2-4
その日の夜。
俺とロウラは予定通り、庭園の林を抜けた先にある東屋へ出向いた。
「よおきたな。まぁ、座りいや」
東屋には、既にジェラコが座っていた。
「こんばんは。私の力が入用と聞き、参じました」
ロウラが前に出てペコリと会釈する。
これから、ジェラコは主人公補正を使う。
その力を増幅させるために、別の世界の主人公であるロウラの感情が必要なのだ。
だが、一つ疑問がある。
「何でロウラなんだ? ピュナの感情を使ってもいいんじゃないか?」
感情は、決して消費されるものじゃない。
デメリットはないはずだ。
「無理やな。お嬢は強い感情を出力できへん」
「喜怒哀楽が激しそうな感じだったけどなぁ……」
「お嬢は魔法が使えへんねん。貴族として優秀であらへんといかん……そういうプレッシャーが、お嬢の感情を妨げてもうとる」
プレッシャーか。それも一種の感情だ。
しかし、強く噴き出るような感情ではない。むしろそれは重く、心の中で留まり続ける。
「でもピュナは主人公だろ? 覚醒イベントがあるんじゃないか?」
「もちろんある。でも、それは婚約者と一緒に歩んだ学園生活の先にあるイベントや」
つまり、俺の所為ってわけだ。
「ほな、さっさとやるで」
「さぁ、ロウラ。ジェラコの手を握って」
主人公補正に感情を乗せるためには、主人公の体に触れる必要がある。
「ほら、アラタはんも」
俺はジェラコに催促され、右手を握った。
もう一つ、体に触れることでしか実現できないことがある。
それは、主人公補正を他者に付与すること。
ジェラコの左手をロウラが、右手を俺が握ることで、感情が乗った主人公補正が、俺を通して効力を発揮する。
「いくで……【主人公の前には、必ず宿敵が現れる】」
それは、因果に干渉する主人公補正。
ジェラコが宣言したあとも、揺れる葉の音だけしか聞こえてこない。
「即効性はないのか?」
「もうちょい待ちい」
そう言って、ジェラコが舌打ちする。
すると、ザクザクと足音が近づく。
「見つけたぞ……! 昼に受けた屈辱、ここで返させてもらうぞ!」
それは、ブラニュートだった。
「……宿敵ってまさか、こいつ?」
「失敗やな」
ブラニュートが杖を突き出して呪文を唱え始めたところで、ジェラコが声を発した。
「【主人公は、問答無用に愛される】」
途端に、ブラニュートは動きを止め、ジェラコへ釘付けになる。
「ふっ、確か貴様、ピュナークの従者だったな。なかなか可愛らしい顔をしてるじゃないか。このブラニュート様の部屋に招待してやろう」
「ええからどっか行きい。そしたらいつかデートしたってもええ」
「ほっほ! いいだろう、また会おう美しい薔薇よ!」
ブラニュートはくるくると回りながら髪を何度もかきあげ、遠ざかって行った。
「いいのか? なんなこと言って」
「いいわけあるかい。洗脳系はかけるのは簡単でも、解くのは一苦労や。下手すると一生付き纏われるんやからな」
「じゃあ、無暗に使わなければいいのに……」
「便利やからしゃーない」
この世界に宿敵はいない。ブラニュートが引き寄せられたのは、強いて選ぶなら……といった具合だろう。
感情が足りなかったか?
「……面目次第も無い。どうやら、私には難しいようです」
ロウラが下を向いて呟いた。
「何でもええんやで? 怒りとか悲しみとか、嬉しいことでも」
「理解はしています。しかし、今は……上手く声が出せません……」
俺は、ひたすらに困った顔をするロウラを見て、己の愚かさに気が付いた。
「ッ! 大丈夫だ、ロウラ。俺が悪かった!」
ロウラは今、感情を表に出すわけにはいかない。感情を抑え込まなければならない理由がある。
俺はそれを忘れていた。いや、ロウラの快活な振る舞いに、寄り掛かってしまっていた。
支えなければならないのは、本来俺であるはずなのに。
「なんやよう分からんけど、とにかく失敗っちゅうことやな」
どうする……。
ピュナの覚醒を急ぐか?
均衡値への影響はどうなる?
最短でもどれぐらい時間がかかる?
それまでに、オワリはいくつの異世界を崩壊させる?
「方法は……あります! ピュナの感情を湧きたてる方法が!」
ロウラがクッと顔を上げて高らかに言い放った。
「人を生かしも殺しもする感情……それはプレッシャーなど一笑に付します」
「それは、なんだ?」
「恋です。それが実るか実らないかの瀬戸際。その時こそ、乙女の感情は最高潮に達します」
ロウラはジッと、俺の目を見つめながら、言い切った。
「ま、待ちいや。お嬢がぞっこんなんはアラタはんやぞ!?」
「その通り。この大役を果たせるのは、アラタだけです」
俺がピュナと結ばれるわけにはいかない。
かといって、ピュナの俺への好意を高めなければ、主人公補正は使い物にならない。
「ピュナから俺に告白させる……その瞬間の感情が必要ってことだな」
「えぇ、そうです」
告白の答えが何であるかは関係ない。
むしろ、答えを固唾を飲んで待っている瞬間こそ、感情が最も高ぶる時。
少なくとも、ロウラはそう考えている。
「いずれにしても……俺はピュナをふることになるんだな」
「その後のケアは熾烈を極めるでしょう。しかし、最優先はオワリの捕縛」
「勝手に話を進めんなや! お嬢を利用して悲しませて……ホンマにそれだけの価値があるんか!?」
ジェラコには分からない。世界を失ったロウラの気持ちを、推し測ることは叶わない。
世界の命運と、一人の少女の恋心。それは比べるべくもない。
「どのみち、俺という存在を吹っ切って、次の恋に進まなきゃならないんだ。そもそも、それがジェラコの目的だろ?」
「失恋から一生抜け出せへん子もおるんやで!? 簡単に次の恋なんて言うてくれるなや! アラタはんが、情けなくお嬢にふられんるんが筋っちゅうもんやろ!」
「随分とピュナに肩入れするんだな」
「もう半年も一緒なんや。当たり前やろ!」
主人公には、辛い過去や試練がつきものだ。
長く一緒に居れば、同情してしまうのは仕方がない。
「俺だってそうだ」
その気持ちは、よくわかる。
たった数日であっても、震い付きそうになるほど感情移入してしまうこともある。
「ロウラの世界を取り戻す。そのためにはオワリの野郎を捕まえなきゃならない」
「世界を……取り戻す?」
ジェラコは言葉を失った。
「ロウラ、作戦はどうする?」
「色仕掛けです! 乙女の純情を弄びましょう!」
ロウラが作戦を表明する。
俺はかつての泥酔作戦を思い出した。
でも、あの時と違い、ロウラの表情は険しく見えた。




