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想定外の主人公の死。それを回避する仕事は何度もやった。
当時、異世界保全課の第一班の補佐として、何百という異世界を訪れた。
助けた子供も多い。ピュナークはその内の一人か?
『アラタさんの記録を洗いました。確かに10年前、その世界で滑落した主人公を救ってます』
滑落――そうか、何となく思い出した。
貴族を乗せた馬車が山道から滑落し、幼い少女だった主人公が死にかけた。
俺は医療キットを持参して、その子を手当てしたんだ。
近くの湖で血を洗い流したのを憶えてる。
「俺はこの世界に来たことがあったのか」
『てか、その時も左腕怪我してたんですね。呪われてるんじゃないですか?』
「怖いこというなよ、イグル」
呪い、か。当たらずといえども遠からずだな。
「お名前を……是非、お名前を教えてくださいまし!」
ピュナークはつま先をピンと立てて、俺を見上げながら切願した。
彼女は俺に恩を感じている。それを利用すれば、簡単に主人公に取り入れる。
そうすれば、主人公担当のジェラコも協力的になるだろう。
「俺は折時アラタだ」
「オリトキ、アラタ……」
ピュナークは胸に手を当てて、小さく復唱した。
「わたくしはピュナーク・ノノ・ロロナルタ。親しみを込めて、ピュナとお呼びください」
そう言って目を輝かせるピュナの横で、ジェラコが拳を握り、何やら呟いている。
「あ、あんたがお嬢の……!」
俺はジェラコに腕を掴まれ、勢いよく引かれた。
「お嬢っ……様! ちょっとこの男をお借りします!」
何が何だか分からないが、ジェラコを説得するいい機会だ。
「あんたがお嬢を誑かした張本人かいっ!」
「いや、別に誑かしてないが……」
「お嬢は婚約イベントを破棄してもうたんやぞ! その所為でこの世界の均衡値が安定せぇへんから、ウチの仕事が増えてんや!」
なるほど。幼い時に憧れた王子様の幻影が忘れられず、本来結ばれるはずの人間と婚約できていない、と。
「でも大丈夫だ。憧れた男が、こんなうだつの上がらないおっさんだと分かれば、百年の恋も冷める」
「アホか! お嬢のあの顏見てなかったんか!? もう、完っ全にホの字や! どないすんねん、どうせえっちゅーねん、どうしてくれんねん!」
高ぶった感情が行き場を失ったのか、ジェラコは俺の後頭部を平手打ちにした。
パチン、と爽快な音が鳴る。だが、俺にとっては不愉快な痛みでしかない。
「あんたがおったら仕事にならん。早よう帰りいや」
「協力してくれたら早く帰れるんだが」
「ほな、話だけは聞いたる」
ようやく本題に入れそうだ。
「ジェラコ、ズルいわ。わたくしもアラタ様とお話がしたいのに!」
しかし場所が悪い。案の定、ピュナの言葉が間に挟まる。
「この男はお嬢様が思っているような者ではありません。それはものごっつ……ものすごい甲斐性なしでして……」
「そんなことはありません! 生死の境をさまようわたくしに、励ましの言葉を掛け続けてくださったのを憶えています」
誰でもそれぐらいはすると思う。が、実際に生かされたというのが、俺を大きく見せている原因だろう。
それについても、俺の力ではなく先端医療の賜物なわけだが……。
ジェラコが必死に説得しようとする中、ピュナの背後にロウラが立つ。
そして、そのまま背中からひょいっとピュナを持ち上げて抱きしめた。
「ピュナ。残念ながら、アラタは私の男。色目を使っても無意味です」
「はぁ!? さっきからなんなのよ! それに、誰がその名で呼んでいいと言ったの!?」
「先ほど、ピュナと呼べと」
「アラタ様に言ったのよ! あなた誰!?」
「私はロウラ・シュラウガン。親しみを込めてロウラと呼んでください」
「いいから降ろしなさい!」
ピュナは目を吊り上げて、足をバタつかせる。
「ロウラお嬢様。とりあえず、ピュナ様とお茶でもしてきたらいかがでしょうか?」
「それは良い! 親睦を深めましょう、ピュナ!」
「ちょ、離しなさっ……、ア、アラタ様ぁ!」
これで邪魔者はいなくなった。
「あの別嬪はんもあんたに惚れとるんか。おっさんが若い子はべらしよってからに……キッショイなあ」
「誤解だ。俺は何にもしてない!」
何だか話を逸らされているような気がする。
「ジェラコ、助けがいるか?」
再びの割り込み。その正体は、先ほどブラニュートを制圧したイケメン二人。
「大丈夫。二人は先に戻ってて」
「……そうか。ジェラコがそう言うなら、ここは引こう。では、また後で」
二人のイケメンは素直に去って行く。
「あいつらはピュナじゃなくて、ジェラコに仕えてるのか?」
「ウチの主人公補正や。【主人公は、問答無用に愛される】――これで簡単に味方を作れる」
「……お前も人のこと言えた義理じゃないぞ?」
「ア、アホ! ウチは別にモテとうて主人公補正使っとるわけちゃうわ!」
まだ関係はぎくしゃくしているが、自身の主人公補正を開示したということは、同じ異世界保全課の仲間として接してくれたということだ。
「で、ウチに何させたいねん。一応、社長命令なんやろ?」
「あぁ、まずは常広オワリについて話さないとな――」
俺は、かつての同僚が異世界を崩壊させていることを話した。
そして、オワリを捕縛するために、この世界に誘き出そうとしていることも。
「確かに、ウチのもう一つの主人公補正を使えば、そのクソ野郎を引っ張ってこれるかもしれん。でも、協力はできへん」
「なんでだ?」
「お嬢がちゃんと婚約して、この学園を卒業できればこの世界はハッピーエンドなんや。なんでわざわざトラブルを持ちこまなあかんねん」
ジェラコの言う通りではある。
しかし、このまま手を打たなければ、いずれこの世界も犠牲になるかもしれない。
「そこを何とか頼む! この世界だけの問題じゃないんだ!」
「……一個だけ条件がある」
「あぁ、なんでもやるさ」
「アラタはんの仕事が終わったら、お嬢がちゃんと婚約できるように尽力してもらうで」
「お安い御用だ」
ジェラコは小さく溜息をついて、腕を組んだ。
「そもそも、オワリっちゅうのはこの世界にはおらんのやろ? 別の世界から無理やり引っ張ってくるなんて、ウチの力じゃ及ばへん」
そう、今回の作戦はオワリを誘きだすこと。
この世界にオワリが居るからきたわけじゃない。あくまで、ジェラコの主人公補正を頼りにきたのだ。
「せやから、強い感情が必要や。あの別嬪はん……ロウラはん言うたか? あの子、別の世界の主人公やろ」
「よく分かったな」
「これでも古今東西、あらゆる主人公を見てきとるからな。見た目と性格でピンときたわ」
俺と比べると、ジェラコは随分若く見えるが、それでもかなりやり手のようだ。
「ロウラはんの感情を使わせてもらう。今夜、あっちの方の東屋で集合や」
ジェラコは北の方へ指を差す。
それは広い庭園の一角。小さな林の先だった。




