2-5
翌朝。
俺は設定に準ずるため、鏡の前に立って、整髪料で前髪を上げた。
その間、イグルが”色仕掛け”作戦を補強する。
『1週間後に、竜星祭があります。文化祭みたいなものだと思ってください』
「そのイベントが、告白にうってつけってわけか」
『それまでに、ピュナークの好感度を爆上げしてください』
感情を吐き出させるために、俺からではなく、本人から告白させなければならない。
この世界では、男から告白するケースの方が多いと聞いた。それが紳士のマナーというわけだ。
俺のことを王子様のように美化しているのだとしたら、ますますピュナは告白待ち状態になる。
「さて……どうしたものか……」
そもそも、学生の頃は全くモテなかったんだ。
今更になって、学生世代の女の子を攻略する手段なんて思いつきっこない。
「大丈夫。私に考えがあります」
ロウラはしおらしくソファに座り、話し始めた。
「ピュナとお茶をして、彼女の性格が見えてきました。強がりで傲慢。それでいて繊細」
「まぁ、確かにそんな感じだよな」
「つまり、負けず嫌い……私が一肌脱ぎましょう」
なるほど。ロウラが積極的に俺に好意を寄せることで、ピュナを焦らせようって魂胆か。
「では、早速授業へ向かいましょう」
そう言って、ロウラは立ち上がり、俺の右脇に腕を通した。
「いや、ピュナは1年生だ。授業では一緒にならない」
ピュナが見ていない所でアピールしても意味がない。
俺はそう思った。
「甘いですね、アラタ。直接見るよりも、伝え聞く方が心はざわつくものです」
「そ、そういうもんかぁ」
しかし、設定上は貴族のお嬢様とその従者。
他の問題が噴出しそうな気はするが……。
案の定、廊下を歩く俺たちの姿を見て、周囲の者はひそひそと話す。
生きた心地がしない。
教室へ辿り着き、ようやく俺は解放された。
俺以外にも、何人かの従者が教室の一番後ろで待機している。
そして始まる座学。
内容は魔法学。休憩を挟み、次は歴史。
歴史の授業では、間近に迫った竜星祭に絡めた内容を聞けた。
遥か昔――。
空から竜が降って来た。
竜は大地の魔力を吸って生きる、魔法生物。
膨大な魔力は竜に力を与え、そして繁殖し、この星を埋め尽くした。
しかし、何千年と魔力を吸い上げ続けた結果、星の魔力は底を突き、竜たちは次々と息絶えていった。
僅かに残った竜たちは地中深くに身を沈め、再び星に魔力が溢れるその時まで、深い眠りについた。
眠る竜たちから溢れた魔力が地上へ漏れ出し、それが人間を形作る。
現在地上で繁栄する人類は、竜を祖先に持つ――そんな話。
歴史というよりは、伝承の類。
竜星祭は、祖先を弔いながらも、復活を願う祭儀ということらしい。
「アラタ! 実技の時間です。行きましょう」
眠気に襲われながら、色々と聞き流していると、ロウラが再び俺の手を引いた。
「魔法の実技か? 理由を付けて見学させてもらおう」
「逃げるは騎士道に反します。ご心配なく、どうとでもなります」
「なるかなぁ……」
俺たちは他の生徒たちと共に、ぞろぞろと庭へ出た。
昨日の庭園とは違う。短い芝生が広がっているが、不要な花壇は存在しない。
しかし、奥には巨大な彫像が見える。鬼のような様相で、悪魔のような翼が生えている。
それらが三匹、地獄から這い上がるようなポーズで佇んでいた。
「では、これより魔法を攻撃に転じるための授業を始めます。それぞれ順番に、自身の持つ魔法をガーゴイルへ向けてください」
教師はそう言うと、杖を彫像の台座の穴に差し込んだ。
すると、彫像は紙芝居のようにカクカクと動き始め、空を飛んだ。
「使える魔法は人によって異なります。生活魔法や遊戯魔法など、一見すると身を守り、敵を討つには相応しくないものかもしれません」
しかし、それを攻撃へ転用するために知恵を絞る。それがこの授業の主題のようだ。
順番に生徒たちが呪文を唱え、ガーゴイルへ魔法を向ける。
その都度、教師がアドバイスを送り、課題を提示する。
中には明らかに攻撃に特化した魔法もあったが、それでもガーゴイルはびくともしない。
「では次。ロウラさん」
教師の呼ぶ声が、俺の緊張を加速させる。
対して、ロウラは平然と前へ踏み出した。
「先生、私は魔法が使えません」
そう、ハッキリと伝えた。
「構いません。ただ杖を振り、イメージするだけでも身になります。やってごらんなさい」
良い教師だ。能力の低い生徒にも寄り添ったやり方に思える。
まぁ、相手が貴族だから強く言えないだけかもしれないが。
「そうですか……では!」
ロウラは杖を大きく振り上げた。しかし、その手に杖はない。
上空に投げ飛ばされた杖……それをガーゴイルたちが目で追った。
それが、ロウラの杖の使い方。
隙を逃さず、ロウラは地面を蹴った。
垂直飛び、約3メートル。常人では、まず不可能な跳躍だ。
ロウラは空飛ぶガーゴイルの脳天に、拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ破片を即座にもう片方の手で掴み、別のガーゴイルへ向けて投擲する。
それはガーゴイルの胸を貫いた。体中にひび割れが伝い、最終的にガーゴイルは砕け散る。
頭蓋を砕かれたガーゴイルを足蹴にして、残りの一匹へ跳びかかる。
ガーゴイルも抵抗するが、まるで赤子の手をひねるかの如く組みつかれ、翼をもぎ取られた。
そのまま、ロウラはガーゴイルと共に落下する。
舞い上がる土煙の中から、ロウラは姿を現し、丁度落下してきた杖をキャッチした。
「杖を振ってイメージ……なかなか上手くいったのではないでしょうか?」
ロウラはそう言って、ニッと笑った。
「え、あ、え? 肉体強化の魔法……ですかね?」
教師は目を丸くする。
なんだ、強化魔法もあるのか。だったら、最初からそういう魔法が使える設定でよかったな。
もはや俺は、ロウラの身体能力に驚きはない。
「まあ! 詠唱なしで強化魔法を……天才だわ!」
「剣術に留まらず、体術にも優れてらっしゃるのね!」
聞き覚えのある黄色い声援が響く。
色めき立つ女子たちと違って、男子たちの顏は強張っている。
ロウラは彼らにとって、学生の恋愛事情をかき乱す不協和音に違いない。




