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1ー1.過去との対峙

数刻後、リシェル達三人は幌馬車を降りた。

ミーナが手にした旅行鞄を地面に下ろし、ワンピースの裾の汚れを払う。ケントが凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをした。軽装である彼のシャツが伸びに合わせて体の線を浮かび上がらせる。百八十の長身、鍛えていることが良く分かる体つきだった。

最後に、馭者の老人に礼を言ったリシェルが馬車から離れる。冒険者という生業に相応しく、身動きのしやすいパンツ姿に腰に帯びた一組の短槍。馬車の中では下ろしていた髪を、今は一つに括り上げている。

三人の前に、大きな町の門がそびえる。

「……それじゃあ、いきましょうか」

リシェルが歩き出す。二人が後を追った。


(……記憶にあるより、ずいぶん大きな町)

門番に引き留められることもなく、リシェルたちは門を潜った。門の先に広がる町はレームクールの城下町と呼ばれ、名前通り、レームクール領主のお膝元にある。北の最果てにあるこの町は、古来、勇者が聖なる剣で邪龍を封じた地として知られていた。現在まで続くレームクール領主の系譜はその勇者の血筋であり、今なお邪龍復活を阻止するためにこの地を治めているとされる。

ふと、リシェルの足が止まった。自然と町の向こうを振り仰ぐ。丘の上、町を一望する場所に建てられた領主館が目に入った。

(……あのお城は変わらない)

押し込めていた記憶の蓋が開く。

今と同じように、初めて領主館を目にした日の感動、あの場で起きた恐怖の惨劇、それから――

蘇った悪夢を振り払うようにして、再び歩き出す。

「ねぇ、ママ。何はともあれ、まずは冒険者ギルドよね」

「そうね。ギルドで拠点登録はしておかないと」

「私、ダンジョンは久しぶりだからワクワクする!」

リシェルたちは既に王都のギルドにて冒険者登録をしている。だが、他のギルド管轄のダンジョンで活動する際には、改めて拠点登録するのが一般的だった。万が一、ダンジョンで命を落とした際に行方不明者の身元を特定しやすくするためだ。

ギルドの場所を探るため周囲に視線を向けたリシェルだが、違和感に気付く。

「……ねぇ、ママ」

同じく異変を察知したらしいミーナが声を潜めた。

「なーんか、さっきからすっごく見られてる気がする。別に、冒険者が珍しいってわけでもなさそうなのに」

言って、グルリと周囲を見回すミーナ。多くが、一瞬チラリと余所者に向ける視線を投げかける程度だが、中には足を止めてこちらを凝視する者がいた。それどころか、確実にこちらに憎悪を向けている者もいる。

(……まったく予期しなかったわけじゃないけど)

未だ周囲をキョロキョロするミーナに、リシェルも声を潜めた。

「私は母さん似だから。母さんのことを覚えている人がいるんだと思うわ」

「ああ、そういうこと。『悪女が帰ってきたぞー』みたいな?」

そう言って、ミーナは片方の口の端を上げて笑う。幼い外見に似合わぬ皮肉な笑みに、リシェルが「こら」と窘めた。

「そんな笑い方しないの」

「だって…」

反論しかけたミーナの声を遮るように、突如、叫声が上がった。

「あんた!」

三人は立ち止まり、声のした方向、たった今通り過ぎた露店を振り返る。

露店の前に立つ店主らしき中年の女性が、驚愕に見開かれた目をこちらに向けていた。

「そ、その顔! やっぱり、ブレンダ! なんで、あんたが生きて!?」

母の名を呼んだ女性の大声に、周囲の通行人が足を止める。視線が集まる中、リシェルは首を横に振った。

「私の名はブレンダではありません」

それだけ言って、リシェルは再び歩き出す。女の目に宿る敵意に、自分が誰かなど名乗る気はなかった。

歩き出して数歩、隣に並んだミーナがコソリと呟く。

「おばあ様もすっごく美人だったのね?」

悪戯っ子のような表情。彼女の言葉に、リシェルの肩から力が抜ける。

歩き続ける内、冒険者ギルドを表す剣と盾の看板が見えてきた。ギルドの前にたむろする冒険者らしき男たちが不躾な視線を向けてくる。彼らと視線を合わさぬようにして、三人はギルドの扉を押し開けた。

