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2-2

 ロウラの手には、細い剣が握られている。

 一体どこで手に入れた?

 ふと、廊下に飾られていた甲冑を思い出す。


「炎を……剣で斬った?」


 ブラニュートは目を丸くした。

 

 あの時、俺は確かに見た。

 ロウラは剣先で炎の玉を突き、小さく何度も、コーヒーに入れた砂糖をかき混ぜるように切先を回した。

 そして剣を空へ突き上げると、それに引っ張られるように炎が分裂した。


「魔力の伝導率は何よりも高い。石も金属も、布にも水にも風にすらも……」


 ロウラは剣を縦に構えて、静かに諭した。

 この世界の魔法の原理が、ロウラの世界と同じとは限らない。

 だが、彼女は自らの経験を何よりも信じている。知略など不要だと言わんばかりに。


「それぐらい知っている! だから何だぁ!」


 ブラニュートは叫び、再び呪文を唱えた。

 ロウラはそれを聞きながら、微動だにしない。


「――太陽の炎(ソルフレイム)!」


 先ほどよりも大きな炎玉が迫る。

 ロウラはピッと片腕を伸ばし、手の平を俺へ向けた。

 助けは必要ない、か。


「炎に指向性を持たせているのは魔力です。それが剣という不純物によって拡散すれば――」


 ロウラは全く同じ方法で、同じく炎を斬って見せた。


「炎は簡単に己の役目を忘れる」


 かつて戦った魔王のように、触れただけで全てを灰にするほどの威力でなければ、ロウラには通用しない。


「だ、だったら別の魔法を――」


 ブラニュートが袖をまくって杖を振る。

 一度それを見届けてから、ロウラは地面を蹴った。


「濁流をがほっ!」


 新たな呪文。それは乾いた声となって掻き消えた。

 一瞬で距離を詰めたロウラは、剣の柄頭でみぞおちを打った。


「せめて体術を学びなさい。戦場では、長々と唱えている暇は有りません」


 そう言って、ロウラは何度か(くう)を斬ってから姿勢を正した。

 すると、たちまち黄色い声援が響く。


「あの勇ましいお方は一体誰?」

「魔法も使わずに制するなんて……素敵」

「なんて見目麗しいお姿」


 周囲の声を聞いていると、何だかロウラがイケメンに見えてきた。


「流石ですねぇ、ロウラお嬢様」


 執事として、何をすべきか全く分からない。

 とりあえずそれっぽくセリフを吐きながらロウラに寄り添う。


「アラタ、アラタ。かの少年が主人公なのではないでしょうか?」


 ロウラはいじめられっ子の方へ顔を向ける。


「なにやら少女を助けようとした結果のようですし……。心が強く、その身が未熟であるのは主人公の鉄板では?」


 どうやら主人公あるあるは、ロウラの世界とも共通する部分がありそうだ。


「確かに、そんな気がしてきたな」


 そんなやり取りをしていると、噂の本人がトテトテとこちらへ近づいてくる。


「あ、あの! 助けてくれてありがとうございます!」


 明るい茶髪のマッシュヘア。華奢な体つきだ。


「いえいえ、ご無事で何より。私はロウラ。困ったことがあれば何でも言ってください」

「そ、そんな、悪いですよ」


 早速ロウラが主人公と距離を詰める。なかなかやるな。俺より仕事ができるんじゃないか?


