通りすがりの英雄候補
巨大な影が、氷を割りながら前に出てくる。
トロール。
いや、違う。
死肉に群がるスライムが、無理やり形を保っているだけの、歪な塊だ。
「……再生している?」
メイリーが斬りかかった足は、途中で止まった。切れたはずの端から、肉と泥が絡み合うように盛り上がり、元に戻っていく。
氷魔法も通らない。ファイアーボールも表面を焼くが、補充のスライムがすぐ来て再生する。
セリナの針状のファイアボールも動く敵には決定打にならない。
何よりトロールの内部へは届かない。
俺の爪も、通用しない。
そして振り下ろされるトロールの棍棒。
「トロールがスライムに寄生されるなんて例がないぞ」
メイリーはトロールの棍棒を避けながら、斬撃を繰り返す。
「条件が揃いすぎました」
セリナが新しいスクロールを書きながら答える
「トロールの死骸に野犬が群がり、スライムが野犬を食べて成長した。それだけではまだ足りませんが、地の利がスライムに働きました」
「水脈か」
「ええ」
新しいスクロールをメイリーの鎧へ貼り付ける。
「おそらく もっと奥の水源で発生したはずです。そして土石流は自然発生ではなく。この寄生されたトロールが引き起こしたのでしょう」
状況はなんとなくわかった。だが変わらない。
厄介な怪物がいる。ただそれだけだ。
「一度、引きましょう」
セリナの声は冷静だった。
「このままでは削り負けます。落盤を狙います」
そう言って、セリナはまたスクロールを書き始める。
――だが。
トロールの棍棒が、こちらへ振り下ろされた。
「セリナ!」
俺は跳び、セリナのフードを噛む。少しでもと移動を試み衝撃を逸らした。直撃は避けたが、セリナは壁に叩きつけられ、意識を失う。
その直後、地面が崩れた。セリナのスクロールが完成していた。だが、発動した場所が悪い。
轟音と共に、視界が分断される。
メイリーとの間が土砂で埋まる。
「ナギ! セリナのそばにいろ!」
土砂の向こうで、メイリーが叫ぶ。
【ふざけるな! 魔力も残ってないくせに!】
俺の声など理解はしないだろう。
メイリーはもう、氷を撃っていない。
セリナは脈も息もしている。大丈夫だ。
それよりもメイリーを
俺は落盤が収まると駆け出した。
◆◆◆メイリー視点◆◆◆
土砂のおかげでセリナとナギは戻れるだろう。
良かった。コイツを街へ出さなければ十分だ。
戻ればバルガスなり引き連れて、今度こそ退治してくれるはずだ。
今度こそ?
何を弱気になってる。メイリー・トンプソン。
英雄になると決めたのだろ。
無茶を通せ。
いや、わかる。
私は凡人なのだ。
それでも、剣だけは振るっていた。
何度も。何度も。
内臓に届けば終わる。そう信じて。
だが、スライムは周囲から補充され続ける。
限界は、近い。
その時。
黒いコートの男が、トロールの背後に立っていた。
いつ現れたのか、分からない。足音も、気配もなかった。
黒髪の青年が、私を見る。
初めて見るはずの顔。だが、なぜか……既視感があった。
青年は一瞬だけ私を見て目が優しくなった。
そして、トロールへ向き直る。
次の瞬間、表情が変わった。
獣の威嚇。
同じ人間の表情には思えない。
怖さが滲み出る。
だが、私は目が離せない。
それは勝負にすらならなかった。
青年は拳も握らず、歩み寄る。
何度も迫る棍棒を、すり抜ける。
近寄るスライムを相手にもしない。
体にスライムをまとわせながらも
気づけば、トロールの頭上。
コートがはためいた瞬間、雷が落ちた。
轟音。
光。
次に残ったのは、もはやトロールの形を失った残骸だけだった。
体についたスライムも綺麗に剥がれ落ちる。
そして青年は、私の前に降り立つ。
「後は、できるな」
声が私に響く。
稲妻のような衝撃が、が私を貫く。
「……はい」
そう答えるのが、精一杯だった。
鼓動が異常に早い。疲労ではない。頭が、追いついていなかった。
「あなたは……?」
「通りすがりの英雄候補だ」
そう言い残し、青年は姿を消した。
◆◆◆ナギ視点に戻る◆◆◆
危ないところだった。
間に合わなかったら、メイリーは……雷、加減間違えたら巻き込んでた…
安堵と怒りで、頭がぐちゃぐちゃだった。
俺のテンションもおかしかった。
【やっちまったぁぁぁぁ!!】
猫に戻った俺は、瓦礫の陰でひとりジタバタしていた。
通りすがりの英雄候補って何だよ!
一番の反省点はそこだった。
あと水気多いと雷効きすぎる。
……でも。
初めて見下ろしたメイリーは、思った以上に幼かった。
見上げていた時には、気づかなかった。
俺は決めた。
この旅で、メイリーも守る。
◆◆◆
メイリーが戻ってきた。
【大丈夫か?】
俺の問いが届くはずもないが、メイリーはフラフラしてる。
「……私は雷に、打たれたのかもしれない」
あれ加減間違えたか?
でも外傷はない。痺れ、か。
【それより、早くセリナを】
俺の焦りに、メイリーが我に返る。
「……ああ」
セリナを背負い、歩き出す。
足取りは重いが、止まらない。
ともあれ生きて戻れた。
早く暖かいところで寝たい。




