表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

1-1

 西暦2999年。日本。


「異世界保全課第三班、折時(おりとき)アラタ」

『承認しました』


 プシュ、と音を立てて扉がスライドする。面倒なことに、俺はあと五回は名乗って同じような扉を越えなきゃならない。


「あ、おはようございます」

「おはよう、イグル」


 始業前だと言うのに、高梨イグルはせわしなくキーボードを叩いている。

 男女二人だけの小さなオフィス。俺は居心地の悪さを感じながら、席に着いた。

 技術的なことは若いイグルに任せて、俺はモニターに映る数値や図形やらを眺める。


「なぁ、これが赤くなってるとマズいんだったか?」

「波形はどうですかぁ?」

「波形? あぁ、なんかすごい。良い波きてるよ」

「サーファーじゃないんですから。で、均衡値は800きってます?」

「どれだっけ?」

「一番上の数字です」

「1740だな」

「1740!?」


 イグルが血相を変えた。


「ちょちょちょ、ヤバいなんてもんじゃないですよ! リカバリ効きませんよこれは!」


 俺たち第三班が監視する異世界の物語が、大きく変わろうとしている。

 主に外的要因によって運命が捻じ曲がると、世界の消滅に繋がるらしい。


「あわわ、これは大変ですよ! 主人公死んじゃいますよこれはあああ!」


 そう、例えば主人公が序盤で死ぬとか。


「アラタさん、出番ですよ!」

「やっぱ行かないとダメか?」

「そのためだけに雇われてるようなもんなんだから、ダメにきまってるでしょう!」


 所謂、神の見えざる手で外界から手を加え、物語を元の軌道に戻すこともできる。

 でも、今回はそうはいかないらしい。


「はぁ、じゃあデータくれ、データ」

「対象はロウラ・シュラウガン。予定より3年も早く魔王討伐に参加しちゃってます」


 仲間との出会いも成長するイベントも全部すっ飛ばしたか。


「17歳で、特徴はぁ……騎士! あと髪の色はナイルブルー!」

「ナイ……え、なんて? ま、青っぽい感じか」


 大体の容姿が分かればなんとかなるだろう。

 

「とりあえず逃がせばいいんだな?」

「はい、可能な限り五体満足で逃がしてください!」


 俺は転送装置の上に立つ。不測の事態が発生した場合は、こうして人間が現地に赴くしかない。


『通信確保完了』

『言語設定完了』

『免疫調整完了』

主人公補正(イミュニティ)、起動完了』


 機械音声が鳴り終わると、足元から紫色の光に侵食されていく。


「準備完了です。失敗したら始末書と減給です! マジで成功させてください!」

「うぃ」


 熱はない。イグルほど仕事に責任を感じてないし、矜持もない。

 だが、任されたからにはやってやろう。


 視界が徐々に歪み、世界が書き換わる。

 異世界の草木が靴の裏を押し返す。

 広がるのは悲惨な景色。枯れた荒野を滑るように、光の弾が飛んでくる。

 

「【主人公には、決して弾は当たらない】」


 俺は世界への干渉を宣言する。事前でも事後でもいい。そうしなければ、主人公補正(イミュニティ)は効果を発揮しない。

 光の弾は、最初から決まっていたかのように俺に被弾しない軌道を描く。


「さて、ロウラはどこかな」


 振り返ると、そこに少女がいた。

 確かに髪は青っぽい。風貌もまるっきり騎士だ。背は高めだが、幼さを残した容姿は年齢相応だ。

 

