2-8
クローナス魔法学園から、馬車で1時間ほどの所にある町。
緩やかな坂に、レンガ造りの建物が並ぶ。
どこからか響く鐘の音が、切妻屋根の隙間を通って心地良い音色に変わる。
所々に広場があり、噴水の縁に座って寛ぐ人もいれば、リュートをかき鳴らしながら踊る人々もいる。
「屋台はでこでしょうか?」
「そんなものないわよ」
「な、ななな、そんな馬鹿な! これほど活気であふれた街に、屋台がないなんてことがありますか!?」
「まったく……ロウラは食い意地ばっかり張っちゃって」
ピュナが呆れて溜息をついた。
良く見ると、見た目からして品のある人間が多い。
屋台がないのも、それが理由だろうか?
とにかく街全体が清潔だ。
中世の欧州を思わせる異世界には何度も行ったことがあるが、人の集まる街には大抵悪臭が立ち込めている。
「あの二人も、えらい仲良くなったなあ」
ジェラコが、うんうんと大袈裟に頷きながらピュナたちの様子を見守る。
「結局ついてきたんだな」
「当たり前や。アラタはんだけに任せられるかいな」
まぁ、ジェラコにとって俺は、10代の女子をかどわかすキショイおっさんだ。
三人だけにしたくないのは理解する。
「どこかお店に入りましょう!」
ロウラが声を張り上げて、ピュナの小さな手を優しく握った。
「パンケーキの有名なお店があるらしいわ」
「パン……ケーキ? 粉を固めた食べ物ばかりでは、栄養が偏りますよ?」
「健康のために食べてるわけじゃないわよ! ロウラは何が食べたいわけ?」
「ステーキです」
「……想像通りだわ」
俺とのデートのつもりだったろうに、そんなこと忘れてロウラと楽しくはしゃいでいる。
やっぱり、友情ルートで正解だったかもな。
二人の弾む声の向こう側で、招かざる客を見た。
頻繁にこちらへ視線を向ける若い男たち。
茶色く汚れたバンダナや、解れの目立つコート。分かりやすく浮いている。
俺たちが進むと、男たちも頭を掻いたり足首を回しながら、ゆっくりと移動する。
「つけられてるな」
「ははぁ、ホンマやね。どないする? 先に叩いといた方がええよね?」
「そうだな。とりあえず俺が行くよ」
「……その左手で大丈夫なんか?」
「あぁ、俺には”神の見えざる手”も付いてるからな」
「なんやそれ?」
オペレーターが世界に干渉する行為を、俺はそう呼んでいる。
『ばっちりサポートしますよ、アラタさん』
イグルの声がイヤホンから聞こえる。
「ジェラコは二人を頼む」
「任せとき」
俺はそう言い残して、大きく迂回して裏路地に入った。
『そこの角を右です。次の次の角を左に曲がって、階段を上がってください』
イグルの言う通りに進む。
迫る大通り。そこには、ゴロツキの一人がいた。
俺はゴロツキの一人の首根っこを掴んで、裏路地に引きずり込む。
「ぐえはっ!」
その苦しそうな声を聞いて、他のゴロツキどもが振り返る。
首を絞められる仲間を見て、彼らはどうするかな?
「て、てめぇ!」
語彙も冷静さもなく、ゴロツキどもは素直にこちらへ向かってくる。
ここは狭い一本道。これで多勢の優位は、ほとんどなくなった。
「さぁ、こいよ。久々の運動だ」
俺は一人を絞め落として、右手を自由にする。
残りの敵は三人。
「ブッ飛ばしてやる!」
そう言って取り出したのはナイフ。
そして棍棒。最後の一人はステゴロだ。
「なんだ、魔法は使わないのか」
遠距離攻撃なら楽勝だったんだがな。
まぁいいさ。
「死ねぇ!」
ナイフはギプスで弾く。ツン、と後頭部にまで響く痛みを拳に乗せて、脇腹を殴り抜けた。
「ぐへぁ……」
目の前の敵が倒れると、棍棒を振り上げた敵が姿を現す。
隙だらけの胴へ、全力の蹴りを放つ。
男は1メートルほど吹き飛んだ。
『アラタさん、上です!』
イグルの警告が、俺の反応速度を上げる。
最後の一人は、いつの間にか壁をよじ登っていたようだ。
俺は大きく一歩下がるだけでいい。
「なっ!?」
上空から顔面に膝蹴りを食らわせ、そのまま馬乗りになれば勝利は確定。
だからこそ、それが失敗した時の声は上擦っていた。
口を開けたまま立ち尽くす男の顎へ、俺は拳を振り上げた。
『おぉ、流石。怪我してても、喧嘩だけは微妙に強いですね』
「微妙は余計だ」
完璧な勝利。だが、腑に落ちない。
「いくら何でも弱すぎるな」
『地元の不良なんじゃないですか?』
そうかもしれない。だが、確かめておこう。
「おい、起きろ」
「う、うぅぅ」
最初に脇腹を殴った男の胸倉を掴む。
「何で彼女たちを狙った?」
「か、金目の物を盗もうと思っただけだ。暴力を振るう気も、拉致るつもりもなかった!」
男は必死に弁解した。
「誰に雇われた?」
「……そ、それは……言えねぇ!」
男は諦めたように顔を背けた。
この反応は……誰かの指示の下に動いている可能性がある。
誰かに責任を押し付けたいなら、嘘の雇い主をでっち上げればいい。
または、雇い主はいない、知らないと答えればいい。
仮に雇われているとして、何でこんなゴロツキたちを使うんだ?
素人仕事が過ぎて、尾行には気付かれるし、こうして俺に倒される始末。
やはり腑に落ちない。
「急いで戻ろう……! イグル、案内頼む」
『了解でっす』
胸騒ぎがした。
もしかすると、これは陽動かもしれない。
この隙に、真の刺客がピュナたちに差し向けられているのかも……!
俺は走った。息も絶え絶えに、膝を付く。
「はは、取り越し苦労だったな」
近道のために突き進んだ裏路地の陰から、楽しそうに歩く三人の姿が見えた。
「あ、あれ? アラタ様はどちらへ!?」
「あの男は腹痛で茂みを探しに行きました。当分戻ってはこないと思います」
俺の不在に気が付いたピュナに対して、ジェラコがとんでもない嘘をつく。
その恥ずかしい嘘の所為で、俺は物陰から出て行く機会を失った。
「そ、そんな……。一緒に観劇を、と思っていましたのに……。もう開演時間が……」
ピュナの手には、二枚のチケットが握られている。
「ううむ、演劇ですか。懐かしい……一度だけ父上に連れて行ってもらったことがあります。あの煌びやかさは忘れられません」
「……じゃあ、一緒に……観る?」
「いいのですか? 見たところ二人分。ジェラコと一緒の方が……」
「ロウラ様! 私のことはお気になさらず。お嬢様も、ね?」
ふと、物陰からジェラコと目が合った。
俺はサムズアップで、危機が去ったことを伝える。
ジェラコは唇を尖らせて、不躾に応答した。
そう、危機は去った。そのはずだ。
なのに、喉に刺さった小骨のような違和感が、不安を募らせる――。