「僕はルーパ。ルーパ・カリオストンです」

「ピュナークじゃねぇじゃねーか! ったく、ベタな展開で騙しやがって……」

「ルーパ、気持ちだけ立派でも騎士にはなれません。何事も一人でやり遂げなければ」


 俺とロウラは手の平を返して背を向けた。


「え? え? ど、どうして?」


 困惑するルーパを他所に、俺たちは庭園を後にしようとする。

 その時、性懲りもなく不躾な声が威勢を張った。


「ま、待て……こんなことをして、逃げられるとでも思っているのか!?」


 立ち上がったブラニュートを前に、俺はロウラを後ろへやった。

 今度は俺がカッコつける番だ。

 遠距離魔法は、俺には効かない。

 

「濁流を飲み込む熔岩は、大地を熱する――障壁の炎(クラッグフレイム)!」


 グツグツと何かが煮だつ音が、地面から隆起した。

 それは岩石を伴って無骨な人型を模す。赤く熱された部分に、薄い炎が燃え上がっている。


「”弾”じゃないのね……」


 目の前のそれを表現するなら、まさしくゴーレム。

 それを一つの生命体であると、脳が認識してしまう。

 なら、それは飛び道具――すなわち”弾”ではない。

 俺の主人公補正(イミュニティ)では防げない。


 ロウラの眼差しが背中に刺さるのが分かる。

 期待に満ちたその顔が、見てもいないのに鮮明に思い浮かぶ。


「ロウラお嬢様! 逃げてください!」


 俺は叫んだ。せっかくだから設定通りに行こう。

 主人を庇う従者。これなら情けなく逃げ惑う姿をロウラに見られることもない。


「お気遣いなく! 私はアラタの勇士を見届けます!」


 空気を読んでくれロウラ。


 ゴーレムの振り上げた腕が、赤い影となって俺に伸びる。

 しかし、その影はバラバラに散った。

 突如として地面から突き出た幾本もの棘が、ゴーレムの関節という関節を突き刺したのだ。

 続いて、庭園の花壇からツルが伸び、ブラニュートの体を縛り上げた。


「ぐぐぐ、これは……」


 悔しそうに呻くブラニュートの視線を追う。

 そこには金髪と黒髪のイケメンが髪を靡かせながら杖を構えていた。

 この魔法は、彼らのものか。


「ん、んん?」


 二人のイケメンの更に向こう。

 俺は違和感に唸った。

 俺と同じく燕尾服を着た女性。赤髪にそばかす。しかし微かに残っている日本人特有の顔立ち。

 彼女が……日比ジェラコ!

 ということは、その隣に居る偉そうな子供が、ピュナーク・ノノ・ロロナルタか。


「わたくしの庭で、何をやっているのかしら?」


 ピュナークはそう言って、顎を少し上げた。

 小さな体で相手を見下ろそうとした結果かもしれない。


「ここは学園の庭では?」

「学園がわたくしの物だと言っているの」


 ロウラは剣を後ろに隠し、にこやかにピュナークと接する。


「ふふ、小さくて可愛らしいですね」

「なっ!? あなたがデカいだけよ! 自覚しなさい木偶の坊!」


 ロウラがピュナークの相手をしている間、俺はジェラコと向かい合う。


「あんたがジェラコだろ?」

「一体何の御用ですか?」


 恐らく、ジェラコも俺の正体は察している。

 こんな中世ヨーロッパ風の世界にアジア人は珍しい。


「社長命令だ。あんたの主人公補正(イミュニティ)が必要だ」

「はて、何の事やら。お引き取りいただけますか?」


 な、なんて非協力的な女だ。


「……ジェラコ、その方はお知り合い?」


 急にピュナークが割り込んでくる。


「いえ、知り合いというわけでは」


 ジェラコは腕をグイッと掴まれて、ピュナークとピッタリと引っ付いた。


「あ、あ、あの、10年前、リュードル湖の近くで女の子を助けませんでしたか?」


 ピュナークは先ほどまでと打って変わった態度で、俺に聞く。

 10年前といえば、俺が新人だった頃だ。


「いや、人違いだな」


 俺はいい加減に即答した。

 あの頃は特に忙しかった。細かく何をしていたかなんて憶えていない。


「いいえ、間違いありません……! その、のっぺりとしながら奥深いお顔、そして怪我をした左腕! 10年前に救われたのはわたくしです!」


 迫真に訴えかける様子に押され、俺は少しだけ真面目に、当時のことを思い浮かべる。

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