2-9
約3時間後、観劇を終えたピュナたちが劇場から出てきた。
「アラタ様っ!」
俺を見るなりピュナが駆け寄ってくる。
「泣いているのですか?」
「んぐす……えぇ、悲劇だと思っていたのだけれど、最後は二人が幸せになって……」
ピュナはハンカチを目頭に当てながら、鼻をすすった。
普段のツンとした態度からは想像できない程、物語に感情移入したみたいだ。
「魔法を使った演出が圧巻でしたね!」
対してロウラは、ひたすら見栄えを称賛した。
「そろそろ帰りましょうか。お嬢様」
そう言うジェラコの肩越しに、少し赤らみ始めた空が光る。
「そうね。明日は竜星祭。あまりはしゃいでいては、体に障るわ」
同意するピュナの前に、両手を広げたロウラが立ち塞がる。
「少しだけお待ちを! すぐ戻ります!」
ワッと声を上げ、そのまま駆けだした。
少し先にある古びた店へ直行し、迷いなく扉をくぐる。
二本の斧の形をしたモニュメントが、扉の上に飾られている。
一体何の店だ?
暫くすると、ロウラは箱を抱えて戻ってきた。
「これを!」
「わ、わたくしに?」
それはピュナへのプレゼント。
そうだ。これは俺がついた嘘の尻ぬぐい。
ピュナへ、ロウラから靴をプレゼントする……そんな嘘をついた。
友情作戦に関連することは全てロウラに共有している。
だからこうして、嘘を現実にするために奔走してくれたのだ。
「こ、これは……」
ピュナは箱を開けて絶句する。
中から出てきたのは、つま先から膝までを覆うレッグウォーマー……ではなく、レッグアーマー。
ガチャリと音を立てて、分厚い金属が鈍色を反射させる。
「脚を負傷すれば、戦地に赴くこともできません。頭と心の臓、その次に重要なのは脚!」
違う、そうじゃない。これは靴じゃない。甲冑としても中途半端だ。
「ふ、ふふふっ……そうね、ロウラらしい良い選択だわ!」
「是非使ってください!」
「機会があればね。一生ないかもしれませんけど!」
そんな様子を見ながら、瞳を潤ませるジェラコの背中を叩いて、俺たちは帰路についた。
***
翌日。
午後から催される竜星祭を前に、俺とロウラは気合を入れ直す。
「俺からすれば、友情作戦は順調だ。今夜、ロウラからピュナへ打ち明けてくれ」
「分かりました」
世界を壊す巨悪の存在。そしてロウラの生い立ち。それらをピュナにありのまま告白する。
その上で、素直に助けを乞う。
友に同情する心が強ければ強いほど、主人公補正を強化するだけの十分な感情が乗るはずだ。
「でも……私はまだ、恋心の方が友情に勝ると思っています。本当にこれで上手くいくのでしょうか」
ロウラは目を細め、鏡越しに問う。
その不安の気持ちは分かる。だが、自信がなければ強引に作戦を変更したりしない。
「世界にはな、友人のために自分の全部を犠牲にできる奴もいるんだ」
「まるで自分のことを言っているように聞こえます」
ロウラは振り返り、俺の鼻先に顔を近づける。
「はは、俺がそんな奴に見えるか?」
「見えますとも」
「……それはロウラの色眼鏡だよ」
相変わらず、ロウラは俺のことを過大評価しているようだ。
俺たちは寮棟を後にして校舎へ向かう。
近づくにつれて、賑やかな声が届く。しかし、それはとても静かだった。
「どこまでも上品だな……」
「ううむ、やはり屋台がないから活気がないのでは?」
活気がないわけじゃない。しかし、大声で人を呼び込む者などいない。
ただ静かに佇み、過行く人々と小さく優雅に会話する。それだけだ。
案内看板が所々に立てられているが、なんて書いてあるのかは分からない。
専用のコンタクトを付ければ、視界に入れた文字も翻訳できるが、ケアが面倒くさいので俺は着用していない。
『生徒お抱えのシェフたちが、学校の食堂で料理を振る舞ってるっぽいですよ』
イグルが看板の中身を要約してくれた。
『生徒が作った芸術作品の展示もあるみたいですねぇ』
俺はそっちの方が興味あるな。
しかし、ロウラの興味がどこにあるかは明白だった。
「アラタ、アラタ。あっちから良い匂いがします。行ってみましょう」
潤んだ眼が、俺に訴えかける。
「仕方ないな」
そう言って、ロウラに手を引かれるままに食堂へ向かう。
道中、様々な展示品が目に入る。
『貴族の作った展示品は高いですからね。壊さないで下さいよ?』
「分かってるよ」
イグルが余計な世話を焼く。
俺は軽くあしらいながら、展示品の前を歩く。
一角には活花なんかも飾られているが、ほとんどが彫像や絵画だ。
俺は、その中でも一際大きな絵画の前で立ち止まった。
「どうしました?」
「いや、これ……」
俺は目を奪われた。
その額縁は天井にまで届き、壁一面を覆っている。
油絵の具で描かれた山脈と夜空。
地上で祈る人々の前には、巨大な何かが描かれていた。
コガネムシを思わせる胴が、葉脈のような羽を広げている。
海ブドウに酷似した形の尻尾が大地に横たわり、頭からは二本の触手が伸び、その先端には人面が嗤う。
気味の悪い、異形の何か。
「イグル……これ、なんて書いてあるんだ?」
額縁の端に、恐らく絵画の名が刻まれているであろうプレートが付いている。
『星降りの竜――ですね』
俺が知る竜の造形とは、全く異なっている。
「これがこの世界の竜なのか……」
生理的な嫌悪感が、首筋に走った。
「ほほう、これが竜。私の世界の竜は、もっと「ギャオウッ!」という感じの生き物でしたが」
「こんなのが本当にいるんなら、たまったもんじゃないな」
俺の世界の竜は架空の生き物。
しかし、異世界ではそういった類の生き物が平気で実在していたりする。
「竜に興味がありますか?」
絵画を見上げる俺の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「竜が月からきたという説をご存じですか? 元々この星に生息していた魔法生物は竜と戦い――」
饒舌に語るこいつは……そうだ、ルーパだ。いじめられっ子のルーパ。
「いいよいいよ、そういう話は」
俺は手を振って制止した。
絵画に圧巻されただけで、竜について詳らかに聞きたいわけじゃない。
「アラタ、早く行きましょう! 料理が魚だけになってしまいますよ!」
「俺は魚、好きだけどなぁ」
ロウラに促され、俺は一度ルーパに背を向けた。
しかし、ある思い付きで足を止めた。
「そうだ、ルーパ。お前、ロウラに助けられた恩があるよな?」
「え? あ、はい……何かお礼はしたいなぁ、と思っていましたが……」
「じゃあ、今が恩返しの時だ」
俺は強張るルーパの肩へ手を回して、懇切丁寧にお願いする。




