第十三話:和解と結束~相反する想いのベクトル修正
京一郎が謝罪と打ち合わせの内容をメッセージを送信する。
そして、数秒後返信が来る。
『…うん。分かった。会議室、行く』
京一郎は、PCを閉じ、静かに立ち上がった。
隣で心配そうに見守っていた佐藤に
「少し、話してきます」
とだけ告げ、彼は会議室へと向かった。
会議室のドアを開けると、そこには、少し目を赤くしたキラ☆が、小さな椅子にちょこんと座っていた。
京一郎が入ってきても、彼女は俯いたままだ。重く、気まずい沈黙が流れる。
「…あの」
先に口を開いたのは、京一郎だった。
「先ほどは、本当に…ごめんなさい。キラ☆さんの気持ちを考えずに、自分の意見ばかりを押し付けて…あと、指摘の通りボクは童貞なんだ…笑ってくれて良いよ。…女性の気持ちなんか何も分からずに、これまで生きてきているんだよ…」
「…え?」キラ⭐︎が泣き腫らした目を見開いてハトが豆鉄砲を喰らった様な顔をする。
それから、ぷふっ!と吹だす。
「センパイ…なに真面目な謝罪の後にカミングアウトしてんですか?」
顔を赤くしている京一郎をみて、こらえきれずに笑いだす。
「あはははははは!超真面目なセンパイからそんな告白されるなんて超ウケル!!」
ひとしきり笑った後…キラ☆は涙を拭きながらでも、しおらしい態度に戻り
「うちの方こそ、ごめん。センパイが、どれだけ大変か、全然分かってなかった。ワガママばっか言って…SNSのことも、マジで反省してる…」 と謝罪を口にした。
京一郎の決死の自虐ネタは、セクハラだと問題になるような発言だったが、そもそもキラ☆の悪口からスタートしていたこともあるだろうが、ネタとして笑いに変わり、素直に聞いても居ないプライベートを晒したことによる真摯さはキラ☆に少なからず響いたと言えた。
「…ボクは」
京一郎は、言葉を選びながら続けた。
「技術者として、どうしても、リスクや実現可能性を先に考えてしまいます。それが、あなたの…ユーザーを喜ばせたいという純粋な気持ちを、結果的に踏みにじる形になってしまったのかもしれません」
「…ウチは」
キラ☆も、顔を上げて、京一郎を真っ直ぐに見つめた。
「ゲームのこと、全然詳しくないから、センパイがどれだけスゴイ技術を持ってるかとか、それがどれだけ難しいことなのかとか、ちゃんと分かってあげられてなかった。ただ、『カワイイ』とか『エモい』とか、自分の好き勝手なことばっかり言って、困らせてた…」
初めて、二人は、互いの立場や考え方の違いを、冷静に、そして正直に認め合うことができた。
衝突し、傷つけ合ったからこそ、見えてきたものがある。
意地や偏見を取り払い、相手の言葉の奥にある「想い」に耳を傾けようという気持ちが、確かに芽生えていた。
「…それで」
京一郎は、本題を切り出した。
「例の『キラキラ機能』ですが…やはり、現状のまま実装するのは、極めて困難です。それは、事実として受け止めてください」
キラ☆の表情が、一瞬、曇った。
だが、彼女は、以前のように感情的に反発することはなく、黙って京一郎の次の言葉を待っていた。
「ですが」
京一郎は続けた。
「完全に諦める必要はない、とも考えています。『できない』と結論づけるのではなく、『どうすれば、それに近い体験を、実現可能な形で提供できるか?』という視点で、もう一度、ゼロから考えてみませんか?」
その言葉に、キラ☆の瞳に、再び、かすかな光が灯った。
「…ゼロから?」
「はい。キラ☆さんあなたと、佐藤さんと、ボクと。三人で、もう一度、知恵を絞るんです」
その提案に、キラ☆は、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。
「…うん。やる」
※
再び、第7開発準備室に三人が集まった。
空気はまだ少しぎこちなかったが、そこには、以前にはなかった、建設的な協力への意志が満ちていた。
ホワイトボードを囲み、ブレインストーミングが始まる。
「まず、問題点を整理しましょう」
