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2-6.新居

町の郊外、ダンジョンへ続く山道の手前。リックが、あんぐりと口を開いて放心する。リシェルも、彼ほどではないが、驚きに目を見開いた。

(新しい、家?)

昨日は何もなかった空間に鎮座する建物。丸太で組まれたそれは、小屋と呼ぶには立派すぎた。二階建てという大きさもさることながら、洒落た外観のウッドデッキが設けてあり、真新しい木の香りを漂わせている。

驚く二人を尻目に、ミーナが弾んだ足取りで玄関前のステップを駆け上がる。鍵を手に、玄関扉の前でクルリと振り返った。

「アイツからママに伝言。『別荘買ったから、好きに使ってくれ』、だってさ」

言って、扉の鍵穴に銀の鍵を差し込む。

「ムカツクけど、仕事だけはできるのよねー」

鍵を開けたミーナは、開いた扉から中へ飛び込み、歓声を上げた。その声につられるように、リシェルたちも建物へ近づく。開いたままの扉の向こう、リビングらしき場所に椅子とテーブルが見えた。生活基盤の整った内装に、リシェルは中へ入るのを躊躇う。背後に立つケントが、ボソリと告げた。

「『好きに使ってくれ。いずれはリシェルのものだから』、……だそうだ」

その言葉を耳聡く拾ったミーナが牽制する。

「ケント、余計なことまで伝えなくていいの!」

肩を竦めて答えたケントは、先導するように小屋の中へ入る。その背に導かれ、リックが小屋へ足を踏み入れた。中をグルリと見回して、リシェルを振り返る。

「すげぇな、コレ。あんたの男が建てたのか?」

リシェルは苦笑して皆に続いた。木の香りが強くなる。どうやって作ったのか、人の背丈もある窓には一枚ガラス。陽の光が部屋の中を明るく照らす。真新しく清潔な部屋に、温もりのある木の家具が並んでいた。

「うわっ、すげ! 食料まである!」

部屋を探索していたリックが声を上げた。リシェルは声のしたほう、キッチンへ向かう。早速調理を始めようとしているリックの隣へ並んだ。

「腹が減った」とぼやくリックと二人、簡単な昼食を作り上げていく。ちょうど作り終えた頃、二階からミーナがリックを呼んだ。

「リックー、ちょっとおいでー」

何事かと顔を見合わせたリックとリシェルは、二人して二階への階段を上がる。廊下に四つ並んだ扉。一番手前の部屋から顔を出したミーナが、「こっちこっち」と手招いた。

リックが部屋に近づくと、ミーナは「じゃーん!」という言葉と共に部屋の扉を大きく開く。中を覗き込んだリックが、「あ……」と声を漏らして立ち竦んだ。彼の背後から、リシェルも部屋の中を覗く。

僅かに煤臭さが漂う部屋の中に見えるのは、ベッドとサイドテーブル。ベッドの足元には焦げたベッドカバーが掛けられ、サイドテーブルには――明らかに大きさの足らない――テーブルクロスの切れ端のらしきものが乗っていた。部屋の隅には、足だけが新しい真っ黒な肘掛椅子。

「……なん、だよ、コレ」

リックの呟きに、ミーナが慌てて説明する。

「ま、まぁ、ちょっと時間がなくて間に合わなかったけど、一応、それなりに補修してみたのよ?」

言って、「これは後で新しい布を継ぎ足す予定」、「これは後で表面を削る予定」と補足していくが、リックは反応しない。ますます慌てるミーナだったが、やがて、リックが「ハハッ」と小さな笑いを零した。

「なんだよ、コレ。こんなピカピカの部屋に、こんな、汚くてボロボロの……」

「……リック」

「ぜんっぜん、全然、似合ってねぇし……」

小さな肩が震える。泣き笑いの横顔。ミーナがリックに手を伸ばした。さほど背丈の変わらぬ彼を、ギュッと抱きしめる。

「……ごめんなさい」

「な、んで、謝るんだよ」

「うん。……余計なことしたかなって」

ミーナの言葉に、リックは「別に」と呟く。それきり黙った彼に、ミーナが「あのね」と告げる。

「私たちにできること、ある? お金でどうにかなるとは思わないし、全部元通りにするのは無理だけど、家を建て直すことはできるよ。後は……」

「なんで、そうなんだよ」

リックが、ミーナの身体を押しのけ、彼女の腕の中から抜け出す。

「家を建て直して、それで、俺にここから出てけってことか?」

「えっ!? ううん、違う違う! そうじゃなくて、弁償というか……」

焦るミーナに、ケントはフイと顔を逸らす。

「要らねぇ」

「でも……」

「要らないって言ってんだろ。……あんたらを家に泊めるって決めたのは俺だ。だから、あんたらのせいじゃない」

言って、リックはリシェルを見上げる。

「それに、悪いのは火をつけた奴ら、だろ?」

「……うん」

「俺はここにいる。……あんたらが帰るまではな。飯、作ってやる約束だし」

そう言って、リックはまたフイと顔を逸らした。

「そうだよ、飯だよ飯。俺、腹減ってんだ」

言って、リックは足早に階段へ向かう。そのまま勢いよく階下へ駆け下りる彼を追い、リシェルたちも食堂へ向かった。


深夜。リシェルは一人きり、真新しいベッドの上で膝を抱えて座る。右耳の飾りに指先で触れるが、そっと触れるだけですぐに手を離した。

(どうしよう……)

何度目かの自問をして、リシェルは膝の上に顔を伏せる。ハァとため息をついたリシェルの耳に、どこかで期待していた声が聞こえた。

『どう? 気に入った?』

「何を」とは言わずに尋ねる声に、リシェルは顔を上げずに頷く。

「うん。……ありがとう」

囁きほどの小さな礼に、笑いを含んだ声が「どういたしまして」と答えた。それだけで、リシェルの心が弱くなる。目の奥が熱かった。

『……一人で泣かないって約束でしょ?』

「泣いてない」

『この状況でそれは無理があると思うけど』

声の主が「強情だなぁ」と笑う。

顔を伏せたままのリシェルの頭に、優しく触れる何かがあった。顔を上げたリシェルの目に、空間の裂け目が映る。そこから生えた一本の腕。もう一度触れてこようとするその手を、リシェルは片手を上げて止めた。

「……触らないで」

『えー、酷いなぁ』

「だって……」

リシェルは再び顔を伏せる。

「……甘やかされたら、尻尾を巻いて逃げ帰りたくなる」

零れた弱音。部屋の中がシンと静まり返る。静寂に、深く長いため息が落ちた。

『まったく……』

苛立ちを含んだ声が、その感情を抑えるように淡々と告げる。

『次はないよ。僕はもう手を貸さない』

言って、声の主はもう一度ため息をついた。

『次はもう、問答無用で連れて帰るからね』

呆れたような困ったような、優しい声。リシェルは震えそうになる唇を噛んだ。

(甘やかさないでって、言ってるのに……)

俯いたままのリシェルに「おやすみ」と声が告げる。リシェルは音にならない声で「おやすみなさい」と答えた。


やがて、眠りに落ちたリシェルは甘やかな夢を見る。

――まったく、僕の前では泣かないくせに

――子どもだからって、簡単に他の男の前で涙見せないでよ

夢現に、部屋の扉が開いて閉じる音が聞こえた。


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