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ロウラが主人公の異世界、”ボーダー3212B”にて魔王が討伐されてから2日。
「げっ、もう出社っすか?」
「嫌そうな反応やめろ」
「だってアラタさん、その腕……労災認定まだ下りてないんですよ?」
「は? 俺の腕はボランティアで砕けたってこと?」
俺は左手のギプスをぶら下げて、いつものオフィスに帰って来た。
「治療費稼ぐために残業がんばりましょう」
「いやぁ、手続きの方法間違えたかなぁ。うん、何かの手違いだろう」
給料はそこそこだが、体を張ることを考慮すれば見合っていない。
俺はため息交じりに、荒々しく椅子に腰掛けた。
粉砕骨折にⅢ度の火傷で、入院無しの全治6か月。
現代の医療レベルなら綺麗に治る。100年前なら切断は免れなかっただろう。
「さて、今日も画面を眺めるだけの仕事を始めますか」
椅子をくるりと回してから、退屈を受け入れる準備をする。
「何言ってるんですか。”ボーダー3212B”の均衡値、まだ閾値超えてますからね」
「え、なんで?」
魔王は倒れた。主人公も健在。平和が訪れた世界は本当の意味で均衡を取り戻す。そのはずだ。
「均衡値が未だに900前後。で、3日後の予想値は1500弱。調べたところ、裏ボスがいるっぽいです」
「裏ボス? 別に俺たちが手を出す必要ないんじゃないか?」
「3年も早く魔王を倒して、既にシナリオは滅茶苦茶です。帳尻合わせないと、また主人公が死んじゃうかも」
イグルは新たな脅威について説明してくれた。
魔王に与して、人類側に不利な情報を流している輩がいたこと。
そして、そいつが魔王を倒したロウラを危険視し、命を狙っていること。
それらはシミュレーションによる予測でしかないが、イグルの仕事が間違いだったことは一度もない。
「イベントスキップしまくった所為で、ロウラには信頼できる仲間がいない……か」
俺はそう呟いてから、左腕のギプスを擦る。そして眉を下げて唇を軽く尖らせた。可哀そうな顔の完成だ。
「35歳のおっさんがする顔じゃないです。さっさと配置についてください」
イグルには刺さらなかったようだ。俺は渋々腰を上げ、転送装置に立つ。
「場所は王都です。ロウラ・シュラウガンと接触して、王国内に居るであろう犯人を捜してください」
「犯人は特定できないのか?」
「えぇ、そこまで干渉しちゃうと、均衡値ぶれちゃいますからね」
不都合を全部押し付けられながら、俺は再び異世界へと赴いた――。
***
音の鳴りやまない王都。
紙吹雪がそこら中で散り、トランペットの軍団が行進する。
「魔王討伐記念の祝祭ってやつか」
これだけ賑わっていれば、俺のスーツ姿は目立たないだろう。
人が多い場所には、おかしな見た目の奴が一人や二人いるものだ。
『ロウラ・シュラウガンは王と謁見する予定があるみたいですね』
「向かうべきはあそこか」
王都の中央に見える立派な城を見据える。
「じゃあ、この間みたいに瞬間移動させてくれ」
『ダメです。あれは火急的措置です。歩いてください』
ズルはできない、か。
仕方ない。自力で向かうか。朝食を抜いてきたのは失敗だったな。
王城に向かうほどに緩やかな坂が角度を増していく。最終的には階段に変わり、真っすぐ進む道すらなくなる。
「おい、貴様。何の用だ」
ようやくたどり着いた城門。当然の如く門番に突き放される。
当たり前だ。一般人が入れるわけない。
「どうすんだこれ?」
『あぁ、大丈夫ですよ。そろそろです』
イグルは平然と言う。何となく、次に何が起こるのか予想が付いた。
「おぉ、アラタではないですか! 何処へいかれていたのですか。心配しましたよ!」
「よぉ、ロウラ」
案の定、現れたのはロウラだった。上手くタイミングを合わせたな、イグル。
