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次に俺が向かったのはフジクロ。世界中に存在する有名アパレルショップだ。
こうなったら出費は厭わない。あぁ、やけになってるさ。
でも、どうせ趣味もない。使う当ての決まっていない貯金を解放する時だ。
「おぉ、既に形になった衣がこれほどに!」
「待ってろ。俺が見繕ってやる」
俺主導で、シンプルで安価なものを選ぶ。女性の服装には疎いから、とりあえずマネキン買いで良いだろう。
俺はかき集めた服をロウラに渡して、更衣室へ押し込んだ。
「アラタ! この世界の衣には魔法が掛けられているのですか!?」
シャッ、と勢いよく更衣室のカーテンが開いた。
シンプルなTシャツにジーパン、そして無駄に丸みのある靴。
それらはすべて、生地にオムニ繊維が編み込まれたモーフクロス。
要するに、変幻自在にサイズ変更が可能な服だ。
「先ほどまでほんのり肌寒かったのですが、今は実に快適! これほど薄い衣がまるで熱を持っているようです!」
当たり前すぎて気にも留めてなかったが、ある程度の体温調整機能はデフォルトでついてるんだったな。
「しかもこの靴……、足が軽い! いや、体が軽い! 月まで跳んで行けそうです!」
「大げさだな……」
流石に重力変動の機能はないぞ。
「まぁ、気に入ったなら良かった。何着か買おう。同じのでいいだろ」
おしゃれはまた今度だ。今は現代になじめる服を着まわせればそれでいい。
俺は紙袋に服を詰めて店を出る。
「しかし、どの商家にも主人がおりませんね。まるで盗みを働いているようでやきもきしてしまいます」
「大丈夫。支払いはできてるから」
新しい靴がなじんでないのか、ピョコピョコと跳ねるようにロウラは隣を歩く。
そんな様子を横目に、次に行く先を考える。その時、正面から警察車両のサイレンが聞こえてきた。
「警鐘ですか!?」
「いや、憲兵が悪い奴を追ってるだけだ」
こちらに向かってくる黒い車は、明らかに法定速度を超過している。
その後方で「止まれ!」と音声を放つ警察車両を見て、カーチェイスの最中であると分かった。
「心配すんな。危険はない」
そう言いながら、俺は横切る黒い車を目で追った。
「ハッ!」
やたらと気合の入った声が一瞬で遠ざかる。
ロウラが通り過ぎる警察車両に飛び乗ったのだ。
「な、何やってんのおおお!?」
ロウラはフロントガラスの縁を片手で掴んで、風を受けながら堂々と膝を立てている。
赤色に光るランプを蹴って、さらに前方を走る警察車両に飛び移る。
魔法も超能力も持たないただの少女。それでもこの世界なら、あらゆる競技の世界記録を更新できるだろう。
俺にはロウラがどうなったか目視できないほど距離が空いた。
茫然自失となりながらも、何とか後を追おうと踏み出すと、ドガンという轟音と共に炎が舞い上がった。
「はぁ……はぁ……、ロ、ロウラ……大丈夫か!?」
息を切らしながら、火元に辿り着く。
確認できたのは、横転して真っ黒に燃える車と、それを囲む警察車両。
そして、二人の男を両腕に抱えたロウラだった。
「驚かせてしまいましたか? 私もこの世界の平和に一役買おうと思い立ったもので」
そう言って、ロウラは男たちを地面に転がした。呻き声を上げているが、けがはなさそうだ。
「はぁ、はぁ。ロウラは……何もしなくていいんだ。この世界の憲兵は優秀だから」
「はっ! 確かにこれでは、彼らを頼りないと見くびったかのよう……」
ロウラは口を押えて顔を青くした。
「そこの二人! 手を挙げて動くな!」
複数の警察が青く光るテーザー銃をこちらへ向けて叫ぶ。
まずい、非常にまずい。事情聴取や勾留……そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
明日の出発に間に合わない可能性もある。
「憲兵殿! 勝手をしてしまい、面目次第も無い! 貴殿らの仕事にケチを付けるつもりは毛頭ありません!」
「い、いいから黙ってて……」
ロウラは誠意を見せるために頭を下げる。本当はちゃんと手を挙げて欲しい。
「ん、ががが……あ」
突然、警察たちが顎を震わせて硬直した。
テーザー銃は黄色い光を放ち、ピーと小さく警告音を鳴らす。
「……優先コード99を確認……。お二人とも、ご協力感謝します。即時退去してください」
無線で指示を受けたというよりは、強制的に律されたかのようだ。
俺は手を下ろして、ふと街灯を見上げる。
ジッとこちらに向いた監視カメラを睨みつけながら、身震いする。
「イグル……なわけないよな」
だとすれば、俺とロウラを助けようなんて奴は一人しかいない。
久能コーポは、警察にすら影響を与えるのか……。
「今のは……?」
「行こう、ロウラ」
「はい! それでは憲兵方々、失礼します!」
答えを持っていない俺は、ロウラの問いを無視して歩き始めた。
道中、俺はこの世界での在り方を説く。
「とにかく、目立たないようにするんだ。いいな?」
そう言うと、コクコクと何度もうなずいてくれる。
深く反省しているようだ。
「じゃあ、今日はここに泊まって……」
カプセルホテルの前で立ち止まる。
先の件を考えると、現代のシステムや常識を知らない彼女を一人で泊めるのは、色々な意味で危険だ。
「俺の家にくるか」
「……はいっ」
ロウラはポッと顔を赤く染めて目線を逸らす。
「しおらしくなるな! 何もしないから!」
「何もしてくださらないんですか?」
「しない!」
寝床とシャワー、それを提供するだけだ。
***
ハイウェイに面したマンションの一室。
騒音と光が、深夜まで薄いカーテン越しに流れていく。
キッチンにあるべきでない洗濯物を蹴り飛ばして、冷蔵庫を開ける。
俺は賞味期限切れの缶ビールを暫く眺めてから、何も取らずに扉を閉めた。
窓際の椅子に腰を下ろして、ベッドの上で大の字いなって寝息を立てるロウラを眺める。
「ロウラは生きてる。俺はあんたに報いることができたか?」
もし、リドルク王子が今際の際に託すとしたら何か――それを考えていた。
異世界で人が死ぬのは何度も経験した。
でも、それは兵士として覚悟している者たちばかり。
リドルクは違った。これからだった。自戒し、全てをやり直そうと決意していた。
きっと、リドルクなら「ロウラを頼む」と言ったはずだ。
彼は未熟だった。だからこそ、国のためでも民のためでもなく、誰よりも人間臭く、一番大切に思った者を託したはずだ。
思い返せば、ほんの僅かしか言葉を交わしていない。
俺はきっと、リドルクに別の誰かを重ねてる。
ギプスに手を当てて、思い出したくない過去に蓋をした。
リドルクは何も言わずに死んだ。彼の想いは全て俺の妄想。
そうであったらいいのにと、そう思い込むことで眠ることができる。




