2-10
耳打ちを終えると、ルーパは引きつった顔を隠そうとする。
「な、なんでそんなこと僕が……」
「頼むよ。それがロウラのためになるんだ」
ルーパは頷きながら項垂れた。
そうしてトボトボと、時折こちらをチラリと振り返りつつ去って行った。
「何を話したのですか?」
「あぁ、第二の友情作戦さ」
俺の言葉を聞いて、ロウラは首をかしげる。
「今日は大切な日だ。ブラニュートとルーパには、仲良くなってもらわないと」
唯一、明確にロウラへの敵意を持っているのは、ブラニュートのみ。
大一番で邪魔をされるわけにはいかない。だから、ルーパにはデコイになってもらう。
この一週間で把握した、ジェラコの趣味や好きな物をルーパに教えた。
ブラニュートには、まだジェラコの愛の洗脳が効いているはず。
ジェラコを出汁にすれば、ブラニュートと良くなれる。いや、絶対に仲良くなれ。
それがルーパへの指令……もとい、お願いだ。
意図を理解できずに「うーん」と唸りながらも、ロウラは足を止めない。
そしてようやく、食堂へ辿り着く。
開け放たれた扉をくぐると、待ってましたと言わんばかりに、一斉に視線がこちらへ向いた。
「ロウラ様! 是非私のシェフの料理を!」
「いいえ、そちらの者より、わたくしのシェフの方が腕が立ちます!」
わらわらとロウラのもとにやってくる女子生徒たち。
誰もかれもが、自分のお抱えシェフの料理を振る舞おうとする。
普通こういう時は、手作りのクッキーとかチョコとかでアピールするものじゃないのか?
「も、もちろん全て頂きますが、順番です! 端から制覇していきますから、落ち着いて!」
この学園に置いて、ロウラはどの男子生徒よりモテているだろう。
「アラタも一緒に」
「いえ、私はただの執事。お邪魔はできません」
「そんなこと言わずに!」
構わずロウラが俺の腕を引こうとする。
「大丈夫、食堂の端にいるから。それより、視線が痛いんだ。俺は刺されたくない」
この様子を見て、女子生徒たちは鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。
重要な日だからこそ、くだらないトラブルは避けたい。
「むむむ、仕方ありませんね……」
そう言って、ロウラは渋々女子生徒たちの波にのまれていった。
「さて、夜まで暇だな……」
竜星祭の目玉は、夜の野外ダンスパーティー。
最後には、生徒たちが魔法を空へ打ち上げるイベントもある。
そのエモーショナルな空気を利用して、ピュナの感情を最大限に高ぶらせる。
それが今夜の作戦だ。
***
日は沈み、微かに星が見えてきた頃。
庭園には食事が運び込まれ、人が集まる。
「こんばんは、アラタ様」
普段よりも少しだけ豪華に着飾ったピュナが、優雅に振る舞う。
「日中は歌唱の催しでお会いできず、とても寂しかったです。来賓の方々限定でなければ、アラタ様にもお聴きいただきたかったわ」
「えぇ、実に残念です。私も聞いてみたかった」
姿が見えないとは思っていたが、そういうイベントもあったのか。
「おぉ、今日は一段と小さいですね!」
ロウラが微笑みながら、馬鹿にしたようなことを言う。
「縮まないわよ! わたくしはセーターか何か!?」
「ち、違います。間違えました。一段と可愛いなぁ、と言いたかったんです!」
ロウラにとっては、小さい物ほど可愛いらしい。
「アラタはん。ちょっと顔貸してぇな」
「ん、どうした?」
俺はジェラコに袖を引っ張られる。
「見えるか? こっちに向かってくる男」
「あの銀髪の男か?」
「そうや。アレがお嬢の婚約者になるはずだった男や……」
ただただ気まずそうにするジェラコを見ながら、どう対応すればいいのか考える。
婚約を破棄された男は、ピュナの敵か? それとも友か?
わざわざフラれた相手の前に姿を現す意味はなんだ?
「久しぶりだね。ピュナ」
一切の迷いなく、その男はピュナへ声を掛けた。
「っ! お久しぶりです。ヒュリューカ様」
ピュナはビッと背筋を伸ばして会釈する。
ぎこちない感じだが……それも当然か。
「ヒュリューカ・リム・ジェルストン・シャルナーク様や」
「よく覚えられるな、その名前」
俺とジェラコは変わらずコソコソと話し続けた。
「ジェラコも元気にしていたかい?」
ヒュリューカはジェラコにも声を掛けた。
「え!? えぇ、それはもう、お陰様で元気ですぅ」
突然のことで慌てたのか、微妙に関西弁のイントネーションが隠しきれていない。
「君たちは……ピュナのお友達かな?」
「はい! 私はロウラ・シュラウガンと申します。ピュナの親友と言っても過言ではないでしょう!」
「し、親友……!? ちょ、ちょっと勝手にそんな……もう、図々しいわ。んんん」
なかなか良いタイミングでぶっこむじゃないか、ロウラ。
ピュナは満更でもなさそうだ。
「ははは、そうか。でも、ピュナの最初の親友は私さ」
そう言って、ヒュリューカは笑った。
もう、ピュナのことは吹っ切れたのだろうか。
「ピュナをダンスに誘いたいが、私にはもうその資格がない」
「そ、そんなつもりでは……」
「すまない、少し意地悪が過ぎたね。私はピュナの選択を尊重している。だからこそ君に伝えたい――」
ヒュリューカは小さく屈んで、ピュナの耳元で何かを囁いた。
その声は聞き取れない。
そして顔を上げ、ピュナへ声援を送った。
「それじゃあ、私は挨拶回りでもしてくるよ。機会があったら、また会おう」
ヒュリューカは場を乱すわけでもなく、アッサリと人混みの向こうへ消えた。
「……わたくし、用事を思い出しましたわ」
突如、ピュナは背を向ける。
「ジェラコはここで待っていて。お願い」
当然のように後ろに付くジェラコを、ピュナは拒絶した。
そして、俺に向けて声を上げた。
「アラタ様っ! 戻ってきたら、一緒に踊ってくださいますか?」
「えぇ、喜んで」
二つ返事で快諾した。
ピュナは笑って、会場を後にする。
俺が間に入ったところで、今更ロウラとの友情に亀裂が入るわけもない。
そう思ったが、ロウラが小さく頬を膨らませて、不服そうに俺を見ている。
色仕掛け作戦の発案者とは思えない態度だ。
「どうしたんやろ……お嬢」
ジェラコが不安そうに呟いた。
一方、背後では明るい声が集まる。
「私と踊っていただけませんか?」
「私とも、是非!」
食堂でも見た光景だ。
女子生徒たちロウラと過ごしたくて群がってきた。
「ありがとう! 気持ちは嬉しいですが、私はアラタと踊ります!」
ロウラは、俺と腕を組んで宣言した。
「へ?」
間抜けな声を上げると同時に、俺の体は庭園の中央へ引っ張られる。
「たまには私の気持ちにも答えてもらわないと! いい加減拗ねてしまいますよ?」
「お、俺はダンスは……ほら、左手がさ」
「大丈夫。形など気にせず、雰囲気でよいのです」
そう言って、ロウラは俺の右手を握った。
夜空の下で響く、クラシックの生演奏。それに合わせて、俺はステップを踏んだ。
目の前の潤んだ瞳を、静かに見つめる。
しかし、その静寂は一人の悲鳴によって切り裂かれた。