ロウラは肩を露出させ、長いスカートを靡かせている。白いバラを思わせるドレスだ。
長かった髪は束ねられ、白い肌が妖艶に輝いた。
「そちらは?」
「私の父上と母上です!」
実に平凡で優しそうな家族。見ただけで田舎者だと分かる風貌。しかしそれを恥じない誇りと胆力を感じる。
「ほほ、あなたが娘の言っていたアラタさんですか」
どうやら俺のことは両親にも伝わっているらしい。
差し障りのないように、とりあえず父親が差し出した手を握る。
「あと、こっちが幼馴染で、こっちが私の親友、隣のルゥ爺に八百屋のガンさん、故郷の学校で私を教えていた先生と――」
両親との挨拶の裏で、ロウラはずっと紹介を続けていた。
背後に見える人たちのほとんどがロウラの連れとは恐れ入った。
「さぁ、みんな! 押さずに進んで!」
門番が口をあんぐりと開けて槍を取り落とす横を、堂々と行進していく。
犬や猫、羊までもが混じっている。
「好きなだけ招待してよいと、王からは承っております。残念ながら、生き残った同胞と恩師には断られてしまいましたが……」
あれほど過酷な戦場を生き残ったのだ。今は静かに過ごしたいだろう。
「アラタは参列してくれますか!?」
「ん、あぁ。招待してくれるなら喜んで」
とんとん拍子で事が進む。ロウラに事情を話す機会も訪れるだろう。
門の向こうは広い庭園が広がっている。更に進むと巨人でも通れそうなほど天井の高い廊下。
扉や柱、階段の端に至るまで、細やかな模様が施されている。
ドラマや映画でしか見たことない風景。実際に見ると、色の濃さや重厚感、そういったものが空想との違いを突きつけてくる。
「こちらへ、あなたはこちらへ……」
謁見の間とも少し異なる……まるで教会のような部屋で、執事たちがロウラの招待した人々を席に通す。
「ふふ、緊張してきました」
ロウラは頬をぷくりと膨らませては「ぷしゅ」と息を吐くを繰り返す。
「じゃあ、俺は先に」
執事に案内されるまま、ロウラに背中を向ける。
その背に、指先が触れた。振り返ると、ロウラは唇を薄く噛み締めて、不安そうな面持ちで言った。
「アラタ、あとで話したいことがあります」
「……! あぁ、俺もだ」
もしかすると、ロウラは気が付いているのだろうか?
恐らくこの国に居るであろう裏ボス……魔王に与する人間のことを。
礼服を着た兵士たちが一糸乱れぬ歩行で現れ、道を飾る。
同時に、金管楽器の音色がステンドグラスに反射する。
街中で聞いた弾けるパレードのそれと比べると、何層にも重なった響きが荘厳に耳に触れる。
脇部屋から現れた王と王妃が、ゆっくりとすり足で最奥の台座に向かう。
遅れて、王子と思しき人物が毅然とした歩幅を以て中央に据わる。
そして曲は止み、ひと時の静寂が皆を包み込む。
「ロウラ・シュラウガン!」
側近が声を上げる。それに合わせて、ロウラは王子の前へ歩みを進め、両手でスカートを摘まんでから小さく頭を下げた。
その姿を見て、違和感に気が付いた。これが騎士としての叙勲式なのだとすれば、ロウラがドレスを着ているのはおかしい。
「この度の功労、大義であった。全ての民を代表し、礼を言う」
「ありがたきお言葉」
王ではなく、王子が言葉を掛ける。
「ロウラ。汝の剣は魔を討ち、汝の心は私を魅了した。叙勲の栄誉と共に、我が生涯を共に歩む伴侶として迎えたい」
告白――か。なるほど、そういう流れか。だからロウラにドレスを着せたというわけだな。
ロウラが王国の中枢に入り込めたのなら、犯人の捜索もやり易い。だが、同時にロウラが暗殺される危険性も高まる。
「殿下のお言葉、大変嬉しく存じます。しかし、お断りいたします!」
あぁ、馬鹿。なんて馬鹿なことを。俺が困るわけじゃない。でも、豆鉄砲を食らった王子の顔を見てられない。
『あちゃー。あの王子様、勢いで告白しちゃうタイプだ』
イグルの呆れた声が、イヤホンから漏れ出ていないかだけが心配だ。




