異世界の女神さま!?合コンへGO!
PCを片付け終わった杏。
顧客の担当者に、作業完了の報告を済ませる。
腕時計を見ると開始予定の10分前だった。
”少し遅れます。”
中野嶋にメッセージを送る。
杏は指定された店へと足を運んだ。
その店は、駅から少し離れた路地にひっそりと佇む。
黒い木製の扉と控えめな看板。
照明は落ち着いていて、まるで「知る人ぞ知る」隠れ家のような雰囲気を漂わせている。
──懇親会にしては、ずいぶん気合の入った店ね……
杏は軽く首をかしげる。
ここでいいんだっけ?
思い切って扉を開けた。
店内は間接照明に照らされた、薄暗い空間。
ずらりと並ぶワインボトルが洒落た雰囲気を演出している。
その一角、予約席らしきテーブルに男女がすでに集まっていた。
男が五人、女が三人。
笑い声が弾け、グラスの氷が心地よい音を立てている。
杏は一瞬、場違いな空気を感じ取った。
そして、座っている女性陣の服装を目にした瞬間、確信へと変わる。
──これ、合コンじゃん
ふつふつと怒りと苛立ちが湧きあがる。
華やかなワンピースに流行を押さえたコーデ。
髪もメイクも隙がない。
一方の杏は、仕事帰りのスーツ姿に無骨なパソコンバッグ。
場違い感がこれでもかと突き刺さる。
──数合わせ、ってそういうこと……?
「あー、きたきた! 小鳥遊さんこっちです!」
白々しい声で中野嶋が手を振る
男性陣は確かに取引先の顔ぶれだ。
何度か会ったこともある。
笑顔を向けられてしまえば、怒って帰るわけにもいかない。
レイネを呼んだのも──中野嶋はレイネの変顔写真しか見ていない。
変わった外国人で引き立て役と、穴埋めを狙ったと杏は思った。
杏は中野嶋を一瞥もせず、空いている席に腰を下ろした。
* * *
情けない……。
完全にしてやられた。
胸の奥に虚しさを抱えながらも、作り笑いを浮かべる。
宴はすでに盛り上がっていた。
女性三人が会話をリードし、男性陣が応じて賑やかさを増す。
杏はメニュー表を手に取りながらも、心ここにあらずだった。
──完全にアウェイ。
何よりも作業帰りのスーツ姿自体、この店では浮いている。
周囲のきらびやかさが、逆に自分をより地味に感じさせた。
「何、飲みます?」
不意に声がかかった。
正面の席に座っていた、男性が軽やかな笑みを浮かべていた。
整った顔立ちで、それを自信にしてそうな男。
「──あ、そうだ。おしぼりが来てないね」
すいませんと、店員に声をかけてくれる。
杏の張りつめた心がほんの少し緩む。
「ありがとうございます。……じゃあ、ジントニックで」
「いいね。仕事帰りっぽい感じがする」
杏のスーツ姿を軽くいじってくる。
「見ての通り、仕事帰りよ」
やりとりは自然に続いた。
時折「お疲れモード?」と冗談を交えながらも、「急に来てくれて助かったよ」とさらりと気遣いを添えてくる。
「一条寺です」
そう彼は自分から名乗ってくる。
その頃には、杏はようやく笑顔を返していた。
最初の警戒心は薄れ、返す言葉を探す自分に気づく。
取引先同士の共通の話題から、プロジェクトの裏話へ。
気づけば会話の輪に取り込まれる。
場違い感はいつの間にか薄れていた。
中野嶋の存在すら、頭から消えかけていた。
* * *
男子トイレ。
鏡の前で、一条寺はネクタイを緩めてニヤついていた。
「おまえ、スーツの女、狙い?」
小声で問う同僚。合コン仲間だ。
「お持ち帰り予定」
一条寺は迷いなく口角を吊り上げる。
「地味そうで押しに弱い。ちょっと褒めりゃ舞い上がる。──ああいうのが一番コスパいいんだ」
同僚が眉をひそめても、一条寺は止まらない。
「しかもさ、財布は固そうに見えるけど、たまに“困ってる”って言えば、簡単に小遣いくらいは引き出せるでしょ」
鏡越しに見えるのは、自信と打算の混じった顔。
「相変わらずゲスだな」
ため息をつく同僚に、一条寺は肩をすくめる。
「ゲスでいいの。女なんて夢見させてナンボだろ」
* * *
一条寺がトイレに立ち、杏はひとり取り残されていた。
まわりは、それぞれで盛り上がっている。
孤独感が湧きおこるその時。
──ブルル
杏のスマホにメッセージが届く。
”ごめん。横浜駅出たとこ。もうすぐ着く”
レイネからだった。
「お待たせ」
トイレに行っていた一条寺が戻ってくる。
いくつか座席が空いているが、また正面に座ってくる。
なんか飲む?
彼はそう声を掛けながら続けた。
「そういえば、小鳥遊さんって──」
「はい?」
「習字の時、名前ぐちゃーってしてそう。画数多いから」
いたずらっぽい笑顔。
「何の話よ?」
とりとめのない会話に、「真面目で損してそう」「仕事大変でしょ?」と軽口を挟んでくる。
酒が回り、胸の奥がほんのり温かくなった頃。
一条寺がスマホを差し出す。
「連絡先、交換しません?」
「え? あ、うん」
気づけば杏はQRを開いていた。
と、その瞬間。
「──おまたせっ!」
透き通る明るい声が響いた。
振り向くと、そこにはレイネ。
遅れてきたのに、堂々とした佇まい。
間接照明でも、浮き上がる銀髪と白い肌。
まるで燐光を放っているかのようだ。
数秒の沈黙の後。
「おお……」と小さな感嘆が周りから漏れた。
ただし、杏だけは違った。
──なにごとー!?
