが肝。


「追いかける。フォロー頼むぞイグル」


 俺はイヤホンをより深く押し込んだ。

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