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2-1

 ボーダー9001H――魔法の世界。

 主人公の名は、ピュナーク・ノノ・ロロナルタ。

 中立国ジルクサンタナ聖都に位置する、クローナス魔法学園の1年生。


「日比ジェラコは、主人公を現地で監視中と記録が残っています」


 イグルが説明に区切りをつけた。


「で、何で俺たちがこんな格好しなきゃならないんだ?」


 俺はイグルが用意した燕尾服を身に纏っている。

 ギプスは強引に袖に通してからアームホルダーで固定。非常に動きづらい。

 前髪は上げて、まばらに生えていた髭も綺麗に剃らされた。


「私もアラタに選んでもらった服が良かったのですが……」


 ロウラが着ているのは、ふわりとスカートが広がるドレス。

 露出はほとんどなく、装飾も色合いも落ち着いている。


「二人にはクローナス魔法学園の生徒と、その執事って設定で役を演じてもらいます」

「いつもは、こんなことしてなかったよな?」

「今回は、日比ジェラコを含めて同じ異世界に三人の不純物が混じるわけですから、できる限り世界に馴染む方法でいきましょう」


 その方が均衡値のぶれが少ない……そう言いたいのだろう。


「生徒役は私とお見受けしますが、私は魔法が使えません」

「大丈夫。魔法の才能はないけど、コネで入学したすっごい貴族のお嬢様って設定でいくから」

「それはまた……身が縮んでしまいそうな設定ですね」

「入学手続きやらも気にしないでください。一晩かけて作ったプログラムで対応できてますから」


 神の見えざる手か。

 時間をかけて調整すれば、均衡値にほとんど影響を与えずに異世界へ干渉できる。


「それとプラス、常広オワリが現れた時の”必殺技”も用意してるので期待しといてください」

「頼もしいが、”必ず捕らえる技”にしといてくれよ」

「心配しないでください、そこは言葉の綾ですよ」


 俺はロウラの手を握った。


「見つけるぞ。世界を取り戻す方法を」

「……はいっ!」


 それは気休めの言葉。

 本心は、ロウラが復讐心に飲み込まれないようにしたいだけ。

 失った物を取り戻す……ただそれだけを考えて欲しい。


 そして、俺たちは異世界へと吸い込まれていく――。


 ***


 ここは、俺の想像する学園じゃない。

 門をくぐってからが広すぎる。

 手配した馬車に乗って暫く経つが、全くゴールが見えない。


「お、あれが校舎じゃないか?」

『違います。あれは厩舎です』

「嘘つけ。ただの馬小屋があんな立派な建物なわけあるか」

『はぁ……、とりあえず私に従って真っすぐ進んでください』


 若者に溜息をつかれるおじさんにはなりたくなかったのに……。


「正面に見えるアレではないでしょうか」

「いや、あれは城だろ」


 それほどに高く、荘厳な建造物。

 しかし、その前に馬車は停まる。ロウラの言う通りそれは校舎だった。


「アラタ、先に降りて私の手を取ってください」

「ん、あぁ、そうだったな」


 騎士として、貴族と接する機会もあっただろう。

 貴族としての立ち振る舞いや、それに仕える者の所作はロウラの方が何倍も詳しい。


「ようこそ。ロウラ・シュラウガン様。当学園、2学年への転入を心から歓迎いたします」


 恐らく学園の者。髭を生やした男が一人と、首筋にしわを残した女教師と思われる者が複数。


「まずは校舎内の案内を、それから寮棟のお部屋へご案内いたします」

「ありがとう。よろしく頼みます」


 ロウラはスカートの端を持って、小さく頭を下げた。


 校舎の外観は全体的に鈍色。幾つものアーチ状の模様が張り巡らされ、細い梁が斜めに交差するシックなデザインだった。

 しかし、中に足を踏み入れた途端、目に映るのは白。壁紙には銀色の線が渦を巻いた模様が犇めく。

 かと思えば、角を曲がった先の長い廊下には、金色に縁どられた真っ赤なカーペットが敷かれている。

 更には高そうな壺や、剣を持った甲冑が所々に飾られている。

 貴族の趣味は、俺には分からないな。


 最後に案内された寮の部屋は、明らかに一人で使える広さじゃない。

 20畳を越える空間にはポツポツと美術品のような家具が配置されている。

 奥の扉の向こうには、ほぼ同じ広さの寝室。

 真反対の扉の向こうには……。


「こちらが従者殿の()()()となります」


 執事はぐっすり眠ることも許されないのか。


「それでは、失礼いたします」


 案内を終えた学園の者たちは、深々と頭を下げて去って行った。


「こうも広いと、落ち着きませんね」

「あぁ、つい意味も無くウロウロしちまう……」


 何も考えずに、ソファに腰を下ろせばいいのだが、それはそれで静けさに飲み込まれそうで憚られる。

 備え付けの家具に触れながら部屋を一周すると、ロウラが窓に張り付いているのが目に入った。

 見ると、庭園で何やら騒ぎが起きている。


「あれは、生徒たちか?」


 大人びているが、見た目が若い。中央に男が二人向かい合っている。

 周囲を囲む女子生徒たちは身を寄せ合って震えているように見えた。


 ガンッ、とロウラが両手で窓を開く。

 ひと風浴びると、ゆっくりと窓を閉めた。


「アラタ、庭へ遊びに行きましょう!」


 そそくさと部屋を後にするロウラの背中を見ながら、感慨深く頷いた。

 ロウラ、飛び降りようとしたな?

 しかし彼女は思い直し、ちゃんと階段を使うことを選択した。設定に準じられたのは良いことだ。


「たかが辺境の貴族が、このブラニュート様にたてつくとはいい度胸だな」

「ぼ、僕はただ……女の子をいじめるのは良くないと思って……」


 庭園での会話が聞こえてくる。

 いじめっ子と、いじめられっ子の喧嘩か?

 辺境の貴族といえば、国境防衛の要。

 むしろカースト上位になりそうなものだが、ここでは蔑まされる対象となってしまうようだ。


「身の程を思い知らせてやろう」


 そう言って、ブラニュートは30センチほどの杖の先を額に当てる。


「流星と並ぶ灼熱は、骨まで溶かす――太陽の炎(ソルフレイム)!」


 日本語に翻訳された呪文は、何だか首筋をむず痒くさせた。

 だが、発動した魔法は人を恐怖させるのに十分なものだった。

 巨大な炎の塊がいじめられっ子へ向かう。

 10メートルは離れているのに、鼻先が熱くて顔を背けたくなるほどだ。


 俺は少しだけ悩んだ。

 確実に誰かが大けがを負う。だが、助けてしまっていいものか。

 イグルから指示はない。なら、俺は干渉すべきでない。


 そんな優柔不断を叱りつけるように、ロウラが走る。


 そして炎は真っ二つに割れて、天に向けて噴き上がった。

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