窓辺の音
風が通り抜けるたびに、扇風機の羽がかすかにきしむ。
湊は部屋の隅に座り、膝を抱えてぼんやりと揺れるカーテンを眺めていた。
何をするでもない土曜の夕方。
静かな部屋には、氷の入ったグラスが鳴る音と、扇風機の羽音だけが響いている。
そんなとき、スマホにひとつ通知が届いた。
葵からの音声メッセージ。
(……またか)
内心でそう思いながらも、自然と親指は再生ボタンに触れていた。
>「……これ、うちのベランダに吊ってある風鈴。さっき風が強くてさ、すんごい音だったから録っといた。聞こえるか?」
そのあとに続く、少しの沈黙。
風が鳴らす金属の音と、小さな街の生活音が、スピーカー越しに流れ出す。
キン、カラン――。
あたたかくもなく、冷たくもなく、ただ耳に心地いい。
湊は思わずスマホを胸元に置いて、目を閉じた。
音が、心を撫でていくような気がした。
なにも言われていないのに、「大丈夫か」って聞かれている気がしたから。
(……ああ、こういうの、ずるいな)
言葉よりもずっと、葵の声の間合いや選ぶもののほうが、刺さってくる。
窓の向こうから、少し湿った風が入ってくる。
湊はそのまま、何も返さずに音を聴き終えた。
返信のボタンには指を伸ばさなかったけれど、
その夜は、スマホを机の上ではなく、枕元に置いて眠った。