俺は猫である。名前は思い出せない。
大型の魔物の頭に、その英雄は猫のように俊敏に音もなく飛び乗る。
かつての勇者が得意とした稲妻を両手に宿わせ雷鳴を轟かせる。
魔物は、咆哮することもなく、光に包まれ、崩れ落ちた。
英雄はいない。
猫だけがいた。
◆◆◇
勇者召喚が失敗した。その噂は瞬く間に広まった。
地方の小国に過ぎない。
他国との戦争は英雄同士の一騎打ちで決まる世界。
だからこそ、強い英雄が必要だった。
だが、それは失敗した。
などという話を、大魔導師ハルカスは猫に話す。
大魔導師ハルカス。
召喚失敗の責任を負い、宮廷魔導師の座を去った。
「これくらいが気楽でいい」
窓の外には街の喧騒。宮廷にいた頃とは違い、気楽に生きている。
ただ、部屋を掃除してくれる者がいないのが難点だ、さらには最近、猫も拾ってしまった。
名前は、まだない。
◇◇◇ 猫 ◇◇◇
雷に打たれたと思ったら、誰かの太ももにいた。
とても眠い。
食って、寝るだけの生活。
極楽だ。
俺の寝床は、やたら落ち着きのある少女。名前は、ハルカス。その太もも。
厚手のローブがちょうど良く馴染む。
見た目よりずっと年上で、
自分では、ばあさんと言っていた。
実年齢にはあまり興味がない。
寝心地が重要なのだ。
「にゃん」
ハルカスが言うには、俺は召喚失敗のとき、魔法陣の中にいたらしい。
で、すぐに逃げたという。
なーんにも覚えてない。
宮廷を去るとき、庭で怯えていた俺を拾って、城下町に部屋を借りたんだとか。
ハルカスが一人で住むには広すぎる家だ。
数日、散歩もしたが、飽きた。
今では、ハルカスの太ももが定位置。
難しい顔で書類を読んでいたり、時々、俺を撫でたりしている。
……と、ここまで考えて、一つ疑問が浮かぶ。
「にゃにゃにゃーーん」
(俺、なんで猫なんだ)
◆◆◆
俺は猫である。名前は、まだない。
いや、人間だった頃の名前は、あったはずだ。思い出せない。
別の世界から来たはず。人間だったはず。はずだらけ、確証がない。
なんせ今は、けむくじゃらの猫で、ハルカスの足を揉み揉みしているだけの存在だ。
「にゃにゃん」【おい、なんか知らないか】
問いかけても虚しい。どうせ猫の言葉なんて、通じない。
「にゃにゃんにゃん」【ようやくお目覚めかい】
あーん!?
通じてる。
びっくりして、瞳孔、全開になったわ。
しばらく、ばあさんもとい、ハルカスと話す。他人から見たら、一人でにゃんにゃん言っているだけだ。
……可愛いか。
ともかく、俺が召喚失敗した勇者らしいことは分かった。
猫だけど。
「あの場から逃げたのは正解だよ。捕まってたら、どうなっていたか分からない」
勇者の代わりに猫がいたら、それはどうなるんだろうな。
力の一部は残ってるらしい、解体して取り出されるのか?
「にゃんにゃん」【俺が人間だと分かって拾ったのか?】
「どっちでもいいことだにゃん」
【事情は分かった。さて、人間に戻してくれ】
「戻し方なんて、知らないにゃん」
くう。腹立つ。
……あー、だめだ。なんか思考が続かない。
飯を食って、そのまま寝た。




