2-11
誰もがハッとした。
俺たち以外に、その悲鳴がピュナの声だと気付いた者は何人いただろうか。
「アラタっ!」
ロウラは俺を呼び、返事も待たずに悲鳴が聞こえた方角へ向けて地面を蹴った。
ほんの一瞬遅れて、その背を追った。
庭園の先の林を横切り、人工的に作られた小さな丘を登る。
大きな木の根元には、既に複数の人間が集まっていた。
ヒュリューカと、恐らくその従者たちだ。
「君たちは……!」
額に冷や汗を流すヒュリューカが、俺たちの存在に気付く。
「ピュナ……様はどこへ!?」
俺は咄嗟に状況を確認した。
一体何が起きたのか。先に悲鳴のもとへ辿り着いた彼らに問うしかない。
「わからない……。くそっ! 私の所為だ……」
ヒュリューカは膝を付いて項垂れた。
「ピュナに大事な話があって、ここへ呼び出したんだ。私がもっと早く来ていれば……!」
「大事な話? それは何ですか?」
「……家のことさ。ピュナとは色々あったからね。二人だけの、相談事さ」
ヒュリューカは、何故そんなことを聞くのかと、訝し気に顔を歪めながら答えた。
なんであれ、不審な点は洗っておく必要がある。
パーティーの最中、そして事件……どうしても脳裏を過る夜がある。
ロウラの師が、国と弟子を裏切った日の夜だ。
だからこそ、まずは身近な者を疑おう。
「なぜそんな大切な話を、わざわざ今夜しようと思ったのですか?」
「まさか、私を疑っているのか? 私がピュナを傷つける理由はない!」
ヒュリューカは息を荒らげながら迫った。
確かに言う通りだ。
仮に婚約を破棄されたことを恨んでいたとして、自身が疑われかねない日を選んだりはしない。
殺し屋を雇うなり、部下を使うなり、方法はいくらでもある。
「ヒュリューカ様、馬の用意ができました」
従者の一人が、手綱を引いて馬を丘の上へ連れてきた。
「私はピュナを探す! 君たちは戻り給え!」
馬に跨ったヒュリューカの姿を見て、ロウラが思いついたように手を打った。
「馬がいるのですね! では……すうぅぅ――」
大きく息を吸い、ロウラは指で輪を作って、それを咥えた。
甲高い口笛が、夜風を劈く。
「な、何をしているんだ?」
ヒュリューカが疑問を呈すと同時に、大地を駆ける蹄の音が近づいてくる。
どこからともなく現れた馬に、ロウラは跨った。
「さぁ、アラタ。私たちも行きましょう!」
「ど、どこの馬!? てかどうやって呼んだんだ!?」
「騎士の呼びかけに応えぬ馬などおりません! さぁ、急がなければ!」
どういう理屈だ!?
だが、実際にこうして馬が現れたのだから、ロウラの謎理論を否定しようもない。
俺は手を取り、片足を上げた。
片手では跨るのも一苦労……と思ったが、ロウラがあまりにも軽々俺を持ち上げるものだから、案外すんなりと乗り上げることができた。
「……協力してくれるのならありがたい。君たちは西を探してくれ。私は北を……他の者は東を探索する準備を進めてくれ!」
取り急ぎ入手できた馬は二匹。
捜索の手はまだ足りない。
『ピュナークの現在位置、把握済みです! 北へ向かってください。細かいルートは私が案内します!』
イグルの声が届く。
流石、神の見えざる手は頼りになる。
「俺たちも北へ向かいます!」
「何!? 今は手分けして――」
「行け、ロウラ!」
「分かりましたっ!」
俺は無理やり、北へ馬を走らせた。
「君たちはっ……、ピュナの居場所を知っているのか!?」
馬を並走させ、ヒュリューカが声を上げる。
彼にとって、俺たちは随分怪しく見えるはずだ。
それは分かっているが、今はスピード重視。
ピュナの居場所を知っている理由を、説明なんてしていられない。
2分も走ると、学園の塀が見えてきた。
その一部は破壊されている。
ピュナを攫うために、何故ここまでする?
あまりにも、相手にとってのリスクが大きすぎる。
それこそ、ピュナが学園外に出た際を狙えばいいはずだ。
そういえば――。
「昨日……、ピュナ様と町に出ました。その時、ゴロツキに狙われて……そいつらは多分、誰かに雇われてた!」
俺は風を切る音に掻き消されないよう、腹から声を出した。
「ピュナはその時から狙われていたのかっ! だが、そんなことをする相手に覚えがない……!」
ヒュリューカは、意外にも簡単に俺の言うことを信じた。
しかし、手掛かりはなさそうだ。
『アラタさん、もうすぐ追いつけますよ!』
イグルの報告が、俺を混乱させる。
追いつくのが早すぎる。
潜伏するにしても、もっと学園から離れてからのはずだ。
「ロウラ、待ち伏せされているのかもしれない。気を付けろ」
「はいっ! 心得ています!」
俺はそう警告した後、ヒュリューカにも声を掛けた。
「敵の狙いは、あなたかもしれない! 俺たちが先行します!」
ピュナを餌に、元婚約者を誘き出す。そんなシナリオが思い浮かんだ。
確証はないが、念のため伝えておいて損はない。
「見えてきました!」
ロウラが叫ぶ。
前方には馬を走らせる六人の男たち。
その内一人の馬には、縛られたピュナがうつ伏せに寝かされている。
鞍に固定されているのか、激しい揺れにも動じない。
「眩む先の灯は、暗雲の中に――霧たつ闇!」
一人の男が、呪文を唱えた。
地面に向けて振り下ろされた杖の先から、煙幕が放たれる。
それは一瞬にして辺り一面に広がった。
「ロ、ロウラ、止まってくれ!」
俺が慌てて懇願するよりも先に、ロウラは手綱を強く引いて、その場に留まった。
「心配無用です。私も馬鹿ではありません。無暗に突っ込めば、馬が酷い目に遭うかもしれませんから」
なるほど。馬ではなく、自らの足で走っていたのなら突っ込んでいたということか。
俺はロウラの無謀を解析しつつ、イグルに迂回ルートを問う。
ひと時の静止。それを叱咤するように、構わず駆け抜ける者があった。
ヒュリューカは戸惑うことなく、煙幕へ身を投じる。
「ううむ、なかなか気骨のある御仁ですね!」
ロウラは感嘆し、未だ立ち込める煙幕へ向かって再び馬を走らせた。
もし、煙幕の向こうで待ち伏せされていたり、罠が張られている場合、先陣を切った者が犠牲となる。
ここで戸惑っていれば、その犠牲が無駄になってしまう。
ロウラはそれが分かって、無謀を良しとした。
煙幕を抜けた先……そこには既にヒュリューカの姿はなかった。
代わりに、五人の男たちが行く手を阻む。




