2-13
俺とロウラは距離を空けて同時に走った。
さぁ、どうする。どっちを狙う。
剣を持ったロウラか? それとも、得体の知れない俺か?
「はんっ、つまらん小細工だっ! 貫く雷鳴!」
空に光ったそれは、二つに枝分かれして俺とロウラを共に狙う。
「んぐっ……!」
ロウラは痺れ、動きが止まる。
だが――。
「それは俺には効かねぇよ!」
構わず突っ込んで、男の顔面を殴り抜けた。
鼻から血を吹き出しながら、男はヒュリューカを手放して後方へ転がった。
一撃では倒せない。軽い脳震盪状態ではあろうが、それが魔法の発動に影響しないのなら意味はない。
だが、俺はロウラの強さを知っている。
「このっ……貫く雷鳴!」
男が地面に背を付けたまま唱えた。
きっと、月を背にしたロウラの姿が美しく見えたはずだ。
ロウラは体の自由が戻ってすぐ、高く跳んでいた。
空中で、再び落雷を受ける。
「痺れて動けぬ僅かな時間は……ふぅ、重力に身を任せましょう……」
体が硬直しようとも、落下そのものは止まらない。
落雷を受けながら近づく。これがロウラの捨て身の戦法。
ピッ――と、剣先が男の指を杖ごと飛ばした。
「ぎゃっ――」
叫び声がハッキリ形となる前に、ロウラの全体重の乗った膝が、男の腹部を押しつぶす。
「ぼっ、がへあっ……!」
死んでいてもおかしくない程の一撃。
しかしまだ「かひゅぅ」と息を吐く音が聞こえる。
「うびび……久方ぶりに痺れました。文字通り……」
ロウラは、まるで獅子の鬣のようになった髪の毛を片手で抑えた。
「……ありがとう。本当に助かったよ」
ヒュリューカも無事のようだ。
「アラタはぁん!」
続いて、ジェラコたちが追い付く。
「お嬢は無事か!?」
「分からない。あの中だ」
俺がそう言うと、誰よりも早くヒュリューカが教会の扉を開けた。
「ピュナ!」
祭壇の上に、縛られたままのピュナが横たわっている。
「もう大丈夫だ! 目を覚ましてくれ!」
ヒュリューカが駆け寄って、ロープをナイフで切る。
同時に、ピュナの頬に軽く触れ、優しく揺すった。
「ヒュリューカ……様?」
「ピュナ! 無事でよかった!」
意識の戻ったピュナを、ヒュリューカは強く抱きしめた。
『ピュナークのバイタルは正常です。一安心ですね』
イグルからそう聞いて、俺はジェラコとロウラの肩を叩き、背を向けた。
元はと言えば、俺の所為で婚約を破棄されたんだ。
今はヒュリューカに時間をやろう。二人きりにするべきだ。
察してくれたのか、二人も同じように教会から出る。
「なんや、もしかして、元鞘なんか?」
「そうなる可能性もあるな」
ジェラコはずっと、ピュナが元来のシナリオ通りハッピーエンドを迎えることを望んでいる。
この展開は、願ったり叶ったりだろう。
愛情や友情の向き先がどこであれ、感情を爆発させてもらえるのなら俺は満足だ。
「ヒュリューカ殿は婚約を破棄された後も、ピュナの相談に乗ったり、花を送ったり演劇のチケットを送ったり、色々と手厚い方。この結果も必然かもしれませんね」
ロウラが逆立つ髪を両手で束にしながら、この結末に満足する。
「ちょっと寂しいんじゃないのか?」
「それはアラタも同じでは?」
俺たちは、顔を合わせて笑った。
しかし、ふと――顔が引きつる。
「ロウラ、その話いつ聞いた?」
「昨日、演劇を見る前です。ヒュリューカ殿に用があって行けなくなったから、チケットを譲ってくれたと。それをきっかけに他の話も色々……」
確たる証拠はない。
でも、ある考えが頭から離れない。
そう考えると、全ての違和感が解消されるからだ。
町で出会ったゴロツキたち。
彼らは雇われ、ピュナを狙っていた。
あの日、ピュナが町へ行くことを知っているのは、俺たちを除けばチケットを送ったヒュリューカだ。
ゴロツキたちの存在は、以前からピュナが何者かに狙われていたという、作為的な伏線。
そうすることで、疑いの目がヒュリューカへ向き辛くするため……?