京一郎が切り出した。
「課題は、全パーツをリアルタイムでキラキラさせることによる、
①描画負荷の増大
②サーバー負荷の増大
③それに伴うパフォーマンス低下
です」
「うんうん」
キラ☆も、真剣な表情で頷く。
「一方で、キラ☆さんが実現したい体験の本質は
『他のゲームにはない、圧倒的なキラキラ感』
『アバターが最高に“盛れてる”と感じられる瞬間』
『ユーザーの自己肯定感を満たす演出』
…といったあたりでしょうか?」
佐藤が、キラ☆の言葉を整理しながら付け加える。
「そう! それ! まさにそれ!」
キラ☆が同意する。
「では、その体験を、負荷を抑えつつ実現する方法は…?」京一郎が問いかける。
そこから、三者三様のアイデアが飛び交い始めた。
「リアルタイムじゃなくて、スクリーンショットを撮る瞬間だけ、最大級のキラキラエフェクトを発動させるのはどう? 『映え』たい瞬間にだけ、最高の演出をする!」(佐藤)
「あ、それいいかも! 『キメ写モード』みたいな! その時だけ、特別なフィルターとかもかけられたら、マジ最強!」(キラ☆)
「技術的には、負荷を特定の瞬間に集中させる方が、制御しやすいですね。負荷軽減に繋がる可能性はあります」(京一郎)
「サーバー負荷の方は…? みんなが一斉にキラキラしたら、やっぱ重いんでしょ?」(キラ☆)
「そうですね…特に、大人数が集まるロビーのような場所では…」(京一郎)
「じゃあ、自分の画面では常にキラキラして見えるけど、他のプレイヤーからは、ある程度簡略化されたエフェクトに見えるようにするとか?」(佐藤)
「…なるほど。LOD(Level of Detail:詳細度)の考え方を、エフェクトにも応用する、ということですね。面白い発想です。実装の難易度は上がりますが、検討の価値はあります」(京一郎)
「てかさー! この前のSNSのバズり、逆によくない? あんなにみんな、キラキラに期待してくれてるってことじゃん!」(キラ☆)
「…確かに、あの反響は予想外でした」
京一郎も認める。
「あれを、何かに活かせませんか?」
「例えば…」
佐藤が考え込む。
「βテストとかで、『キラキラ負荷テスト』みたいなイベントをやっちゃうとか? 『みんなの力でサーバーを限界突破させよう!』みたいな感じで、ユーザーを巻き込んで、負荷データを集める。上手くやれば、プロモーションにもなるし、技術的な問題点の特定にも繋がるかも?」
「なにそれ、ウケる! 面白そうじゃん!」(キラ☆)
「…ユーザー参加型のストレステスト、ですか。前例は少ないですが、リスク管理を徹底すれば、有効な手段になり得るかもしれません。それに、ある意味、このプロジェクトらしいやり方とも言えますね…」
京一郎も、その奇抜なアイデアに、少しだけ興味を示した。
次々と、新しいアイデアが生まれていく。
それは、誰か一人の考えではなく、京一郎の技術的知見、キラ☆のユーザー感覚、そして佐藤のデザイン的発想が、互いを刺激し合い、融合することで生まれた、化学反応の成果だった。
不可能だと思われた壁に、確かに、風穴が開き始めている。
それは、まだ小さな穴かもしれないが、そこからは、確かな希望の光が差し込んできていた。
三人の顔には、いつの間にか、活気が戻っていた。
疲労の色はまだ残っているが、その目は、再び前を向き、同じ目標を見据えている。
「よし…! この方向で、もう一度、仕様を練り直しましょう! 佐藤さん、デザインの再検討をお願いできますか? キラ☆さんには、ユーザー体験の観点から、さらにアイデアを…」 「オッケー!」 「はい、お任せください!」
第7開発準備室に、再び、創造の槌音が響き始めた。最大の危機を乗り越え、雨降って地固まったチームは、以前よりも遥かに強く、そしてしなやかになっていた。残された時間は少ない。課題も山積みだ。だが、彼らの心には、今、確かな再生の灯火が灯っていた。プロジェクト・ギャラクシー、本当の意味でのラストスパートが、今、始まろうとしていた。