守護龍ジュチと最終兵器な女神
カラス──ジュチは、口を開いた。
「お嬢様。その前に、ライブラリを共有してください」
「あ、はい」
レイネは素直に頷き、両手を胸の前で組む。
低い声で呪文を紡ぐと、空気が震え、青白い光が花のように咲いた。
次の瞬間、光の中心から分厚い本が浮かび上がる。
ページは風にめくられるように勝手に揺れ、紙ではなく結晶のような質感で、淡い輝きを放っていた。
「え、なにこれ……」
杏は思わず声を上げる。
「ライブラリって?」
レイネは、言葉を探すように答えた。
「私が得た経験を、魔力を使って情報化したもの。ジュチやレイネは、魔法で作ったAIみたいなモノを使っていて、そのAIに情報をインストールする感じ、かな」
「すご。つまり、記憶をコピーして保存できるってこと?」
杏は目を見開く。
「そうね。ただ、あくまで情報の塊だから、スキルをそのまま転移できるわけじゃないけど」
ジュチの周りにも複数の魔法陣が光を放ち現れる。
レイネが呼び出した魔力の塊を取り込む。
「なるほど……いろいろ経験されたようですね」
ジュチは感心したように呟いた。
「でしょ! わたしも成長したのよ。えへん」
レイネは胸を張る。
どこか子供のように、得意げな顔をする。
そんなレイネを無視して、ジュチは、改めて名乗った。
「私の名はジュチ。今はカラスを依代にしていますが、我が世界では俗に言う龍でして、お嬢様の護衛を務めています」
とは言ってもですね、とジュチは言い改める。
「護衛のほかにも、身の回りの世話を少々。オムツ替えたり、肥溜めに落ちた時に拾い上げたり、落としたお菓子を食べちゃダメと言ったり──」
「そういうの、言わなーい」
レイネが慌てて制止する。
「拾い食いはダメだよ」
杏がにやりと加勢すると、レイネは口を膨らませる。
「今してないもん。ずるい。みんなして、いつもレイネの子供の頃のネタで、マウントしてくる」
ジュチは首をかしげ、さらに追い討ちをかける。
「大人になっても、たいして変わらないじゃないですか。ベッドの中で靴下を脱ぐ癖、直りました? ジュチー、靴下なーい、靴下なーいって。あとで一緒に探す羽目になるあれです」
杏は膝を打った。
「あ、それでレイネの靴下、あんなところに片方あったのね!」
「やめてくださーい。 お願いしまーす。やめてくださーい」
レイネは、ほぼ無表情だった。
ジュチはそんな主を軽くいなすと、真面目な声に戻した。
「こんなお方ですが……我々の世界では、その能力ゆえに極めて重要な役割を担っております。時間や次元を操る力。そして、食べ過ぎて苦しくなる才能」
「そこ並べる?」杏が呆れる。
ジュチはぶれずに、淡々と説明を続けた。
「我々には敵対勢力が存在しますが、その者たちとの争いが絶えないものの、この能力があればまず我々が負けることはない。つまりお嬢様は我々の陣営でいうところの─」
「──最終兵器彼女」
ジュチとレイネの声が、見事にハモった。
二人はパチンとハイタッチする。
「やっぱりジュチなら言ってくれると思った! ライブラリに入れといてよかった」
「ハハハハハ、任せてください」
カラスは誇らしげに胸をはる。
鳩胸ならぬ、カラス胸ね、きゃははとレイネが嬉しそう。
「いや、そこを誇られても……」
杏はため息をつきつつも、思わず口を挟んだ。
「つまり、戦況に影響するから帰ってきて欲しいってこと? でもさ、極端な話、負けそうになったら時間戻せばいいんじゃない? ほんとチートだよね」
ジュチは首を横に振る。
「問題は、相手がなりふり構わないということです。今回、歴史改変を行ったことで私は、お嬢様の位置を特定できました。同じか、それ以上の改変を行えば、敵も気づくでしょう。その時はこちらの世界にまで干渉し、お嬢様を捕らえに来るはずです」
「でも、まだバレてないでしょ。気を付ければ大丈夫」
レイネは軽く言う。
「本当にそう思いますか? お嬢様は、この世界で、だいぶ制限を掛けていますよね?その制限で完全に危機回避できると?」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
レイネはますます軽く言うと、キッとジュチが睨む。
「……たぶん」
小さくなるレイネ。
ぼそぼそと小声で続けた。
「それに、今は大きな力なんて使えないし。……使ったばっかりで、もう空っぽだから。だから帰れないのー」
「では、私の魔力を移管します」
変わらず淡々とジュチはそう言うと「今すぐ帰りますよ」と続けた。
「やだー! まだこっちにいる! だって向こう、トイレ汚いし、お風呂も毎日入れないし、水だって飲めないんだよ? こっちは水道ひねるだけで綺麗なお水が出るの。すごくない?」
そう言いながら、レイネはキッチンに行くと蛇口をひねった。
透明な水が音を立てて流れ出す。
ジュチは目を凝らし、その様子を凝視する。
じゃばー(水の音)
おお(ジュチの感嘆)
──止める
あ(ジュチの感嘆)
じゃばー(水の音)
おお(ジュチの感嘆)
──止める
あ(ジュチの感嘆)
じゃばー(水の音)
おお(ジュチの感嘆)
──止める
あ(ジュチの感嘆)
「……ライブラリで知識としては得ていましたが、実際に目の当たりにすると、すごいですね」
「でしょ? しかも、みんな何の感謝もなく、当たり前みたいに使ってるのよ」
「これは……感動します」
「でしょでしょ。トイレも見せてあげようか?」
嬉々として誘うレイネに、ジュチはズバっと言った。
「帰りますよ」