思い返せば、何もかも不自然だった。
ピュナの捜索を手分けして行うことを提案したのはヒュリューカだ。
なのに俺たちを追ってきた。最初から、ピュナが北へ連れ去られたと知っていたからだ。
煙幕の魔法に触れながら、捕らえられずに走り抜けられたのも、誘拐犯とグルだとしたら納得だ。
人質になった時も、俺たちを遠ざけようとする言葉を本人の口から聞いた。
そもそも、ピュナを人目のない丘の木の下へ呼び出したのはヒュリューカだ。
これは……自作自演? でもなんで?
そんなの、ヒュリューカがピュナをまだ愛してるからに決まってる。
俺は、オワリと共にいた雨露キュウスイの言葉を思い出した。
『それは君が探偵ではないからだ』
そう、俺は探偵じゃない。主人公じゃない。
だから、こんな簡単なことにも気付けなかった。
いや、もしかしたらこの推理も、ただの勘違いかもしれない。
探偵じゃない……だからこそ、探偵がやらない方法で真実を暴いてやる。
「ジェラコ、話がある」
俺は全てをジェラコに共有した。
「――ホンマか……?」
「さぁな。ただの推測だ。で、どうする?」
決めるのは彼女だ。
ジェラコは俺を押しのけて、教会の扉を蹴った。
「ヒュリューカ・リム・ジェルストン・シャルナあああああク!」
フルネームで呼ばれたヒュリューカは、ハッと振り返る。
ピュナは彼の手を握り、怯えきっていた。
しかし、その視線はヒュリューカではなく、こちらへ向いている。
「あんたぁ、お嬢に何を吹き込んだんや。あぁん?」
「ピュナには全て伝えた! 本当はあの丘で話すつもりだったんだ。ピュナの誘拐を目論んだのは、ロウラ・シュラウガンの従者――君だ!」
まるで演劇のように大げさに、ヒュリューカは俺を指差した。
「とても……信じられません。でも……」
ピュナが出自のハッキリしたヒュリューカを信頼するのは分かる。
対して、俺は自称10年前にピュナを救った男。
いや、自称したつもりはないのだが、ピュナの勘違いを利用した男……そう考えられてもおかしくない。
「知るかボケカス」
ジェラコはずかずかと二人に近づいて、宣言した。
「【主人公は、問答無用に愛される】――愛する人間の前では本音で語るもんやで」
ミステリではあり得ない、洗脳による種明かし。
「あぁ、なんてことだ! 私はピュナを愛しているのに……それなのに、それなのに! 私は、君も愛してしまったようだ……ジェラコ君」
「ウチの前で嘘なんかつかんよなぁ? さっさと吐けやドアホ」
「くっ……、そうだとも! 全ては私の仕業だ。ピュナの愛を取り戻したかったのだ……でも、今は君のことしか考えられない!」
狂ったように腰をうねらせながら、ヒュリューカは真相と愛を語る。
「どういうこと? 何を仰っているの?」
ピュナはただただ、戸惑っている。
「ピュナを誘拐し、私が助ける。シンプルな筋書きさ。もう、何の意味もない。私の愛は今、苛烈にせめぎ合っているのだから!」
「こんなクソガキみたいな男を……ウチは、ウチは……お嬢と婚約させようと……」
ジェラコは歯を食いしばりながら、拳を握った。
「死にさらせええええ!」
それは、綺麗にヒュリューカの前歯を折った。