最初に視界に入ったのは、部屋の最奥にある木製のカウンター。ギルドの受付らしき場所に、職員であろう男たちが立っている。受付の手前には、通路を挟むようにして円卓がいくつか置かれていた。こちらには冒険者らしき男たちが陣取っている。年季の入った内装だが、この手の施設にしては珍しく、きちんと手入れがされ、清掃が行き届いていた。

(……だけど、空気は最悪、ね)

扉を開けた瞬間、一斉に向けられた敵意ある視線。その視線が、部屋に足を踏み入れて受付へ向かうリシェルたちを追う。

(私たちの来訪を予期していたみたい)

町に入ってからここまで、それほど時間は立っていない。だが、どうやら、自分たちの目撃情報は既にこの場にも伝わっているらしい。

伝達網は存外しっかりしているのだなと感心しつつ、リシェルはカウンターの前に立った。

カウンターの中の大男が、こちらを睥睨する。

「……あんたがブレンダなわけねぇ。あの女は死んだ」

短く刈られた茶色の髪。癖のある髭を蓄えた口元がきつく結ばれる。がたいのいい中年の男は、視線を鋭くする。

「ブレンダの娘だな?」

値踏みする視線に、リシェルは沈黙を返す。男の声が凄みを増した。

「何しに来やがった。人殺しの娘が」

「人殺し」という単語に、ギルド内の空気がザワリと揺れる。膨れ上がる殺気。向けられる幾多の憎悪に、リシェルの脳裏にあの日の光景が蘇った。

領主館の庭。離れの館から男が飛び出してくる。緑の芝を裸足で駆ける男は必死な形相。服がはだけ、足を縺れさせる。逃げる男を、自身の母親が鬼の形相で追いかけていた。彼女の手に握られたナイフが鈍く光る。不意に男が転んだ。母がナイフを振り上げる。その一瞬、男が身体の向きを変え、母に向かって両手を突き出した。白い光が生まれる。それが魔法だと認識する間もなく、放たれた炎が母を焼いた。のけ反った母は、それでも倒れない。一歩、前へ。崩れ落ちるようにして、男の身体に覆い被さった。ナイフの刃が深々と男の胸に突き刺さって――

「まぁまぁ、おじ様。そんなにカッカしないで」

遠ざかるリシェルの意識を、場違いな明るい声が呼び戻した。

「私、ミーナっていいます。貴方のお名前は分からないから、おじ様って呼ばせてもらうわね?」

男の鋭い視線が、リシェルの隣、更に下に向けられる。眼光鋭い一睨みに、向けられた相手――ミーナはニコリと笑う。

「まずは私たちの話を聞いてくださらない? 別に、私たちは喧嘩を売りに来たわけでも、悪さをしにきたわけでもないのよ?」

言って、ミーナは小首を傾げてみせた。

「うーん。おじ様はここで一番偉い人? ギルド長なかしら? だったら、おじ様にお願いしちゃおうかな。私たちの……」

「気色の悪い呼び方はやめろ!」

声を荒げた男に、ミーナがキョトリとして目を瞬かせる。それから、両頬をプクリと膨らませた。

「ひどい! 気色悪いってなによ!」

憤懣やるかたないと言わんばかりの彼女を、リシェルの声が制止する。

「ミーナ……」

「だって、ママ! 私みたいに可愛い子に向かって、気色悪いはないと思わない?」

なおも続けようとするミーナを放って、リシェルは男と向き合った。

「別に、貴方たちに用はない。ダンジョンに用があるの」

「ダンジョンだと?」

顔を顰めた男が、一瞬、視線をギルドの出入口へ向けた。それに応えるかのように扉が開き、誰かが外へ出ていく。どうやら、どこかへ伝達が飛ばされたらしい。

男が再びリシェルをジロリと見下ろした

「お前みたいなのがダンジョンに何の用だ」

言って、視線をミーナ、それからケントに向ける。

「子連れで物見遊山か? 護衛をつけてりゃなんとかなるって?」

「……二週間だけよ。それが過ぎたら出ていくわ。だから――」

「それが許されるとでも? お前は歓迎されてないんだ。とっとと消えろ。ギルドからも、この町からも」

男が上半身を倒し、リシェルに迫る。憎悪の眼差し。見下ろしてくる茶の瞳は深い闇を孕んでいた。

「……でなけりゃ、俺がお前を消す」



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