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半分の傘

 昼過ぎまで晴れていた空が、急に泣き出した。

 職場を出る頃にはすっかり本降りで、湊は屋根のあるビルの下で立ち尽くしていた。


 傘は、ない。

 天気予報を見ていたはずなのに、今日に限って何も持たずに出てきてしまっていた。


(まあ、いつか止むだろ)


 そんなふうに思えるほど、元気なわけじゃなかった。

 昼休みはろくに取れず、午後からは上司の小言。


(あぁ、頭が少し重たい)


 目の前を通り過ぎる人たちが、それぞれの傘を広げていく。

 雨音と足音がまざりあい、世界から切り離されたような気がした。


「湊?」


 不意に、後ろから名前を呼ばれた。


 振り向くと、斜め後ろから差し出された傘の下に、葵がいた。


「なんだよ、偶然すぎない?」


「……お前、なんでいっつも、こう……」


「湊が濡れて立ってるから。声かけるしかないでしょ」


 葵はそう言って、自分の傘を半分だけ傾けた。

 湊はしぶしぶ、その中に一歩だけ入る。


「帰り、こっち?」


「……そうだよ」


「じゃ、途中まで一緒に歩こう。あ、でもすぐ店の屋根あるし、入る?」


「いや……歩く」


 肩が少し濡れる。けれど、それを気にして葵が傘をさらに傾けてくる。


「ずるいって」


「何が?」


「……なんでもない」


 そのまま、ふたり並んで歩き出す。


 会話は少ない。でも、足音が重なる音だけで、なんとなく呼吸が合っていく。


「最近さ、ちょっと元気なかった?」


「……別に。いつも通りだろ」


「そう言うときの湊は、だいたい“通りじゃない”から」


「……知ったようなことを」


「知ってるよ。もう何年目だと思ってんの」


 そう言って、葵が笑った。


 その声に、雨音が少しだけやわらかくなった気がした。


 駅までのほんの数分。

 だけど、湊の肩の重さは、ほんの少しだけ軽くなっていた。

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