2-12
俺とロウラは馬から降りた。
恐らく、ここにいない一人をヒュリューカは追っている。
追い付くためには、目の前の敵を片付けなければならない。
男たちは杖をこちらに向けて、一斉に呪文を唱えた。
重なったそれらを聞き取ることは叶わない。
しかし、どんな魔法かを呪文から予測する必要はない。
彼らとの距離は約10メートル。それが遠距離攻撃であるのなら、何であっても俺には通用しないからだ。
それを理解しているロウラは、瞬時に俺の陰に身を隠す。
「【主人公には、決して弾は当たらない】」
氷の礫も、光の矢も、酸性の粘液であろうと、全て俺には命中しない。
敵が状況を飲み込み、次の呪文を唱えるまでの隙。それさえあれば、俺とロウラで奴らを制圧できる。
そのはずだった――。
「ぐっ……これは……!」
ロウラが苦しそうな声を上げた。
手足を含め、体の一部を煙が包み込んでいる。
首元に纏わりつく煙は、喉を絞めつけているように見えた。
「霧たつ闇は触れた者を絡めとり、絶対に逃がさない」
一人の男が不気味に口角を上げ、種明かしをした。
俺の足にも煙が侵食し、ピクリとも動かせない。
「どうやって俺たちの魔法を防いだか知らないが……動けなければ、これは避けられまい」
五人の男たちは、腰からナイフを抜き、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
まずい、近接攻撃は俺の主人公補正ではどうすることもできない……!
ロウラの力ですら抜け出せない魔法……奥の手を使うしかないのか。
「肌を撫でる爽涼は、山脈の向こうへ――廻天する青!」
知らない呪文が、風と共に俺の背中を吹き抜ける。
体を拘束していた煙は、瞬く間に空へ散った。
「助っ人連れてきたでえええ!」
ジェラコが馬車を引き連れて、颯爽と現れた。
馬車から体を乗り出して、杖を向けているのはルーパだ。
「魔法の煙は、魔法の風で掻き消せる……魔法の相性は1年で履修済みです!」
ルーパは自信に満ち満ちている。
更にもう一人、馬車から降りてくる。
「ここは、このブラニュート様が受け持とう。先に行け!」
まさかこいつが味方になる日がくるとはな。
ロウラの判断は早かった。
既に眼前の敵をブラニュートたちに任せるつもりで、再び馬に跨る。
自然と差し伸べられた手を、俺は取った。
「させるか!」
敵は再び杖を振り、呪文を唱えようとする。
「流星と並ぶ灼熱は、骨まで溶かす――太陽の炎!」
「肌を撫でる爽涼は、山脈の向こうへ――廻天する青!」
ブラニュートが放った炎の玉が、ルーパの放った風にかき回されて、より大きくより強く燃え上がる。
それは狼の牙のような形を成して、敵を飲み込んだ。
「はっはー! ルーパの情けないそよ風如きでも、ブラニュート様にかかればこれ程に輝くのだ!」
「ブラニュートの火がどんなに小さくても、僕の旋風があれば業火にしてあげられるよ!」
お互い、貶しているのか称えているのか分からない。
しかし、肩を組みながら笑う二人の間に、隔たりはなさそうだ。
仲良くなれとは言ったが、この数時間で合体技を披露できるほど仲良くなるとは……。
とても、いじめっ子といじめられっ子だったとは思えない。
「ロウラはん! これ持って行きぃ!」
「ありがとうございます!」
ジェラコは、一本の剣を投げた。
それをキャッチするや否や、ロウラは馬を走らせる。
呻きながら、必至に体の炎を消そうとしている男たちの横を駆け抜けた。
『そう遠くありません。恐らく、ピュナークはその先の教会にいます』
イグルから、追加の情報が届く。
相変わらず、まるで逃げ切るつもりがないかのような足取りだ。
それとも、既にヒュリューカが残りの一人を撃退し、ピュナを保護しているのだろうか?
暫く走ると、古い教会が見えてきた。
「それ以上近づくな!」
教会の前で、男が叫ぶ。
その手はヒュリューカの首に回され、杖の先はこめかみに突きつけられている。
「馬から降りろ……」
俺たちは、その男に従うしかなかった。
「私のことはいい……引き返して、助けを呼ぶんだ……」
ヒュリューカが声を漏らす。
「お前ら、近づいたらこの貴族を殺す。自害するか、引き上げろ。そうすれば、コイツだけは助けてやる」
男は後ずさりしながら、脅しをかける。
「知らないようですね。世界には、友のために全てを擲つ者がいるのです」
ロウラは剣を握り、静かに語る。
まさか、自身を人質交換で差し出そうとしているのか?
「ロウラ、やめ――」
「彼こそが、その覚悟を持った御仁です!」
俺が制止する前に、予想外の言葉が飛び出した。
ロウラが突き出した手の平の先は、紛れもなくヒュリューカを指していた。
「ピュナを助けるため、危険を顧みずに誰よりも早く駆けだしたのが彼です。親友のために命を賭す覚悟がないとは言わせません」
ロウラは勝手に、ヒュリューカを立派な男に仕立て上げる。多分、悪気はない。純粋にそう思っている。
だからこそ、完全にヒュリューカの命はない物として動いている。
「はぁ!?」
男は理解できず、困惑している。
「き、君っ、ここは冷静になり給え! 私はともかく、ピュナが危ういのだ!」
ヒュリューカが焦るのも分かる。
敵が六人だけとは限らない。
教会の中で、ピュナの首筋に刃を当てている者がいるかもしれないのだ。
「結果がどうなるか、知ることはできません。だから、決断するしかないのです。全てを失う前に……!」
ロウラは迷わず、剣を構えて男の方へ走る。
「くっ、このバカ女が……貫く雷鳴!」
その呪文は、あまりにも短い。
杖の先は、変わらずヒュリューカのこめかみ。
そして攻撃は、意識の外からやってくる。
「がっ……!」
落雷。
天から降り注いだ青い稲妻が、ロウラを直撃した。
体は小刻みに震え、異様な臭いが鼻を突いた。
「ロウラあああ!」
俺の主人公補正は、俺自身を中心に発動する。
ロウラへ目掛けた攻撃を、俺は防ぐことができなかった。
「かはははは! 呪文の簡略化だぁ! お前ら学生とは格が違うんだよ!」
ヒュリューカを引きずりながら、男は嗤い続けた。
「ふぅぅぅぅ……厄介ですね。受ければ瞬間、筋肉が痺れて動けなくなる」
「ロ、ロウラ、無事なのか?」
ロウラは倒れることも無く、スッと半身を上げた。
その髪の毛はふわりと逆立ち、パチパチと小さく音を立てている。
「えぇ、かつて紫電の火山で修行をしていた頃に、何度も落雷を受けましたので。あと3回は受けられます!」
紫電の火山とやらがどんな場所かは分からないが、何となく修行の様子は想像できた。
無茶で無謀な経験が、ロウラの強さの秘訣なのだろう。
「な、何だこいつは……!?」
翻弄される男は、再び口を開いた。
「アラタ!」
「あぁ、行くぞ!」
ロウラが落雷を耐えられるのなら、この男の攻略は簡単だ!




