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第十六話:運命の日 ~アゲ盛りパーティ、開幕!~

 リリース日当日。


 午前10時30分。

 第7開発準備室には、異様なほどの静けさと、しかし抑えきれない興奮が同居していた。


 富安(とみやす・)京一郎(けいいちろう)、キラ☆、佐藤涼子(さとう・りょうこ)、そして開発に関わったメンバーたち、さらに高山健吾たかやまけんごプロデューサーや広報部の担当者、果ては五十嵐社長までが、部屋に設置された大型モニターの前に集まり、固唾を飲んでその瞬間を待っていた。


 モニターには、カウントダウンタイマーと、リリース予定のゲーム『ギャル☆コレ ~アゲ盛りパーティ~』のタイトルロゴが大きく表示されている。


 サーバーオープンは、午前11時00分00秒。あと、30分。


 誰もが、口を開くのをためらっているかのように、静かだった。

 ただ、それぞれの胸の内には、これまでの長く、険しく、そして波乱に満ちた開発期間の記憶が、走馬灯のように駆け巡っていることだろう。

 衝突と和解、絶望と希望、徹夜の日々、そして、共に乗り越えてきた数々の困難…。その全てが、今、この瞬間のためにあった。


 京一郎は、組んだ指の先が、わずかに冷たくなっているのを感じていた。

 彼は、自分の作り上げたプログラムが、今、まさに全世界に向けて解き放たれようとしている事実に、技術者としての誇りと、同時に大きな責任を感じていた。

 致命的なバグは取り除いたはずだ。

 パフォーマンスも、ギリギリの調整で、なんとか許容範囲に収めたはずだ。

 しかし、それでも不安は消えない。

 想定外の事態が起こらないだろうか? ユーザーは、このゲームを受け入れてくれるだろうか?


 キラ☆は、落ち着かない様子で、部屋の中をうろうろと歩き回っていた。

 時折、スマホを取り出しては、SNSのタイムラインをチェックし、深呼吸をする。


 彼女にとって、このゲームは、単なる仕事ではなく、自分の「好き」と「カワイイ」を詰め込んだ、分身のような存在なのかもしれない。

 その分身が、今、世間の評価という名の俎上(そじょう)に載せられようとしている。

 その期待と不安が、彼女の表情をめまぐるしく変えさせていた。


 佐藤は、静かに目を閉じ、祈るような仕草をしていた。

 彼女は、デザイナーとして、このゲームのビジュアルコンセプトを形にし、ユーザー体験を設計してきた。

 そのデザインが、プレイヤーにどのように受け止められるのか。

 彼女の細やかな配慮や工夫が、ちゃんと伝わるだろうか。

 プロフェッショナルとしての静かな緊張感が、彼女の佇まいから感じられた。


 高山プロデューサーは、腕を組み、厳しい表情でモニターを見つめていた。

 彼の頭の中は、リリース後の運営体制、サーバー負荷の監視、予期せぬトラブルへの対応策などで、既に一杯になっていることだろう。

 プロジェクトの責任者として、リリースはゴールではなく、新たなスタートなのだ。

 彼の胃は、おそらく今、この瞬間も、キリキリと痛んでいるに違いない。


 そして、ついに、運命の時が訪れた。モニターのカウントダウンタイマーが、ゼロを示す。


「サーバー、オープンしました!」

 サーバーインフラチームからの連絡が入る。

 同時に、別モニターに表示されていたリアルタイムのダウンロード数カウンターが、ゆっくりと、しかし確実に動き始めた。


 10… 50… 100… 500… 1000…


 数字が増えていくたびに、部屋のあちこちから、小さな歓声や、安堵のため息が漏れる。ダウンロードは、順調に伸びているようだ。


「よし…! まずは、順調な滑り出しだ…!」

 高山が、わずかに表情を緩めて呟いた。


 だが、本当の審判は、これからだった。

 ダウンロードしたユーザーが、実際にゲームをプレイし、その評価を表明し始めるのは、ここからなのだ。


 その反応は、すぐに、そして爆発的に現れた。

 SNS…特に、Twitter(現X)やInstagramには、『ギャル☆コレ ~アゲ盛りパーティ~』に関する投稿が、リアルタイムで溢れ始めたのだ。


『ギャルコレ、キタァァァァァァ!!!! 即ダウンロードした!』

『うわああああ! アバター、マジで鬼盛れる! なにこれ神!?』

『髪型とメイクの種類、ヤバすぎ! 一生カスタマイズしてられるんだがwww』

『れなちーデザインのUI、めっちゃオシャレで使いやすい! さすが!』

『#ギャルコレ』

『#アゲ盛りパーティ』


 キラ☆は、自分のスマホにかじりつき、それらの投稿を必死で追いかけていた。 「ちょ、見て! ヤバい! めっちゃ褒められてるんだけど!」

 彼女は、興奮した様子で、次々とポジティブなコメントを読み上げる。

 その声は、喜びで震えていた。


 もちろん、好意的な意見ばかりではない。

『うーん、確かに可愛いけど、ちょっと動作重くない? 電池の減りもヤバい…』 『「キメ写モード」のキラキラ、凄すぎて目がチカチカするwww やりすぎだろww』

『ガチャ、ちょっと渋くない…? 無課金だとキツいかなあ…』

『速報:〇〇の服と△△のアクセ組み合わせると、テクスチャバグるwww #ギャルコレバグ報告』

『サーバー不安定? たまに接続切れるんだけど…』


 厳しい意見や、バグの報告も、次々と上がってくる。

 それらを目にするたびに、キラ☆は、「うぅ…」「そんなことないもん…」と、しょんぼりしたり、ムキになったり、感情をジェットコースターのようにアップダウンさせていた。


