寝ぐせと既読
平日の朝。
湊はいつもより五分だけ早く目を覚ました。
冷蔵庫の中にあったヨーグルトをそのまま口に運び、ニュースアプリをぼんやりと眺めていると、スマホが鳴った。
葵からのLINEだった。
>『今朝さ、寝ぐせやばかったわ(笑)』
>『前髪、鳥の羽みたいになってる(笑)』
……と、同時に送られてきた写真には、ネクタイを締めかけた葵が映っていた。
いつもより少しだけ気の抜けた顔で、前髪が浮いていて確かに鳥の羽根のようだった。
その瞬間、つい指が触れて、既読マークがついた。
「……っ」
送信ボタンも押していないのに、返事をしたような気分になる。
慌ててスマホを伏せたけれど、画面の向こうではもう“湊が見たこと”が伝わってしまっている。
(……なんで、こう……油断してるときに来るんだよ)
声に出さずにぼやいて、ため息をひとつ。
でも、ふと浮かぶのは、葵の顔。
それも、寝ぐせがついた、ちょっと間の抜けた表情。
(……くっそ)
つい口元が緩むのが、自分でも悔しい。
結局、その日は仕事に出かけるまで既読のまま放置して、何も返せなかった。
夜、帰宅して靴を脱いだとき。
ふともう一度メッセージを開いてみる。
写真の下に、追加されていた新しいひとこと。
>『湊、笑った? 笑ってたら、それでいい』
その文章を見た瞬間、頬がほんのり熱くなる。
返事は、やっぱり送らなかった。
でも、スマホを握る手に、どこかあたたかい感触が残ったままだった。