2-6
さて、俺も役目を果たそうか。
「ロウラお嬢様。肩に埃が……」
俺は鼻がぶつかりそうなほどロウラに身を近づけて、サッと肩をはたいてから軽く腰に手を当てた。
「さぁ、参りましょう」
激しく動いたお嬢様を手厚くサポート。そんな感じのつもりだ。
「あの従者……ロウラ様と距離が近くないかしら?」
そんな声がどこからか聞こえてくる。
これが巡り巡ってピュナの耳に入れば、思惑通りだ。
「ふふふ、なかなか大胆ですね、アラタ。」
「演技だ。演技」
俺は頬を染めるロウラに言い聞かせた。
***
次の日になると、早速ロウラの作戦が功を奏した。
どこからか噂を聞きつけたのか、ジェラコを通して、ピュナから接触があった。
寮棟から更に離れた建物。
同じく生徒が生活するための物だが、一人のために建てられたように見える。
「お招きいただき、感謝いたします」
俺は深々と頭を下げた。
「そんな! 感謝したいのは、わたくしの方ですわ!」
ピュナは、あわあわと手を動かす。
そして、椅子へ座るように案内してくれた。
「ランチをご一緒できればと思いましたの」
「是非」
「聞くところによると、ロウラ様はガーゴイルを素手で破壊し、壁を突き破り、カバを片手で持ち上げるようなお方――」
噂に尾鰭が付くのは良くあることだが、かなり馬鹿げた方向に勘違いの輪が広がっているようだ。
「やはり、淑女であるからには腕力ではなく、繊細さが必要です」
そう言って、ピュナはバスケットをテーブルへ置いた。
蓋を開けると、サンドイッチとクッキーが視界を彩る。
「わ、わたくしが調理しましたの……。よかったら、お上がりください」
こういうのは、不味いのがお決まりだが……。
俺は恐る恐るサンドイッチに手を伸ばし、口に運んだ。
「っ、美味い!」
少し下品な言い方をしてしまう。それ程に美味かった。
ハムは塩味が丁度よく、レタスはシャキシャキとして瑞々しい。
シッカリと辛みを感じるマスタードが味を引き締めている。
パンは触感が良く、小麦の香りも強い。
シンプルながら、とてもよくできた一品だ。
「あぁ、良かった……!」
ピュナは安堵の表情を浮かべた。
「そうですわ。アラタ様に渡したいものがありますの」
ランチ以外に、ということだろう。
ピュナは綺麗に折りたたまれた、一枚のハンカチを取り出した。
「憶えて……いらっしゃいますか?」
薄いピンク色のそれを見て、俺は鮮明に当時のことを思い出した。
その日は快晴――しかし、地面はぬかるんでいて、俺の革靴は泥だらけ。
高い崖の下。馬車は粉々に砕けて、馬は体を強く打って息絶えていた。
その中で、幼いピュナは生きていた。
「大丈夫か? 今助けてやるからな」
俺は自分の世界から持ってきた、救急セットを広げた。
「お母……様、お……父、様……」
消え入りそうな声で、両親を呼ぶ。
「カナエさん、この子の両親は死んだんですか?」
そうだ。確か、当時のオペレーターの名はそんな感じだった。
彼女の態度は冷たく感じて、少し苦手だった。
『いいえ。両親は生きてるよ。亡くなったのは従者だけ』
「そうですか……」
よかった――とは言えなかった。
でも、ピュナ視点で見れば、両親を失うよりはマシに違いない。
俺はマニュアルに従って、処置を進める。
傷ついた内臓も、折れた骨も、当時の医療技術であっても死に値しない。
「お、母様……お父、様……ご、めんなさ……い」
ピュナは、生きるために必至に声を出し続ける。
「なんで……、なんで謝るんだ……」
子供らしく、素直に泣き喚きながら両親に縋ればいい。
それが人間ってものだ。
なのにピュナは涙を流しながら、もがくように謝る。
「ごめん、なさい……」
「大丈夫だ。絶対に助かる。また、両親に会える」
俺は声を掛け続けて、処置を終えた。
『よくやったね。そこを離れて。転移するから』
「……もう少し、ここに居させてください」
『均衡値はもう安定しているよ。あとは成り行きに任せればいい』
「お願いします、カナエさん。あと5分でいい。居させてください」
ピュナが助かったと確信を得たあとも、俺はその場を離れられなかった。
一度も視線を動かさず、仰向けのまま空に向かって謝り続けた彼女の異常な行動に、後ろ髪を引かれたんだ。
『君はさ、本当に無意味なことが好きだね。いいよ、5分だけ待ってあげる』
「ありがとうございます……!」
俺は一度その場を離れて、近くの湖へ向かった。
軽く手についた血を洗い流してから、買ったばかりの白いハンカチを水に浸けた。
「がんばったな。もう大丈夫だ」
ピュナの顏に付いた血を、ハンカチで拭いとる。
首筋、手の平と拭いていくうちに、ハンカチは真っ赤に染まってしまった。
「ご、めんなさ、い……」
「謝らなくていいんだ。もっと、自分勝手に生きてくれ」
何を謝罪しているのか、俺には分からない。
でも、彼女が自分より、別の何かを優先する生き方をしてきたのは明らかだ。
だから、俺は余計な世話を焼いた。
きっと、それはピュナには必要のない、無意味な言葉。
最後に――ピュナの瞳は、確かに俺を映した。
「……あぁ、憶えてるよ」
俺は、この世界に置いて来てしまったピンク色のハンカチを受け取って、そう答えた。
今まで僅かに下がっていたピュナの眉が、グンっと上がる。
「ずっと……、ずっと逢いたかった……!」
ピュナは唇を震わせながら言った。
彼女の恋愛感情を利用して、主人公補正を発動させる――それは有効な作戦だ。
だが、本当にそれしか方法がないのか?
俺はピュナの気持ちに応えることはできない。
なら、何ができる?
与えてやれるものは何もない。
本当に?
「ピュナ様は、魔法が使えないんですよね?」
「え、えぇ……」
途端にピュナの声から気力が抜けていく。
「ロウラお嬢様もそうです」
「そ、そうなんですの?」
ロウラは今、学園内で注目の的。
だが、ロウラ自身を悪く言う噂などは立っていない。
魔法が使えないという事実も、ロウラに憧れる者たちが意図的に伏せているのだろう。
だからピュナにも伝わっていなかった。
「共同戦線を張りませんか? きたる竜星祭に向けて、魔法を習得するんです」
「そんなに都合よくはいきませんわ。あ、アラタ様のご提案が気に入らないわけではありません。ただ、わたくしには魔法の才能がないのです……」
俺は優しくピュナの手を握る。
「”ない”ということは”ある”ということです。ピュナ様」
「……え?」
これは、とある騎士の教えだ。
どんなに無茶な理屈でも、騎士道でゴリ押せば異世界だって救えるはず。
婚約者がいなくとも、俺への恋心がなくても、主人公を覚醒させてイベントを進める……。
それが俺の新たな作戦だ……!