「き、貴様何者だ! ここは危険――」


 ロウラが叫ぶと同時に、背中に風圧を感じた。

 俺は念のためもう一度、今度は本当に主人公のために宣言する。


「【主人公には、決して弾は当たらない】」


 これでロウラを救うことができた。あとはこの場から一緒に離脱できればミッションクリアだ。


「あーあー、伝わってるかな?」

『大丈夫ですよ、言語設定ミスってないですから!』


 イヤホンから聞こえるイグルの声が耳を劈く。音量設定はミスったようだな。


「君を助けに来た。俺を盾にしてさっさと逃げるぞ」

「な、何故私などを……」

「それは君がこの世界の主人公だから」

「主人……公? 何を言って……」


 当然そうなる。理解できるはずもない。


『魔王は魔術師の成れの果てです。基本的に本体は弱いので、ひたすら遠距離攻撃しかしてきません』

「とにかく、俺には遠距離攻撃は当たらない。俺の陰に隠れてれば安全だ」

『まさにアラタさんの主人公補正(イミュニティ)と相性ピッタリの相手ですね』

「うるさいなぁ」

『口に出ちゃってますよアラタさん』


 ロウラはほんの一瞬だけ呆けたように見えたが、すぐに唇を噛んで立ち上がった。


「もう少しなのです。魔王は眼前! あと数歩駆ければ、この剣を喉元に突き立てられます!」

「あー、500メートルぐらい離れてる気がするけど……」

「今! まさにこの場所で私は死ぬはずだった。そうならなかったのは僥倖。ならば騎士道に従って進むだけ!」


 あまりにも愚直すぎる。死ぬために生きているような奴だ。


「いざ!」

「あーあ……」

『あーあ、じゃないですよ! さっさと追いかけてください!」

「いや、あれに追いつけるわけないだろ」


 ロウラは普通の人間だ。しかし、異世界の普通が俺たちの普通と同じとは限らない。

 酸素濃度や重力の違いで、生物の在り方は大きく変わる。

 現に、ロウラはオリンピック選手も顔負けの速さで走っている。


『あ、ダメだこれ。絶対死ぬ』


 遂にイグルも匙を投げた。

 魔王に降り注ぐ光の柱。魔法には詳しくないが、全力の一撃を放とうとしていることは予想できる。

 恐らく、ロウラはあと一歩届かない。


「イグル、あれできるか? 神の見えざる手だよ」

『簡単に言ってくれますねぇ……』


 俺は仕組みを理解していないが、イグルはいつも小手先で異世界の均衡を保っている。

 どれだけ大変な作業か知らないが、何かできるはずだ。


『世界の構造変えるの絶対間に合わないんで、アラタさんの方に干渉しますから! 覚悟しといてくださいよ!』


 俺? そうか、俺か。何をされるのか分からないのに、どう覚悟しろって言うんだ。

 詳細を聞くより先に、イグルが声を上げた。


『空間座標……再設定完了!』


 ターンッ、とエンターキーを弾く音が聞こえた。

 すると突然、眼前にロウラの背中が現れる。俺が瞬間移動したのか。

 再び距離が空く前に、咄嗟の判断で彼女の手を掴んだ。


「……ッ!?」

「よっ、また会ったな」

 

 突然のことに、ロウラが間抜けな声を上げる。


『でも、これからどうするんですか!? 多分あれ、地表を消し炭にするほどヤバいやつですよ!』


 逃げ場なしってことか。流石の主人公補正(イミュニティ)にも限度がある。外れようのない弾は避けられない。


「ロウラ、とりあえず止まれ」


 俺ごと引きずる勢いだ。とにかくロウラを落ち着かせる必要がある。


「勝機を逃すおつもりか!?」

「俺が0%の可能性を1%にしてやる」


 今でも魔王を倒せると信じているのか、ロウラは0%という言葉に眉をひそめる。


「剣を持つように握れ」

「い、いや、形が違うので……」

「気持ちの話だ。魔王の全力を弾く。とにかく感情を乗せろ。怒りでも何でもいい」


 主人公補正(イミュニティ)は主人公の感情によって力を増す。

 俺の存在はあくまで主人公補正(イミュニティ)という剣。それをうまく扱えるのは、主人公本人以外にない。


「感情を乗せるにはどうすれば?」

「とりあえず叫んどけ」


 右手をロウラに、左手を魔王に向けて突き出す。


「来るぞ」


 光が放たれる。しかし、眩しくない。むしろ暗く感じる。感情すら握りつぶす暗黒の意思が向かってくる。

 それでも、ロウラの馬鹿みたいに短絡的な性格なら、負けない程の感情をぶつけてくれるはずだ。


「少し、熱くなってきたな」


 久しぶりに沸き起こる熱。生き死にの中にだけ垣間見える、失ったはずの高揚。

 それに応えるように、ロウラが俺の右手を包み込んで握り返した。


「――っすうぅ、ステーキが食べたあああああああああああああああああああああああ!」


 ロウラの声が空まで届く……翻訳ミスかな?

