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『君たちには”ボーダー9001H”に飛んでもらう。そこで常広オワリを捕縛しろ』

「オワリたちの行先が分かるんですか?」


 イグルが間を置かずに聞いた。


『不明だ。しかし、”ボーダー9001H”には常広オワリを引き寄せられる主人公補正(イミュニティ)がある』


 異世界に派遣中の職員を頼れということか。


『日比ジェラコと接触し、事情を話せ』


 あくまでこちら主体で動けという命令。

 トラブルに焦るのは現場の人間ばかりで、上の奴らは危機感がないってのは、大企業あるあるなんだろうか。


「あのー、俺にも二つ目の主人公補正(イミュニティ)を貰えませんかね?」


 異世界へ派遣される職員には、主人公補正(イミュニティ)が二つ貸与される。

 しかし、俺は一つしかそれを与えられていない。このままでは、オワリには勝てない。


『君に力を二つも与えてしまうのは、不公平だろう?』


 社長は冷たく言い放った。

 俺のことは全て知り尽くしているようだ。


「どういう意味です?」

「さぁな」


 俺はイグルの質問を適当に突っぱねた。


『君たちにも休養が必要だろう。出発は明日の朝で構わない。それまで、そこのお嬢さんと東京観光でも楽しむといい』


 それだけ言って、プツリと通信は途絶えた。


「これ、手当出るんですかね?」

「直接社長に聞けばよかっただろ」

「たはは……」


 イグルは苦しそうにはにかんでから、溜息をついた。


「異世界とやらに行くのですね! 私もお供します!」


 静かだったロウラが、自身の胸を拳で打って声を上げた。


「そうだな。正直ロウラの強さが必要だ」


 社長もそのつもりのはずだ。そうでなければ、一緒に話を聞かせたりしない。


「とりあえず、私は決戦に向けて準備しないといけないので。アラタさん、ロウラちゃんのこと頼みましたよ!」

「ん、あぁ。分かってるよ」


 さて、ここからが問題だ。

 出発が明日の朝なら、寝床は取り急ぎカプセルホテルでいいだろう。

 いずれこっちの世界で生活するなら、服も今のうちに調達しておこう。


「社長が発行したロウラちゃんの管理コード、登録しときました」


 イグルが素早く対応する。

 これで、ロウラは正式に第三班の一員となった。


「よし、じゃあ俺に付いてこい」

「はい、どこまでも!」


 俺はオフィスを後にした。


 ***


「こ、これが異世界……!」


 ロウラは摩天楼を見上げる。

 残念ながら、空飛ぶ車は飛んでいない。バイオ燃料で走る車が、地上すれすれを浮いて滑っているだけだ。

 しかし、ロウラにとっては度肝を抜かれる光景に違いない。


「これらは生物ではないのですか?」


 車はもちろん、そこら中を闊歩している不細工なロボットたちに向けての疑問だろう。


「あぁ、ただの機械だ」

「ほほぅ……」


 約300年前、第二世代以降のAI技術完全廃止が発端となった、世界規模の技術後進。

 それから紆余曲折あり、現代に蔓延るのは時代をごちゃまぜにしたような歪なテクノロジーたち。

 ショーウィンドウにブラウン管が並んでいるかと思えば、現実としか思えないホログラム映像がビルの間を埋め尽くしている。

 アンドロイドは全て廃棄され、今ではプログラム通り忠実に動くロボットだけ。


「レトロ好きのイグルにとっては良い時代なんだろうな」


 俺はボソリと呟いた。

 それに返答したのだと勘違いするほど、大きな腹の音が響く。


「アラタ……私はどうしようもなく空腹です……」

「そうだな。何か食べよう」


 ロウラは目を輝かせながら鼻を鳴らす。

 この世界の食事にさぞ興味があるのだろう。

 そういえば、ステーキが食べたいと言っていたな。

 ここは第一奠都区域東京の一等地……安価なステーキ屋が近場にないな。


 俺はロウラを連れて、ハンバーガー屋へ入店した。

 どうせならもっと安くて、もっと美味いものを食わせてやろう。


「むむ、一体誰が扉を引いたのですか?」


 ただの自動扉にも、ロウラはいちいち反応する。

 その様子はなかなか滑稽で面白い。

 

 席に座ると、テーブルの端のセンサーが俺の人相をスキャンする。

 あとは表示されたメニューから好きなものをタップするだけ。

 それだけで、注文した分の値段が俺の口座から引き落とされる。

 選んだ商品はものの数秒で届いた。


「これがこの世界の国民食だ。ステーキより美味いぞ」


 もし異世界人の口に合えば、今後の出費は抑えられる。


「ううむ、とても複雑な香りがします。サンドイッチの様にも見えますね」


 ロウラはパンズの弾力を指先で確かめながら、的確に分析した。

 そのまま大きく口を上げて、ゆっくりと噛み締める。

 黙々と咀嚼してから、ちゃんと飲み込み、紙ナプキンで口を拭く。

 反応が薄いな……口に合わなかったか?

 そう思った瞬間、ロウラは目をカッと見開いた。


「美味! 母上が作ってくれたハムサンドの100倍美味い!」

「そうかそうか、それは良かった」


 俺は安堵して眉を下げた。


「うおむ、もむもむ、びみでうす、もむもむ」


 ロウラは口いっぱいにハンバーガーを放り込んで感嘆の声を漏らす。

 その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 泣く程に美味い……そんなわけない。

 生きている限り、必ず失ったものを思い出す。

 その度に沸き上がる感情を、ロウラは抑え込み続けるつもりだ。


 必ずオワリを捕まえる。破壊者は直す方法も知っているかもしれない。


「アラタ……恐縮なのですが、これでは足りません」


 あっという間にハンバーガーはロウラの胃袋に収まった。


「好きなだけ食わせてやるよ」


 この言葉に後悔はない。俺がロウラをこの世界に連れてきたんだ。覚悟はしている。


 多種多様なハンバーガー計21個。

 ポテトLサイズ計7個。

 フライドチキン計10本。

 メロンソーダLサイズ計5本。

 しめて67,150円。俺の月収の約1割が消えた。


 そして俺は思い出す。

 これが朝食であるということを――。

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