2-7
竜星祭まであと5日。
俺たちは全ての授業が終わったあと、魔法の特訓を始めた。
「では、私から――開けぇ、ゴマああああ!」
ロウラは叫びながら杖を林檎の木へ振った。
”開けゴマ”か。実際にはなんて言っているんだろう。
境界技研の翻訳技術は高い。それらしい意訳となっているはずだが……。
俺たちの世界の物語や歴史、場所なんかから由来する言葉がロウラの口から出ると、なんだかそわそわしてしまう。
「何なの、それは?」
ピュナは呆れた声で確認する。
「もちろん、呪文です」
「呪文んん? 叫んでどうするのよ」
「囁いた方が良いでしょうか?」
「声にしてはダメ、と言っているの。いい? 呪文は魔力を震わせて発生する音よ」
俺は授業で魔法を使う生徒たちを思い出す。
確かに、呪文を唱える際に誰も口を動かしていなかった。
「何で知らないの? あなた、2年生よね?」
ロウラは2学年への転入生……という設定。
授業で得られる知識は、応用的な物ばかり。逆に基礎を知らない。
「これはお恥ずかしい。では、手本を見せてもらえないでしょうか」
「ぐっ……言うじゃない……」
きっと、ロウラに悪気はない。
「っ……! かっ……! はぁ、はぁ……」
ピュナは眉間にしわを寄せて、必至に何かを吐き出そうとする。
しかし、呪文の音は聞こえない。
「魔力を……上手く操作できないの。だから呪文も唱えられない……」
ピュナは不貞腐れて、芝生にペタリとへたり込んだ。
「何かを思いのまま動かしたいのであれば、その存在を強く感じ取ることが肝要です」
ロウラは杖を胸元に仕舞い、持論を唱え始めた。
「私の世界……ではなく国では、魔力は丹田に集まると言われています」
「丹田?」
「ヘソの下です。呼吸を浅く吸い、深く吐く。それを繰り返し、内を酸素で満たすのです」
「待って、何の話をしているの?」
「イメージの話です。溜めた酸素を丹田に集めるイメージ……それが魔力です」
「で、それをどうするの?」
「溜めた魔力は、全身で放出します。開けっ、ゴマああああああ!」
ロウラは再び、杖を振った。
「できてないじゃない! 聞いて損したわ!」
「えぇ、私には魔力がないので」
「なに言ってるの。魔力がない人間なんていないわ」
この世界の人間は、そもそも地中に眠る竜の魔力で生まれたという説がある。
そんな説がまかり通るということは、貴族に限らず、誰もが魔力を持っているということだ。
「しかし、丹田の修練は役に立ちます。魔法は使えずとも――」
ロウラはおもむろに林檎の木へ近づいて、拳を叩きつけた。
ズン、という重い音が響いたと思ったら、ビキビキと軋む音が小刻みに耳に届く。
そして林檎の木は、ゆっくりと倒れた。
「と、この通り。己の力を限界まで引き出してくれます」
「馬鹿力だって噂は本当だったのね……」
「これは理屈ではありません。心の問題です。信じる心が大切なのです」
強引に心の問題へ挿げ替えた。ロウラなりに、ピュナの感情を吐き出させる手助けをしているようだ。
「信じる心……ね。あなたは何を信じているの?」
「私が信ずるのは騎士道です」
「……騎士になりたいの?」
「いえ、私は騎士です」
「騎士の家柄ということかしら?」
「いえ、農夫の家柄です」
おっと、まずい。話が拗れてきた。
「ハハハ、今日もジョークのキレが良いですね、ロウラお嬢様!」
俺は適当なことを言いながら、ロウラのもとへ駆け寄る。
「世界観が違うんだ。設定を思い出せ」
「め、面目ない……。もう大丈夫です」
小声で短い打ち合わせを終えた。
「でも、あんなことができるなら……その丹田とかのイメージ修練、試す価値はあるのかもしれませんわ」
ピュナは立ち上がり、再び杖を振った。振り続けた。
それに合わせて、ロウラも同じように杖を振る。
「こんなんでホンマにうまくいくんかいな」
「さぁな。でも試して損はないだろ」
急な作戦の方向転換。ジェラコは、ピュナの純真な心を汚さずに済むなら構わない、というスタンスだ。
しかし、コロコロと作戦を変えると不信感は募るはずだ。
「正直、感謝はしとる」
「ん?」
突然ジェラコが胸の内を吐露する。
「魔法は使えんのに、家の格は落とせん。その所為で、あんな高慢ちきな女の子になってしもうた。せやから、友達もおらへん」
「今のピュナは……楽しそうか?」
「あぁ、ごっつ楽しそうや!」
ジェラコはカカカ、と笑った。
まるで姉妹か親のように見守っている。
感情移入する人間は、この仕事に向いてない――昔、カナエさんにそう言われたことがある。
でも、ジェラコを見てると、それが間違いだったと言い切れる。
そうして、魔法の特訓はその後も続いた。
***
魔法は使えないまま日が過ぎていき、ついに竜星祭まで2日をきった。
「アラタ様!」
竜星祭の前日は休み。
俺はその日の朝に、ピュナから誘いを受ける。
「ま、町に……一緒に、買い物へ出かけませんか?」
ピュナはおどおどとしながら、目線を下げたり上げたりする。
「是非、お供させてください」
俺は二つ返事で了承した。
恐らく、ピュナの覚醒は間に合わない。
結局、ピュナの好感度を上げて、告白させるしかないのか……。
だが、俺にはもう一つの案があった。
もちろん、上手くいく確信はない。それでも、この数日間で確かに感じた手ごたえがある。
「ロウラお嬢様も、ピュナ様と是非遊びたいと仰っておりました。この機会に、皆で楽しみましょう」
「え、えぇ!? わ、わたくしはアラタ様とお二人で……」
「ピュナ様と一緒に、食べ歩きがしたい……なんて言ってましたねぇ」
「な、なんてはしたないの……! ロウラは魔法より、淑女のなんたるかを学んだ方が良いわ!」
「かわいい服を選び合いたい……とも言ってたり言ってなかったり」
「ま、まぁ、ロウラはスタイルが良いから、何でも似合いそうではあるわね……」
「靴をプレゼントしたいとも……はっ! これは内緒でした」
「……本当はアラタ様と二人がよかったのですが……ロウラがそこまで言うのなら、仕方ありませんわ」
今までの特訓に意味はあった。
魔法は使えなくとも、健全な関係を築き上げることができた。
恋心から友情へのシフト。
これこそが俺の導き出した、もう一つの道筋だ。