 どんな感情でもいいとは言ったが、ここ一番の場面を食欲で攻めるのか?

 異世界の言葉ではきっと威厳のある咆哮に違いない。そう思おう。

 

「ぐっ……ぐぅうううううう!」


 ドンッ、という衝撃と共に魔弾が裂ける。左手にのしかかる衝撃を歯を食いしばりながらなんとか抑え込む。

 真横へ流れる重力に耐えきれず、中指が折れ曲がり、次に人差し指が捻じ曲がる。一本、また一本と左手の指が使い物にならなくなる。

 手首の潰れる感覚が襲う。前腕が広がり、パキンと砕けた音がした。


「がああああああああああああ!」

「あああああああああああああ!」


 互いに叫び続ける。それでも一向に魔弾は放出をやめない。

 直前で裂けていた魔弾は次第に左手そのものを飲み込み始めた。

 肉の焦げる臭いが鼻を突く。


「あああああああああああああ!」


 留まるところを知らない魔弾と同じく、ロウラは肺から空気が抜けた後も声を上げ続けた。

 主人公を主人公たらしめる気合。そういうのは嫌いじゃない。


 ロウラの声に背中を押され、俺は最後の力を振り絞って、魔弾を掴むように左手を握った。


「――曲がれえええええええええ!」


 そのまま天に向けて腕を振り上げた。

 同時に、魔弾は雲を掻き消して星になる。


「あああ……いぃぃぃ……」


 酸欠でふらついたロウラに手を引かれ、俺は仰向けに倒れた。


「はぁ、はぁ、上出来じゃないか……」


 俺は余裕ぶって言った。でも、腕の痛みが全身に広がって意識は朦朧としている。

 必殺の一撃は回避した。あとは逃げるだけ。でも俺は動けない。


「逃げろ、ロウラ」


 ロウラは息を大きく吸い込み、飛び跳ねるように起き上がった。


「逆です。今こそ、攻めるべき時」

「は?」


 全部無駄にするつもりか?

 そう言いたかったが、言葉を吐くのも一苦労だ。もう説得すらできない。


『いや、アリですよ。魔王は今の一撃で魔力を殆ど使い切りました。チャンスかも……』


 イグルが無責任なことを言う。

 もし見当違いだったら、左腕を失った上に始末書と減給だ。


 気が付けば、走る音だけ残してロウラは姿を消した。


「がんばれ――」


 心の底から出た言葉。もうどうにでもなれ。なら応援するしかないだろう。

 爆発音と鉄がぶつかる音がけたたましく響く。体に響く重低音が、込み上げる吐き気と眩む視界を悪化させる。

 それでも、息を止めて顔を上げた。少しでもロウラの勇士を目に焼き付けておくために。

 

 ミイラのように悍ましく痩せこけた魔王が、紫のオーラを纏って杖を振る。

 ロウラの洗礼された動きの前では、魔王の姿は駄々をこねる子供に等しい。

 糸のように揺らめく剣が、ありとあらゆる関節を切り離していく。

 いずれ、魔王は壊れた人形のように動かなくなった。

 

「……マジか」


 純粋な生物としての強さで見れば、ロウラは既に完成していた。

 魔法という、生物の域を逸脱した力さえなければ、彼女の右に出る者はいない。そう確信した。

 

「もう大丈夫。何もかも終わりました」


 ロウラは微笑んだ。さっきまでの豪胆な顔つきからは想像もできない程に可愛らしく。


「名を聞かせてください」


 ひんやりとした手の平が頬を包んだ。

 もう会うこともないだろう相手に、名乗る必要はない。

 だが、それでは世界を救った英雄に失礼だろう。

 俺は痛みに唇を震わせながら答えた。


「アラタ……だ」

「アラタ。この恩は忘れません」


 まるで死んでしまうかの様な錯覚に陥る。感動のラストってやつだ。


「君は、とことん……主人公、なんだな……」


 俺は安心して目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