【パルプンテの夜】「だから言ったじゃん」という名の凶器。
杏が泣いて帰ってきたその日。
レイネは、落ち着くまで杏を膝に抱く。
何かを話そうと声を出すと震え、呼吸もままならない。
「無理しないで。今は呼吸を整えるの」
そう言って、お手本のように大きく吸い、吐きだすのを繰り返す。
だんだんと杏の呼吸も整ってくる。
「メイク落としも明日よ。まずはベッドに行こ」
立てるかな?
介添えしようと力を入れるが支えきれない。
──ほんと、”異能”が無かったらただの人以下よね。
レイネは、支えるために念動力も使う。
ベッドに寝かせる。
「一緒にいるから大丈夫」
手を取り、頭を撫でる。
杏は震えていた。
このぐらいの魔法ならいいかな。
レイネは、『眠り』の魔法をかける。
すぐに杏は目を閉じ、寝息を立て始めた。
「向こうは生きれるかが問題だけど、こっちはどう生きるかが問題なんだな」
誰ともなしに呟いた。
でもね、あーちゃん。それでも、こっちの世界が羨ましいよ。
* * *
のそっと杏がリビングに現れる。
「目が、もの凄い腫れぼったい」
昼前に起きてきた杏の第一声だった。
そのまま、リビングの入口で止まったまま突っ立っている。
「木曜日か──」
ぼそっとそう言うと、もっさりと部屋を徘徊し始めた。
「どうしたの?なんか探してる?」
レイネは声をかける。
「すまほー」
「はい」
「ありがと」
そう言ってスマホを手にしたが、動かなくなってしまった。
「あーちゃん?」
「ちがう」
なにか、お気に召さなかったようだ。
「あ、こっちね」
会社用のスマホを渡す。
「ありがと」
どさっとその場に座り込むと、何か操作する。
そして、床に倒れ込んだ。
「あーちゃん、会社は?」
「休み取った」
杏の声は気力なく、短く答える。
あー、凄い寝た気がする。なんか、魔法かけられたんじゃないかってぐらいすごい寝たと、ぶつぶつと呟いている。
魔法を使ったが、あくまでも入眠用だぞ。
遅く起きたのは、睡眠負債だとレイネは思った。
「あーちゃん、レモングラスかルイボスティー、お茶、どれがいい?」
「考えたくないです、なんでもいいです」
床に転がる杏から、そんな音が聞こえた。
* * *
「あー」と杏から息が漏れる。
レモングラスを一口飲み、レイネに渡された寝冷えネコ蔵を抱え、テーブルにそのまま突っ伏す。
正面に座りながら、レイネはその様子を伺っていた。
「サバサバ会でも、あったの?」
レイネはあえて頓珍漢な質問を投げかけた。
「違う」
ボソッと杏は否定すると、また彼女は言った。
「やっぱり、馬鹿だよね、私……」
そこから杏は昨日の話をし始める。
が、説明は5W1Hが崩壊していた。
まさに、支離滅裂だった。
昨日ケンジと再会した。タケシとの別れ、そこでレイネと出会って、お金無くなった。延べ棒のせいで、毎日もやしよ。ほんと、どうしようかと思った。
お金と言えばどうして、元カレは金にルーズなんだろうか。ユウマも酷かった。バンドマンはダメよ。3Bはダメ。
レイネは、うんうんと相づちを打つ。
頭の中でマインドマップを描いていく。
レイネがバンドしたいっていうから、気を付けて。
3Bはダメ。特にベース。
それに楽器代、貸して使いこんじゃってごめんなさい。
レイネが稼いだお金なのに。
私、ほんとダメよね。
──大体わかってきたぞ
レイネは更に、紐解こうと質問をする。
「昨日、そのケンジを偶然見かけたのね?」
ちょうど会社の仕事が早く終わってどうしようかな、なんて、普段西口ばかり行くじゃない。たまには東口に行って、いつまで工事しているのよ。レイネ服とか、そう言えばブラあってる?素人が採寸しているから、ほんとはお店で計った方がいいのよ?
などと言いながら、まだぶつぶつ何かを話している。
──だめだー。会話が成立しない
こういうのをパルプンテというのだろうか、レイネは自問した。
* * *
そこからも長かった。
時折質問を混ぜ、理解が少しずつ進む。
一方、杏の思考もだいぶ整ってきたようだ。
「ごめんなさい。レイネが稼いだお金のぶんを──」
杏が頭を下げてきた。
「うん。まぁ、怒ってないよ。そもそも、お金の使い道は良く分からないし」
ほんとレイネが居てくれて良かった。
杏はそう言うとため息を付いた。
「ほんと、私って馬鹿よね……」
少し会話が成立してきた。
ああ、良かった。ちょっとは元気になってきたかな。
レイネはそう思いながら、あーちゃんもさ、と続けた。
「そんだけ、ダメンズに振り回されているんだから、分かってたでしょ?」
そのセリフは、共感を示すつもりだった。
「だから言ったじゃん。『期待しすぎない方がいいよ』って」
それを言ったときは手遅れだった。
ガシャンッ!!
杏が机を叩く音が響いた。
「うるさい!なんなのよ! いつもいつも偉そうにッ!!」
金切り声だ。
かつて車で叫ばれた時のそれ以上に鋭利。
「あんたみたいに頭もよくなければ、見たも良くない!なんでも自分基準で押し付けないでよ!」
テーブルの上を薙ぎ払い、ガシャンッ!と床に叩きつけられるグラスの悲鳴。
うぁっ。
さすがにレイネもたじろぐ。
「ちょっと、あーちゃんっ」
杏を抑えようとレイネは立ち上がる。
どうする?
たかが一般人。戦闘訓練もされていない。
魔力でも体術でも抑え込むのは造作もない──でも、ケガをさせる。
「近づくなっ!」
払いのけようとしてくる。
動きも単調。
手に取るようにわかる。
避ける?
それに意味あるか?
本来華奢なレイネは突き飛ばされ、床に倒れる。
「出ていけっ!異世界人!!」
杏は叫び、寝冷えネコ蔵を投げつける。
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ」
寝冷えネコ蔵のスイッチが入る。
いったん距離を取ろう。
レイネは玄関へと向かった。
サンダルを履き、玄関を開ける。
一度振り返ると、蹴り飛ばされた寝冷えネコ蔵が「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ」と笑い声を上げていた。