* * *
そこにいたのは──“完璧すぎる”レイネがいた。
美容院帰りみたいなゆるふわなボブ。
ぺこんとお辞儀をすると、毛先が揺れる。
まさに、ゆるふわ萌え系ガール。
──て、あんた耳どこやったのよ?
あのエルフ耳がない。
落ちてきた前髪を耳にかける。
ちらりと覗く普通の耳。
キラキラしたピアスがアクセントを添える。
「レイネ、どこ座ればいいですか?」
首を傾げ、口元に人差し指を当てる。
あざとかわいく映える、うるつやリップ。
──なにその多幸感メイク!涙袋どこから生やした!?
う、うざい。
なんだ、もの凄くレイネがうざい。
同性として感じる本能的なうざさ。
「あ、こっちこっち!」
男性の一人が席を指す。
杏の隣だ。
「よかった。レイネ、男の人に慣れてなくて。あーちゃんの隣なら安心かもー」
──おまえ、許嫁おったろ?
なんか、イライラする。
果てしなくイライラする。
そう思いながら近づいて来るレイネを凝視する。
しかも、なんでサマーニットなのよ?
清楚なふりして、Iカップがぼーんッ!
くびれ、ギュー!
それに加え、斜め掛けのケータイホルダー。
俗に言うπスラ状態ーーー!?
段差をぴょんと、飛び越えるレイネ。
ぷるんと揺れる胸。
男性陣──合コンメンバーだけではない。
この店のオスの視線は、その姿に釘付けだった。
杏の思いは微塵にも、レイネに届いていない様子。
場の破壊者は、にこにこしながら席につく。
「レイネちゃん、何のむ?何のむ?」
明らかにテンション爆上がりな男性が声をかける。
「えー?もうレイネの名前覚えてくれたんですか!うれしー」
手を顔あたりに寄せる仕草を見せる。
半開きの口元。
上目遣いエロティックガールにも程がある。
男性の全視線はレイネに集中。
一方、全女性の敵となった。
──まさにこいつ、フレネミー。
「レイネ、甘いのがいいです。弱いんですよ、すぐ赤くなっちゃう」
甘えた声と程よく訛る日本語。
男性陣の間にどっと笑みが広がった。
店員を呼び、オレンジリキュールを頼む流れが自然に出来上がる。
「急いで来たから、暑くて。ちょっと楽なかっこしていい?」
レイネはそう言うと、ニットのファスナーを開けた。
ボディラインを強調していた黒のニットの間が開く。
寄せて上げた、白い肌のたわわな谷間。赤いブラチラを添えて。
* * *
ファーーーーー!
杏は、自分の中で何か限界点を超えた気がした。
なんだろう。
スーパーサイヤ人になれる気がした。
そんな杏の闘気に一切気付かないレイネ。
「かんぱーい」「えー、すっごーい」「レイネ、しらかったー」などと外見だけでなく、トークでも無双を始める。
空いているグラスがあれば、何のみます?つぎますよー。
サラダ取り分けますね?
トマト、ダメ?
え?じゃぁ、あーんてしたら食べれます?
冗談ですよー。きゃは。
「レイネちゃん、気が利くー」
一条寺もノリノリだ。
それこそ、レイネは気配り盛り上げガールだった。
──いつからあんた、合コンクィーンよ!私が吉田さん状態じゃない!
我慢の限界だった。
だがこの場ではどうしようもない。
平常心を保て、杏。
心を整えるのだ。
歌でも歌うか?
やはり「吉田さん」か?
「レイネさんって……なんか、すごく面白い人ですね」
湧きあがっている男性陣とは違い、少し外れた空気感の人が声を掛けてくる。
にこやかにそう言われ、杏は一瞬戸惑った。
……いや、面白い? それ私に言う?
どう返せばいいか分からず、はぁ⋯と曖昧に笑う。
そのひとは杏に尋ねた
「お二人って……どうやって知り合ったんですか?」
──やば……!
冷蔵庫から出てきたなんて言えない。
頭が真っ白になったその瞬間。
「SNSです!」
レイネが、間髪入れずに割って入った。
笑顔を浮かべたまま、さらりと答えを投げ込む。
「多言語交流ができる、youtuberカズマで有名なあのアプリで知り合ったんです」
ニコッと笑う。いつの間にか胸元は締まっている。
「あーちゃん、ちょうど彼氏と別れたばかりで、涙ながらにいろいろ話してくるから。もう心配で、心配で。それで、日本に来ちゃいました!」
「へぇ……」
彼の目が驚きに丸くなる。
──な、なにぶっ込んでんのよ!?
杏の頬は一気に熱を帯びた。
合コンの場で、失恋直後を暴露される恥ずかしさ。
なのに、レイネは涼しい顔で続ける。
「今は、一緒に失恋旅行してるんです」
「旅行? いいですね。どこに行かれたんです?」
その人が聞いてくるが、レイネは既に違う人に対して「すごーい」だの、ぶりっ子を噛ましている。
杏は、慌てて答えた。
「えっと……温泉とか、観光地をちょこちょこ。GWに弘前に」
「ほんとですか?私もです!」
そこから自然に、杏達は旅行トークで広がる。
がつがつもしてなくて、気の利いた様な話し方ではなかった。
だが、ゆったりとした物腰で、なんだか安心感を感じる。
その男は、月島と名乗った。




