静かな警告。あるいは、女神構文
「じゃぁ、今日はありがとう」
ファミレスを出るとケンジはまた笑顔を見せてくる。
雨はまだ止んでいない。
杏が傘をさし終わるまで、ケンジは傘をかしげる。
些細な瞬間も濡れないように気遣う仕草。
そんなことを自然にやってのける。
これが、”誰に対しても”でなければ……
杏は、”まだ続いていたのかな”とうっすら思う。
「また金ができたら、ちょっとずつでも返したい。迷惑だろうけど……」
「銀行振込でいいよ」
手間だろうし、と思って杏は言った。
「そうだけど、それだと杏に会える理由が無くなるだろ」
歩き出すケンジは、言わせんな恥ずかしいと言って笑った。
返す言葉が出てこなかった。
「どうした、杏?」
ケンジが近寄ってくる。
「なんかあったのか?」
「なんでもない」
杏は小さく答えた。
「なんでもないわけ、ないんだろ」
「大丈夫だよ、ケンジも大人になったんだなって思って」
そう言って、歩き出す。
「……俺さ、ダメ男でさ、金もないけどさ、話は聞ける」
もう一軒行こう、ケンジはそう言うと杏の手を取った。
「大丈夫。もう終わってるって分かってるから」
そう付け加えたケンジの言葉に、杏の警戒心はほどけていた。
「彼女に悪いよ」
最後の抵抗のつもりだったが、ケンジは言った。
「この前別れた。いまは仕事に集中」
* * *
そこは、ブラウンを基調にしたバーだった。
間接照明で落ち着いた雰囲気。
杏とケンジはカウンターの端の席に並んで座る。
「あの頃みたいに、甘いのはもう飲まないよ」
カルーアミルクだっけ?とケンジが言うと、杏はそう答えた。
ふたりはジントニックを注文する。
お揃いだねとケンジは言うと「悩みは、仕事のことだろ」と指摘した。
そう。これからのキャリアの事。
それも悩みの種だ。
「なんでわかるの?」
「そりゃ杏はいつだって、仕事については真剣だろ」
少し小ばかにしたようにケンジの口元は笑い、そして言った。
「俺は元カレだぜ」
バーテンがふたりのジントニックを置いて去る。
これ、言ってみたかったんだ。
ケンジは前置きをすると、グラスを持つ。
「再開に、乾杯!」
「なにそれ」
杏は冷たく言いながらもグラスを合わせる。
「──で、その仕事の件て?」
真剣な眼差しでケンジは見つめてくる。
「転職とかね……」
杏は促されるように、転職の誘いに乗れなかったことを皮切りに話し始めた。
ケンジは相づちを打つ。
やがてキャリアが見えない事から、いつしかユリが結婚することを素直に喜べない、そんな話になっていった。
「杏もいろいろあったんだな……」
ケンジは静かに言った。
「でも、ちゃんと『おめでとう』って言えたんだろう──やっぱり、そこは杏らしいよ。相手のことをちゃんと考えてる」
ケンジは、また笑顔を見せる。
「タケシと別れたのは、良いことと言っていいのかわからないけど、でもまたこうして杏に会えたから俺に取っちゃラッキーかな」
そう言ったケンジは2杯目を注文する。
「別れてみて、俺はやっぱり杏の大切さに気付いたんだよ……」
じっとケンジは目を見つめてくる。
「大丈夫。杏なら……」
彼の手が優しく指先に触れ、包み込むように握られる。
暖かさと心地よさが湧き上がってくる。
薄暗い店内。
端の席で、他の客の視線は気にならない。
目の前にはじっと見つめるケンジ。
彼のもう片方の手が、顎のラインを静かに撫でてくる。
やがて爪の先が、唇をくすぐる。
誰かに必要と求められる感覚。
──だめ
そう思う一方で理性はドキドキと高鳴る心臓の音にかき消される。
近づくケンジの唇。
杏は目を閉じた。
──ブルル
杏のスマホが震え、メッセージ受信を知らせる。
はっと我に返ると、あわててスマホを開いた。
レイネからだ。
”ご×ωo今気づレ丶T=oサイサイ丿ライフ〃動画ゐ〒〒、テヘヘ”
──ブルル
”すぅ様の詩、言霊の戯れ多すぎて尊死…
我も吉田さんごっこを欲す…!
同窓会という輪は存在せぬ故、合コンなる儀式にて草草ww”
──ブルル
”あと今日はね〜〜♪♪
あーちゃんの大好きな♪♪ビーフシチューだよ〜♪♪
寒いから体もポカポカあったまるし♪♪
お野菜もた〜っぷり♪♪♪入れて栄養満点よ〜♪♪
明日も元気にがんばろ〜ねっ♪♪♪♪♪
ギャル?
ネラー?
おばさん構文?
……なんなのよこの子!
「ごめんっ。帰らなきゃ!」
財布に入っているお金を置き、逃げるようにその場を去った。
──ブルル
今度は何?
”気をつけて帰って来てねとは、無事に帰って来て欲しいということなんですね。”
小泉構文かーい!!
--------補足--------
”ご×ωo今気づレ丶T=oサイサイ丿ライフ〃動画ゐ〒〒、テヘヘ”
↓
ごめん。今気づいた。サイサイ※のライブ動画が見てた、てへへ
※サイサイ=サイレント・サイレン
日本のガールズバンド
”すぅ様の詩、言霊の戯れ多すぎて尊死…
我も吉田さんごっこを欲す…!
同窓会という輪は存在せぬ故、合コンなる儀式にて草草ww”
↓
サイレントサイレンのすう(吉田菫:Vo,Gt)の歌詞は、言葉遊びが多くて好き。
私も『吉田さん※』ごっごしてみたい。
同窓会はできないから、合コンとかかな。笑
※サイレント・サイレンの『吉田さん』という曲。
吉田菫(Vo.Gt)が同窓会に参加して、いろいろ失敗するのをコミカルに描いている。
小泉構文
政治家、小泉進次郎がたまにいう”同じことを2回繰り返す”独特の構文。
重要そうに思えるが、中身は特に無いと思われる。




