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【第一部完結】同居人は異世界の女神さま!? 男に逃げられ、金も尽き、運まで消えたら、女神に振り回された件について  作者: yururitohikari


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とっくに人類は滅んでいる


 「スマホ、置いてきちゃったな」

 レイネはひとり呟いた。


 慌てて飛び出してきたせいで、何も持っていない。

 財布も、十一次元ポーチも。

 ──あるのは、ジャージとサンダルだけ。


 どうしよう。帰ろうかな。

 そんなことを考えながら、レイネは公園へ向かった。


 子どもたちの声が響く。

 その喧騒を、ベンチに腰掛けた老婆が静かに見つめていた。


 「お久しぶりです。隣、いいですか?」

 声を掛けると、老婆は柔らかに微笑んだ。

 「どうぞ。しばらくぶりね」


 レイネはそっと腰を下ろす。


 二人の間に沈黙が落ちる。


 遊ぶ子どもたちの笑い声。

 ときおり聞こえる鳥の鳴き声。

 風が、二人の間を抜けていった。


 やがて、レイネは口を開く。

 「少し……話してもいいですか」

 「あらたまって。どうしたの?」


 うつむきながら、ぽつりと言った。

 「わかっているつもりでしたが、やってしまいました」


 友人を怒らせてしまった──そう、呟いた。


 「あらまぁ」

 老婆はそれ以上促すことなく、静かに待っている。


 レイネは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

 誰しも、触れてほしくないことがあると、わかっているつもりでした。

 正しいことを言ったところで、その人を、かえって傷つけることがある事も。


 どうしたらいいのか、わからない。

 言葉って、不便ですね。


 苦笑まじりにそう言った。


 老婆は穏やかな声音で応える。

 「そうね。言葉ひとつで傷ついたり、傷つけたり。

 良かれと思っても、受け取る側の準備ができていないと……どうしてもね」


 レイネの視界が、涙でにじむ。

 「もどかしくて、憂鬱です。どうしたらいいのだろう」

 

 暗い顔のままの問いかけに、老婆の声音は変わらない。

 「この歳になって振り返るとね……どうしても分かり合えない人もいるの。

 『仕方なかった』と思えることもあれば、『ああすればよかった』と悔やむこともある。

 でもね、すべてが上手くいく人生なんて、ないのよ」


 「ありがとうございます」

 レイネは礼を言い、ふと気づいた。


 「──ええっと」

 言いよどむと、老婆が笑みを浮かべる。

 「菊よ。小林菊。下の名前で呼ばれることが多いかしらね。呼んでくれた人たちは、もう先に逝ってしまったけれど」


 「すみません。レイネと呼んでください」

 「レイネさんね」


 はい、と頷くとレイネは続けた。


 菊さんの言葉はわかるんです。

 すべてが上手くいくことなんてない。

 受け取る側の準備ができていないと伝わらない。

 それは、わかっているんですけど、もの凄く切ないです。


 『だれかや他人(わかっていること)』を変えることができないもどかしさがあって、すごく切ないです。

 他人なので、いつかは別れが来て、いつかは思い出に変わる。

 今もこの感情も、思い出に変わる。

 そうとわかっているんですが、割り切れない。

 すごく切ない。


 「大切な人なのね」

 「はい。この国に来て初めてできた友人ですし。しかも、私より年下で……そんな相手は初めてで」


 レイネは少し、考える。

 異世界のことをそのまま語るわけにはいかない。


 ──少し、脚色して話そう。


 足元を歩いている蟻を見つめながらレイネは言った。


 私の故郷は、三百人もいない小さな村でした。

 私が生まれるまで、ずっと子どもがいなくて。

 今でも、その村では、私が最後の子供です。


 周りを見て育った私は、要領もよく、それなりに何でもこなせると思っていました。

 だから、自分より年端のいかない人であれば、多少なりとも導いてあげることができるとも思っていました。


 でも、駄目ですね、慢心です。

 完全に慢心でした。

 今は、何をしたらいいかが分からない。


 菊はそっとハンカチを差し出す。

 「ありがとうございます」


 レイネは溢れてくる涙を拭った。

 ハンカチからは、淡い白檀の匂いがする。


 「つらいでしょうね」

 レイネは静かに続ける。


 人は短い時間しか生きられないせいか、答えを急いでしまう。

 それがかえって遠回りなのに。

 短いのに、他人との関係に苦しんで、描いている自分自身との関係にも苦しんで。

 生きていくのが苦しいんじゃないかって思ってしまう。

 そして、それを感じてしまう。

 でも、私が変えてあげられることは何もない。


 「──菊さんはこの世界で、どんな思いで生きてこられたんですか?」


 レイネの問いに、菊はゆっくりと答えた。

 「前にも言ったかしらね。振り返ってみれば、素敵な人生よ。

 傷つくこともあったし、誰かを殺したくなるほど憎んだこともある。

 戦後の生活は苦しかったしね。

 それでも──やっぱり、生きてこそよ」


 言葉を刻むように語り、最後に微笑んだ。

 「それに、人生がそんなに悪いものなら、人類なんて、とっくに滅んでいるわよ」


 菊はレイネの手を取った。

 小さく、枯れ枝のように冷たい手。

 それでも優しさを感じる。


 「あなたといるとね」

 菊はレイネに向かって言った。

 「なんだか元気になるのよ。女神様と一緒にいるようでね。だから、そんなにめそめそしないでね」


 そう言って、菊は小さな袋を取り出した。

 「ほら、飴ちゃん。あげる」


 取り出したのはチュッパチャプスだった。


 「孫が大好きでね、買い置きしているんだけど、『おばあちゃん、もうそんな年じゃない』って怒られちゃうの」


 二人は顔を見合わせ、声をひそめて笑いあった。


 飴を口に含み、レイネはつぶやく。

 「糖分が足りなかったのかな……」


 口いっぱいに広がる甘み。

 涙の塩味が返って、その甘さがいっそう愛おしく感じる。


 「そういえば、お孫さんはおいくつなんですか?」

 「もう三十歳を超えたかしらね」

 「それは、たしかに”もうそんな年じゃない”ですね」


 レイネはそう言って、また静かに笑った。



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