 京一郎は、冷静に、しかし注意深く、それらのユーザーの声に目を通していた。

 特に、パフォーマンスに関する指摘や、バグの報告については、詳細をメモし、すぐさまQAチームやプログラマーに情報を共有する。

 リリース直後のユーザーからのフィードバックは、今後の改善に繋がる、何よりも貴重な情報源なのだ。


 佐藤も、UIの使い勝手や、デザインに関する意見をチェックしていた。

「このボタンの位置、やっぱり分かりにくいか…」

「このチュートリアルの説明、もっと丁寧にした方がよかったかも…」

 などと、デザイナーとしての視点から、反省点や改善点を見つけ出そうとしていた。


 SNS上での盛り上がりは、さらに加速していく。

『#ギャルコレ』『#アゲ盛りパーティ』は、あっという間に日本のトレンドワード上位にランクインした。


 人気ファッションモデルやインフルエンサーたちが、こぞってプレイ画面のスクリーンショットを投稿し始め、「#ギャルコレコーデ」といったハッシュタグも自然発生的に生まれていく。

 さらに、有名ゲーム実況者たちが、YouTubeやTwitchで、早速プレイ生配信を開始。

 彼らの軽快なトークと共に、ゲームの魅力(そして、時にはおかしなバグも)が、さらに多くの人々に拡散されていった。


 ダウンロード数は、当初の予測を遥かに上回るペースで伸び続け、リリースから数時間で、数十万ダウンロードを突破した。

 メディアからも問い合わせが殺到し、好意的なレビュー記事が、次々とネット上に掲載され始めた。


「すごい…! これは、予想以上だ…!」

 広報部の担当者が、興奮した様子で報告する。


 五十嵐社長も

「はっはっは! だから言っただろう! 若者のパワーを信じろと!」

 と、満面の笑みでご満悦だ。


 しかし、その熱狂の裏側では、運営チームが、押し寄せる想定外のアクセス数に悲鳴を上げていた。

「高山さん! サーバー負荷が危険水域に達しています! このままでは、サーバーがダウンする可能性が!」

 サーバーインフラチームからの緊急連絡が入る。

「なんだと!? すぐに、緊急メンテナンスの準備を! ユーザーへの告知も急げ!」

 高山は、即座に指示を飛ばす。同時に、QAチームには、SNSで報告されているバグの中から、緊急性の高いものをリストアップし、修正パッチの準備を急ぐように指示する。


 ユーザーサポート窓口にも、問い合わせやクレームが殺到しているという。

 リリースは成功したように見えても、安定したサービスを継続するための戦いは、まだ始まったばかりなのだ。


 それでも、第7開発準備室には、これまでの苦労が報われたという、確かな達成感と安堵感が漂っていた。

 モニターには、SNSから拾い上げられた、プレイヤーからの感謝のメッセージが表示されていた。


『ずっと、こういうゲームを待ってた! 開発してくれてありがとう!』

『アバター見てるだけで幸せになれる…! 最高の癒やし!』

『友達とコーデ見せ合ったり、一緒に写真撮ったりするのが、マジで楽しい!』 『バグもあるけど、運営さん頑張って! 応援してます!』


 それらの言葉の一つ一つが、開発メンバーたちの心に、温かく染み渡っていく。

 京一郎は、そのメッセージを読みながら、それまではグラフィックエンジンや、ゲームシステムで根幹システムを支える目に見えない下支えの業務を黙々とこなし、その機能やパフォーマンスは業界内で評価されつつも、身内感が強かったが、今回自分が作ってきたものが、直接一般ユーザーの誰かの喜びになっているという事実を、初めて実感していた。

 それは、どんな技術的な達成感よりも、深く、そして尊い感情だった。


 キラ☆は、いつの間にか、嬉し泣きで顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 佐藤が、その背中を優しくさすっている。

 高山プロデューサーも、厳しい表情を崩さないながらも、その目元は、わずかに赤くなっているように見えた。


『ギャル☆コレ ~アゲ盛りパーティ~』


 それは、決して完璧なゲームではないかもしれない。

 しかし、そこには、作り手たちの情熱と、そして、たくさんの「カワイイ」と「楽しい」が詰まっている。その想いが、確かに、プレイヤーたちに届いたのだ。


 長い、長い一日が、終わろうとしていた。しかし、それは終わりではなく、新たな始まりを告げる、祝福のファンファーレのようにも聞こえた。プロジェクト・ギャラクシーは、ついに、その銀河を輝かせ始めたのだ。

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